しあわせでした

 春のはじまり

 ひとり歌っていた


 届いてほしいと祈りながら

 届かないと知りながら


 どこに

 誰に


 わからないまま

 曖昧なまま


 風に光に包まれて


 歌っていた

 さえずる鳥に

 声をかさねて




 初夏と呼ばれる五月

 あなたが現れた


 声がきれい

 歌がうまい


 すごい

 すごいと


 不器用に

 一生懸命に


 ほめてくれるあなたが


 まぶしくて

 うれしくて

 苦しくて




「つきあってみないか」


 提案のようなあなたの告白

 精一杯の告白


 ぶっきらぼうに

 耳を真っ赤に染めて


 うれしかった

 うなずきたかった


 でも

 だけど


 あなたは知らない

 あたしを知らない


 きっと幻滅する

 きっと軽蔑する


 でも

 だけど


 それでもいいから


 あなたの気持ちに

 うなずける自分になりたい


 そう思った


 そう思えた自分が

 少し誇らしかった




 太陽が濃い影をつくる

 くっきり輝く夏がきて


 あと少し

 もう少し


 がんばろうと

 がんばりたいと


 そう思った


 ほんとうに

 そう思ったんだ




 葉を落とす木々の姿が

 深い秋を知らせている


 ごめん

 ごめんね


 どこにも行けない

 逃げられない


 あなたがほめてくれた

 声も歌も


 どこにも届かない


 知っていた

 わかっていた


 目を閉じたら

 あなたの笑顔が見えた






 ありがとう



 あなたに会えて

 しあわせでした




     (短編『愁いを知らぬ鳥のうた』より)



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