003-終わる日常

【聖王歴130年 青の月 15日】


常闇とこやみの大地 聖なる泉>


 あれから約二ヶ月が経過し、偶数日は沼地で毒液の採取、奇数日は聖なる泉でモンスター狩り……というルーチンワークをこなす日々が続いていた。

 毎日同じ事の繰り返しが苦痛ではないと言うと嘘になってしまうけれど、ガーゴイルやワイバーンの翼は装備品の素材として非常に高値で売れるのが魅力だ。

 あれからは毎日宿屋に泊まれる生活が維持できているし、あとは勇者カネミツが魔王を倒すまでの辛抱である。


「ただいまー」


『はい、おかえりなさい~』


 というわけで、今日は奇数日なので聖なる泉で狩りに勤しむ日だ。

 あまりにも通いすぎて、まるで実家のような安心感……というか、水の精霊エレナも『おかえりなさい』とか言っちゃってるし。


『おお、カナタよ。そなたはもう十分に強い。なのにどうしてまだ魔王を倒せぬか~?』


「何なのその口調……」


 ジト目でぼやく俺を見て、エレナはクスクスと笑う。


『あはは。でも、実際カナタさんは相当お強いと思いますよ。並の人間では投擲とうてきスキルで毒攻撃を当てられないのですから』


「ははは、御世辞でもそう言ってもらえるのは嬉しいな」


『ぶー、御世辞ってわけじゃないんですけどねぇ』


 何故か不満そうにぶちぶちと言うエレナを見て和みつつ、俺はふと思い出して道具袋をゴソゴソと漁ると、昨日の収穫を取り出して見せた。


「そういや、こんなのを手に入れたんだけど何のアイテムか分かるかな? 俺の鑑定スキルも効かないし、自分で身につけても何も起こらなくてさ」


 俺の手に握られていたのは、小さな虹色の宝石が付いたネックレスだった。

 やたらバカみたいに高速で追いかけてくる金色の魔物から逃げ切れなかったため、ヤケクソで毒ビンをぶつけたら運良く討伐に成功しドロップしたのだけど、俺のアイテム鑑定スキルではどうしても詳細が特定出来なかったのだ。

 俺からネックレスを手渡されたエレナは、それを身につけたり外したりしているうちに何かに気づいたのか、俺に向かって手をかざした。


『ヒール!』


 キラキラと緑色の光が俺の身体を包むと、先の魔物から逃げようとして転んだ時に出来たヒザの擦り傷が治った。


「おおっ、回復魔法も使えるのかっ!?」


『いいえ、本来であれば私は水属性以外のスキルは一切使えません。どうやらこのアイテムを装備する事によって、聖属性スキルを使えるようになるようですね』


「おー、すげー! 回復スキル持ちの水の精霊とか、パーティに一人居たらムチャクチャ重宝しそう!!」


『あはは。カナタさんのパーティに入りたいのは山々ですけど、私ここから出られないんですよねぇ』


 エレナが残念そうに呟きながら手を伸ばすと……



【セキュリティ警告】

 聖なる泉を出る権限がありません。



「上位権限者による行動制限? 誰がそんな事を?」


 確かに、召喚獣を封印したり犯罪者を牢屋に監禁する際などに行動制限をかけるとは聞いた事はあるけど、エレナがこんな辺鄙へんぴな場所に閉じ込められている意味が分からない。

 俺の問いかけに対しエレナは困り顔でしばらく迷っていたものの、俺の耳元に顔を寄せて小声でボソボソと呟いた。


『私をこの地へと送ったのは、世界の創造主たる全知全能の神です』


「えええーーーーーっ!?」


 突然のカミングアウトに俺はビックリ仰天!

 神といえば、この世界の全ての頂点であり力の源流である。

 俺の鑑定スキルをはじめ、先程エレナが唱えたヒールなど、この世界に存在するスキルの大半は神から力の一部を借りて発現しているに過ぎず、そんな方から直接送り込まれたとなると、とてつもない話だ。


「エレナってもしかしてスゴくお偉い精霊だったりする?」


『いえいえ、そんな立派なモノではないですよっ! ……ここからしばらく西方へ行った先にある"迷いの森"には凶暴なモンスター達が数多く潜んでいるのですが、私はそれらの動きを監視し、有事の際にそれを神へと伝達するため、ここに居ます』


「そっか……。それを、ずっと独りで?」


『ですね~』


 エレナは笑顔で答えてくれたけれど、その表情はどことなく寂しげに見えた。

 精霊というのは人間とは違い、無限にも近い時を生きると言われている。

 彼女はどれくらい昔からここに居るのだろう?

