第13尾【ねぇねぇ、聞いて?】


 黒のスーツを着た黒縁眼鏡の男と、同じく黒いワンピースに身を包む幼女。二人は町の裏山にいた。その中腹にある集合墓地公園へ到着した二人に手を振る女性。

 西岡麻衣、エヌオカ出版の社長であり涼夜の妻、結衣の姉だ。その隣には白髪混じりの強面な男性と、シワこそあるものの綺麗な顔立ちの女性。

 結衣の父と母だ。二人共、装いは黒で統一されている。強面男、——祖父は、その顔からは想像もつかない笑顔を炸裂させ、結愛の元へ歩み寄り目線を合わせた。クシャッとした笑顔は、この男に似たのかも知れない。


「おお、結愛ちゃん〜見ないうちに大きくなったんじゃないか〜?」

「じ、じじぃ……ぁ……くすぐったいのです」

「結愛ちゃん、ぃの位置がおかしいですよ」

「じぃじ、髭痛いのです」


 頬をスリスリされながら悪態をつく結愛は小さく微笑んだ。途端に祖父の手は止まり、その手に力が入る。見事にプレスされた結愛の顔がフグのようだが、気にも留めず。


「あらやだ、笑ったわ!」


 祖父が言葉を失う中、祖母が声を上げた。二人共、泣いているのか笑っているのか、正直わからない顔をしている。

 結愛は困った表情で涼夜を見上げる。


「お爺ちゃんもお婆ちゃんも、結愛ちゃんが笑ってくれて嬉しいんですよ」

「……! そう、なのです?」


 ⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎


 その後、涼夜達は彼女の眠る墓標へ向かった。

 皆で手を合わせる。結愛も見様見真似で手を合わせた。


「結衣……本来、この墓には儂らが先に入る筈だった。それをお前という奴は……」

「貴方……」


 祖母は目を閉じて手を合わせる結愛に視線を送り、ゆっくりと首を横に振る。


「す、すまん……」

「気持ちは皆んな同じです。一番辛いのは……」

「あぁ、そうだな」


 涼夜は墓石に水をかけ綺麗に拭きあげる。結愛も背の届く範囲で手伝う。生前、結衣は暗い話が嫌いだった。だから敢えて、皆で楽しかった思い出を語り合った。明るい性格の彼女に少しでも届くようにと。


「結衣、今日は結愛ちゃんの笑顔を見せてあげられて良かったです。それでは、私は行きますね、また手入れに来ます」



 涼夜は結愛の手を握った。すると結愛が涼夜を見上げる。震える唇が告げる。


「リョウヤ君、結愛、ママともう少しお話したいです。ふ、二人で……」

「結愛ちゃん……? そうですか、わかりました。それなら私達は少し離れていますね」


 涼夜は結愛の手をはなし麻衣達の待つ場所へ移動した。事の経緯を聞いた一行は笑顔で頷く。

 結愛はそれを確認してから、墓標に振り返った。頬を染め、口を開く。


「ねぇねぇ、聞いて? 結愛ね、本物のエモフレをゲットしたんです。それでね——」


 結愛は飾った仏花なんかよりも、ずっとずっと華やかな笑顔を咲かせながら楽しそうに話し始めた。


「——でね、リョウヤ君ったら、また寝坊したんです。だからね、お好み焼き屋さんに連れて行ってもらったのですよ。そこでまたダイエットの事を馬鹿にしたのです。リョウヤ君はデリカシーがないのですよ。ママもそう思うです?」


