KANDAのショートショート集

KANDA

約束に雪は積もる

 町は雪が降るクリスマス大きなクリスマスツリーが聖夜を祝福しどこかしこもお店を早く閉め、家族との一年に一度のこの夜を楽しむ

 町を歩く女は彼氏の肩に頬をつけ、今のこの瞬間の自分に酔い、男のほうは家に 帰ってからのことを考え鼻の下を伸ばしている。

 おもちゃ屋からでてきた少女の右手はがっしりした手を左手は優しい手を握り、笑いながら雪道を歩いて帰る。

 親子を見送った店主も入口に鍵を閉め、手に赤いリボンの梱包がされた箱を持って家路を急ぐ


誰もが幸せそうな表情を浮かべる夜


 寒さで赤くなった小さな右手には一輪の花が、もう片方の手には木のかごを持ち右手に持っている花と同じ花がまだ何本も残っている。


「誰かお花…買いませんか」


 たくさんの人々が温かい明かりのついた家路へ帰る中、今にも雪と一緒に溶けてしまいそうな弱弱しい声で目の前を通る人に真っ赤なポインセチアを売っている少女の肩にはきれいな雪が小さく積もっている。


「だれか買いませんか…誰か…」


 前を通る人達に花を売ろうとするが寒さで手がかじかみ手に持っていた花が地面に落ちる。少女が地面に落ちた花を拾おうと手を伸ばすと


ガサァ!


 雪と靴がこすれる音がしたあと靴が離れると、赤い花びらは散っていた。

 「あ、なんだ…こんなところで花なんか売ってんじゃねぇよ。邪魔だなぁ。ガキはさっさと家に帰れ」

 太った男はそう言うと夜のクリスマスに消えた。


 少女は花びらが散ったポインセチアに手を伸ばすがそこにはさっきまでのきれい な色はなく、手の甲に涙が落ちる。花を踏まれたからだけではない、地面に散っ た花に今の自分を重ねたからだ。

 地面に膝をつき下を向いて花びらを拾っていると、頭の上で誰かの声が聞こえた。


「大丈夫? 僕も手伝うよ」


 そう言うと少女と同じ姿勢になり花びらを拾いだした。チラッと見ると、自分と 同じくらい歳の男の子だった。

 男の子の腕には大きなあざが顔にも青あざが目立ち少女が傷を見ているとその視線に気がついたのかサッと立ち上がった。


「ねぇ、なんでこんな汚い花びらを拾ってたの」


そう言われると少女は服の袖で涙をふき立ち上がった


「私、だったから…」

「僕もわかるよ」


 そう言うと、男の子はニコッと微笑み少女の手をやさしく引っ張り少し先のベンチまで雪の町を走った。

 ベンチに座ると男の子は右のポッケから小さなパンをだして半分にちぎると、少し大きいほうを少女に渡した


「お腹鳴ってたからさ。これ盗んだパンだけど…」


 あまりに空腹の日々が続いていたせいか自分でもわからなくなっていたが少しかじると空っぽのおなかに響いた。それから二人はパンを食べながらいろんな話をした。

冬の寒さも忘れて


「両親が死んだのか…僕と同じだな」

「じゃあ、その傷は…」

「ああ、これは…今知り合いの家に預けられてんだけどそこでね……そんなことよ

りさクリスマスだしなんか欲しいものとかないの?」


 そう言われた少女はしばらく下を向いたがすぐに前を向くとベンチから立ち上がり、走りだすとおもちゃ屋のショーケースの前で足を止めた。

 男の子も少女の跡を追いかけ少女の隣で止まった。

少女はうさぎのぬいぐるみをジッと見ている


「それがほしいの?」

「うん」

「じゃあ、クリスマスが終わる前にプレゼントする。約束」


 しばらく少女は返事しなかった。盗むのがわかっていたからだ。それでも少女は何も言わず首を縦に振った


「じゃあ、君は少し遠くで花を売るんだ…じゃあ」


そう言うと男の子は走り出し、少女は言われた通り少し遠くでまたポインセチアを売る。

ただ約束のために…


男の子は裏口から店に入り店内を散策すると

うさぎのぬいぐるみを見つけた。

「よし!」

そして、再び裏口から帰ろうとすると、突然、店内が明るくなった。

「そこで、何してる!」

声のしたほうを見ずにぬいぐるみをかかえたまま走り出すが、中年の男に捕まった

「裏口のかぎを取りに来たらまさか、こんな子供が盗みをしてるなんてな」

「離せ!!」


 店主が両手で男の子を抱きながら抑えるが男の子も抵抗する。すると、店主の手 が滑って離れてしまい男の子はテーブルの足に頭をぶつけそのまま動かなくなってしまった。

 慌てた店主は男の子とぬいぐるみを持ち上げ、外の雪の上に置いて帰ってしまう。


 いくら待っても少女のところに男の子は来ない。

 夜もさらに深まり寒さで体が動かない。それでも少女は花を売る。誰もいない町の中で


 男の子は目を覚ますが、体が動かない。

男の子はうさぎのぬいぐるみを抱えたまま

少女もまたポインセチアを握ったまま地面に静かに倒れた。


町の明かりは残酷にも二人を照らしていた。

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