第10話交通事故と私

「まじか」


右から、

右からバックで車が急発進してくる。


止まるという選択肢はない。

止まれば100%の確率で直撃コース、どころか私本体に直撃する。


ならばアクセルか?

それも難しい、前に誰かが飛び出してくるかもしれない。


じゃあ、どうする?

どうしようもない。

何もしない、現状維持という選択肢を選ぶしかない。


私の車は少し進み、

相手の車は私の車の給油口に直撃した。

衝撃で車がぐわんと揺れる。

クソ野郎が、と心中で毒を吐く。


「すみません!大丈夫ですか?」


車から現れたのは50過ぎだろうか、しわくちゃの婆さんだった。

少し小綺麗に着飾っている。

これから友人と食事なのかもしれない。


「いえ、大丈夫です。そちらは?」


私は怒りと腹立ちを小さな胸に押し込め、平常心を維持する。

冷静になれ、

冷静に。


びー、

くーる、

だ。


呼吸を整える。

とりあえず一気に吐いて、リラックスする。

そしてゆっくりと4秒かけて吸って、

7秒止めて、

8秒吐く。


よし、大丈夫。

たぶん、

きっと。


「私も大丈夫です。……ですけど、お互いに不注意でしたね」


婆さんは、淡々とした口調で言う。

不思議なことを、

おかしなことを。


「駐車場内の事故、お互いに移動していたから過失割合は5対5、今回は私がバックで移動中でしたから、7対3で私が悪い、というところでしょうか」


ため息混じりに言う。

5割、もしくは3割は私が悪い、と。

避けようのない状況だったのに、私も悪いと、この婆さんはのたまっている。


押し殺した怒りが、蘇る。

体温が上がるのを感じる、

血が巡るのを、

顔が熱くなるのを、

自分の中の悪魔的存在を、感じる。

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