 数十、もしかすると数百年……。


「今まで、俺みたいに何度も顔を出しに来たヤツって居る?」


『あはは。こんな何も無い場所に何度も来る物好きなんて、私が知る限りカナタさんだけですよ。そもそも魔王城とは反対方向ですし』


「だよなぁ」


 それはつまり、エレナは神によって生み出されてから、ずっとこの地で孤独に過ごしてきたという事に他ならない。

 何故だか彼女一人にそんな役目を押しつけた神の事を考えると、胸の辺りがモヤっとした。

 俺は、そのモヤモヤを吹っ切るようにエレナの方へ向いて意思を伝えた。


「それ、やるよ」


『へ?』


「そのネックレス、エレナにプレゼントするって言ったんだよ」


 ぶっきらぼうな言い方になってしまったが、俺の発言にエレナは目を見開いて驚くと、首をブンブンと横に振った。


『い、いやいや、いやいやいやっ! だって、これどう考えてもレアアイテムですよっ!?』


 確かにエレナの言う通り、俺の鑑定スキルですら詳細を解析出来なかったとなると、とんでもなく高位な宝具である可能性は高い。

 もしかするとコレを売るだけで、サイハテの街で豪遊できるほどの財産を得られるかもしれない。

 ……だけど、どうしてもそんな気分にならなかったんだ。


「いいんだよっ。ここに初めて来た時からずっとエレナには世話になってんだから、少しくらいは恩返しさせてくれって!」


『恩返し……?』


「行くあてが無くて困ってた時に助けてもらったしさ。それに俺も仲間はずれにされてからずっと独りだったし、話し相手になってくれるだけでも、その、なんつーか、嬉しいっていうか、すごく助かってる。エレナが側に居てくれると心が落ち着くし、一緒に居たいっていうか、えーと……だからそのお礼っ!」


 感謝を伝えたいだけなのに、どうにも不慣れでぎこちなくなってしまう。

 だけど俺の言いたい事が伝わったのか、エレナは目元を少し涙で濡らすと、胸元の飾りを両手でぎゅっと握りながら深々と頭を下げた。


『ありがとう、ございます……』


「あと、俺がケガした時はさっきみたいに治療してくれると、助かるかな」


『……はい! 喜んでっ!!』


 それから、エレナはずっと嬉しそうにネックレスの宝石を眺めてはニコニコしていて、俺は何だか少しだけ嬉しい気分で街へと戻った。



 この後、この世界の全てが一変するほどの出来事が起こるとも知らずに……。







【聖王歴130年 青の月 16日 夜明け前】


<雪の島国 フロスト王国>


 一面の銀世界を赤く染める炎に、人々は逃げ惑う。

 この都は数年前にも魔王四天王の襲撃を受けて大きな被害を受けたものの、新たに結界を張り直した後に復興が進んでいた。

 ……はずだった!


「そんな、結界が一撃で破壊された……だとっ!?」


 かつてと同じように燃え上がる都を見ながら、国王は呆然としながら呟く。

 国王はすぐに城の精鋭達を集めると、襲来してきたモンスターを殲滅(せんめつ)せよと指示を出した。

 だが、国を護る結界に頼ることを想定し、最低限の武力しか保有していない実戦経験に乏しい兵士達がまともに戦えるのか?

 それは火を見るよりも明らかであった。


「どうしてこんな事にっ!? ……どこで道を誤ったんだ俺はっ!!」


 悔しそうに声を上げる孤独な国王に対し、誰も答える事は無かった。



【同時刻】



<ジュエル大陸 聖王都プラテナ>


 ここは世界最大の都市、聖王都プラテナ。

 いつもは静かなはずの夜明け前の街は、東の森を眺める人々でごった返している。


「なんだあれは……!」


 国王が王城から眺めた目線の先には、巨人の姿があった。

 巨人が立っている場所は、数年前に発見された人類誕生の「聖地」だ。

 だが、聖地の周囲は現れた巨人によって破壊されたうえ、酷い瘴気(しょうき)に覆われていた。

 そして、その巨人が真っ直ぐに聖王都へと足を進めている……。


「国王様!」


 自らを呼ぶ声に国王が振り返ると、そこには顔を強ばらせた騎士隊長の姿があった。


「大司祭曰く、あれは我々を天へと導く"救世主"であると……!」


「……私はそうは思えんがね」


 国王の言葉に騎士隊長はハッとした顔になる。


「かつて中央教会が捕らえた若い預言者が居ったであろう。あの娘が何と言っていたかお前は覚えているか?」


「かの地において勇者が打ち倒された時、魔界の門は開き、世界は炎に包まれる……と」


「私は神に仕える身であるが、今回ばかりはあの娘の言葉が正しかったと思っている」


「なんとっ! そ、それでは勇者カネミツ殿はっ……!?」


「皆まで言うでない。例えそうだとしても、我々には戦うしか道は無いのだ」


「……」


 そして国王は剣を手に取ると、自らも戦いへとおもむいていった。

 いや、彼だけでは無い。

 世界中の国々で、皆が迫り来る闇へと立ち向かっていったのだ。


 だが、今はまだ誰も知らない。


 もう二度と、この世界に夜明けが訪れないという事を。


 今はまだ誰も気づいていない。




 ――もうすぐ「この世界が終わる」ということを。

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