第13話

「天使様…?」

男性がこちらを見てきたので、思わず笑顔がひきつる。

「天使…ではないと思います…」

「天使様!娘の命をお救いくださいましてありがとうございます…!!」

うわあ、修正が不可能!?これはなんかまずい気がする…。

「パパ、天使様はね。シスター様には、勇者様って呼ばれていたの」

「ドニー、私たちの国の勇者様は、男性の方だぞ?」

「でも、天使様はおねえさんって言っていたから、オネエちゃん勇者様なの」

ごめんなさい。混乱させてしまって…!!

「えーと、これにはいろいろと事情がありまして…」

体は男、心は女という説明を軽くさせてもらう。

結果として、理解はしてもらえなかった。

うん、しょうがないと思う。「天使様」という事でお父さんは納得したみたいだった。

「天使様。自己紹介が遅くなりました。ドニーの父のアランと申します」

「リーンです。よろしくお願いします」

ふんふん、アランさん……覚えやすいかも。

「うちで取り扱っている商品ですが、ケーキでもいかがですか?」

「ケーキ…いただきたいです!」

「では、こちらへ」



アランは、孤児だった。元の名前を、エドガーと言った。

施設に引き取られたものの、その施設長は彼の事を、いや、そこにいる子供達を「奴隷」扱いしてきていた。

「身寄りもなくなったお前らを食わせてやってるんだから」

そんな事を言いながら、靴磨きの売り上げが少ないと大きな手でしたたか殴られていた。殴られるだけならまだいい方だ。布団に巻かれ、棒で何度も打ち付けられる事もよくあった。泣くともっと叩かれるので、自然と感情は表に出さなくなっていった。

与えられる食事は、いつも薄い塩のスープと、向こうが透けるのではないかというパンが1枚だけ。そんなものでは腹がいっぱいになるわけもなく、常に空腹だった。

まれに、靴磨きをしたお客さんがお駄賃にとくれる飴玉やクッキーは、彼にとっては命を繋ぐ大切な食糧だった。

そんな彼にも救いの手が差し伸べられた。

商家の旦那が、子供が欲しいという理由で施設を訪れたのだ。

施設にお客が来るというタイミングは、存外わかりやすかった。まず、風呂で力任せに皮がむけるかと思うくらい体を洗われる。そして、見栄えのいい服を着させられて腹いっぱいのご飯を与えられる。

体調を崩している仲間は地下室に隠されて表に出ることは無い。体調を崩している仲間が地下に連れていかれると、そのまま二度と顔を見なくなる時もよくあった。

彼にとって幸運だったのは、その商家の人が求めている人物は「男の子であること」「金髪で、目が薄いグリーン」そして「8歳未満であること」という3つの条件をつけていたことだった。

同い年の男の子は、目の色がアメジストだったし、1歳年下の子供は髪の毛がブラウンだった。

商家の旦那は、条件に当てはまった彼を引き取っていった。

施設長は懐に金が入る上に、口減らしができ。商家の旦那は望み通りの子が手に入る。そして彼はここから抜け出せた。

彼は家に連れていかれると、『母親』という人に紹介された。

この『母親』は、どこか虚ろな目をしていたが、彼を見ると目に涙をためて彼を抱きしめた。そして言った。

「アラン、おかえりなさい…よく無事で…信じていたわ。あなたが生きているって」

その日から、エドガーはアランになった。

新しい父親は、アランを厳しく教育していった。

商家に必要な金勘定。言い回し、表情を取り繕う事、そして心を壊した母親を悲しませない為の「アラン」のしぐさ。

もともと、人の顔色をうかがうのが得意で飲み込みの良い方だった彼は、すんなりとアランという役割をこなすことができた。

やればやるだけ反応があるのは、とても楽しく思えた。しかし、もっと商売の手を広げるために次に必要になってくるのは「地位」だった。どれだけ稼いでも、商家は商家でしかなく、彼はそれがだんだんと不満になっていった。

貴族としての立場を確立するには、嫁を見つけなければならない。いわゆる没落貴族を、だ。しかし、プライドが高い女性が多い。自分は良いように金を吸い上げられて終わりになってしまうだろう。

もっとも、他の店も同じような手段をとっている。しかし順風満帆に見えても、妻の浪費が激しく店が傾いたという話も日常的に耳にした。彼は自分にとって都合の良い、「箱入り娘」を探しはじめた。

そして、もう一つこの街で必要なのは「宗教」だった。教会に行けるのは、貴族。それ以外だとある程度の地位が必要になる。

地位といっても、街での大店というだけでは不合格となってしまう。慈善事業に参加し、教会に莫大な寄付をし、街の発展に貢献してからようやくミサへの参列が許されるのだ。


アランは、日々の発言も、行動も、すべてを慎重にこなしていった。ようやくミサへの参列が許されるようになったのは、養父が若くして亡くなり、25歳を迎えた年だった。


教会で養父の葬式をすること、という条件が入っていたのが気になった。調べてみた所、養父は、普段から宗教に対しては懐疑的だったという事が古い知り合いから判明した。それが教会に漏れており、許可が下りなかったのだろうと思った。

急な病で倒れてしまった養父の式に参列していた時に出会ったのが、妻だった。

彼女から話しかけてくれ、よく養父の店で買い物をしていた女性だということに気が付いたのはしばらく話をしてからだった。最初は使用人かと思ったが、貴族の跡取り娘だという事が判明した。

『神よ。この導きに感謝いたします』

話をするほど、彼女は魅力的な女性だった。出しゃばりすぎず、かといって知識が無いかというとユーモアに富んだ返しができる。まさに理想の女性が目の前に存在していた。

アランは彼女にプロポーズをすることを決意した。


敬謙な信者である彼女との式をしたあと、彼女は第一子を身ごもった。出産後、より店を大きくするためにアランはミサへの参列に足が遠のいていった。今日も、久しぶりに貴方も行きましょうと彼女から言われた。彼は、それを断り、教会へ二人だけで行かせた事を悔いていた。

「まさか天使様が遣わされるなんてな…」

そう、ぼそりと呟いた。

まだ俺はやり直せるのかもしれない。

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