 結愛がクスリと微笑むとフワリと風が吹き、可愛らしい頬を撫でた。結愛は自らの頬に触れた。


「え、ママ……?」


 再び、風が頬を、髪を撫でるように吹いた。

 結愛は瞳を輝かせる。


「そこにいるのです? ちゃんと、聞いてくれているのです?」


 風が結愛を包む。


「ママ……」


 結愛は溢れそうな涙を堪え、最高の笑顔を咲かせる。すると、背後から包み込むような確かなぬくもり。柔らかな感触。結愛は目を丸くした。


「……キュウ……ちゃん? いるの?」


 辺りを見回すが、その問いに返事はない。

 結愛は瞳を瞬かせ再び墓標に振り返った。


「気のせい、です? キュウちゃんはお家でお留守番ですから、いるわけないですね。

 あ、そうです! ママ、もう少しでランドセルなのです。でも、何色がいいか悩むのです。結愛は可愛さと大人の両立がいいのですよ。

 う〜ん、やっぱり赤、です? ピンクもいいけれど、少し子供っぽいかなって思うのです。ママはどう思うのです?」


 結愛の話す姿を遠目から見守る涼夜に、ペットボトルのお茶を差し出したのは麻衣。

 麻衣は結愛の横顔を見て思い出したように笑う。


「あの子に似てきたわね、結愛ちゃん」

「はは、そうですね。特に笑顔なんてそっくりですよ。やっぱり、親子なんですね」

「何言ってんの? 涼夜君も結愛ちゃんの父親なんだよ? 他人事みたいに言わないの」

「すみません……しかしふと思うのです。私のような半端者が、結愛ちゃんの父親になれているのかって、情けない。私がこんなだから結愛ちゃんにパパと呼んでもらえないのでしょうね」


 麻衣はお茶を飲み干し、ペットボトルの蓋を閉めながら続けた。


「まぁ、それはこれからってところだったんだし。そもそも結愛ちゃんが涼夜君を認めてなければ、あの子は結婚に踏み切らなかったでしょうしね。

 えっと、だから……じ、自信持ちなさい? ひとまず第一段階はクリアしてるんだから」

「そうだといいのですが」

「ほらほら、そうゆうとこだよ? シャキッとしなさい? そんなだから結愛ちゃんに手を引かれるんだよ。きっと大丈夫、あの子は強いし賢い。でもね、それはいいことであり、悪いことでもあるの。

 結愛ちゃんはまだ子供なんだから。あの子が子供らしくあれるように、君が見ててあげないといけないんだよ? ま、子供もいない私が言っても、説得力に欠けるけどね」


 二人が話していると、結愛が墓標に手を振るのを確認出来た。小さな歩幅で歩く結愛はとても満足げな表情をしていた。


「結愛ちゃん、いっぱい話せましたか?」

「はい、ギュッてしてくれたのです」

「……そう、ですか。良かったですね」


 涼夜は目を細め結衣の眠る墓標見つめる。


 ⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎


 一行はその後皆で昼食を食べ解散。帰路につく結愛の両手には帰り道に寄った玩具屋さんの大きな袋。祖父達からの誕生日プレゼントだ。

 勿論、麻衣からのものも。


「良かったですね。いっぱい買ってもらえて」

「帰ったらキュウちゃんに見せてあげるのです」

「きっと、キュウ! とか言って尻尾を振りますよ」

「キュウキュウ〜、ふふっ、リョウヤ君、キュウちゃんの真似、下手っぴです。こうです、キュッキュキュウ〜!」

「ははっ、よく似てますね」

「あ、当たり前なのです、リョウヤ君は修行が足りません」


 途端に恥ずかしくなった結愛は頬を真っ赤にして横を向いた。


「……修行……どんな修行でしょう……」


 ⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎


 程なくして二人は帰宅。

 出迎えたのは勿論キュウだった。キュウは退屈だったのか嬉しそうに尻尾を振っている。

 リビングでやっと腰を下ろした涼夜にはコーヒーを、結愛にはジュースを注ぐ。プレゼントを一旦床に置き、ローテーブルの上に小さなケーキを用意する。ロウソクは六本。


 涼夜がロウソクに火を灯す。

 部屋の灯りをキュウが消すと、オレンジ色に揺らめく炎がそれぞれを淡く照らす。

 すると、キュウが鼻歌を歌い出した。


「キュウキュキュッキュウキューキュウ、キュウキュキュッキュウキューキュウ〜」

「ハッピーバースデー、ディア、結愛ちゃん〜」


「「ハッピーバースデー、トゥーユーキュッキュキュウキュー、キュウキュ〜」」


 結愛の大きな瞳に、揺らめく炎と、——結愛の生誕を心から祝う二人の姿がはっきりと映り込む。

 結愛は大きく息を吸い込み、一思いに火を消した。見事に火は消え、部屋が闇に包まれた。

 キュウが灯りをつけると、頬を染めて照れくさそうに笑う結愛がいた。


「結愛ちゃん、お誕生日おめでとう」

「キュウ〜!」

「あ、ありがとうございますです、キュウちゃんもリョウヤ君も……あ、そうです! キュウちゃん、ねぇねぇ聞いて! これ、買ってもらったのです!

 エモフレグランドハウスDXです!」

「キュッキュキュ〜!」


 その日は笑い声の絶えない一日だった。

 涼夜は笑うと決めたのだ。結衣の命日であり、結愛の誕生日であるこの日は、笑って過ごすと。

 きっと彼女も、それを望むだろう。そう彼は信じている。


 日々が過ぎてゆく。

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