3 森の中にて(ラピス&ショウタロウ)

 真夜中の森の中。闇の中に紛れて動く影が二つあった。


「どう?来てるか?」


 影の正体であるラピスが自分の後ろを走るショウタロウに話しかけた。


 ラピスは夜目がきくので先頭を走っている。手にしている力の刃が淡く光り、薄らと闇に線を描いていく。

 ショウタロウはラピスの声やシルエット、彼女が持っている力の刃が僅かに作り出す光を頼りにして追いかけていた。


 闇に慣れてきても、やはり遠くや細かいところは全く見えない。辛うじて前にぼんやりとラピスの影が見えるくらいだった。夜目というのはどういう感覚なのだろうかとショウタロウは気になった。


「多分……もう来てはないよ。明かりとかは見えない」


 ショウタロウが後ろを確認しながら答える。

 さっきまで後ろの方でランタンらしき灯りがチラついていたが、それが見えなくなっていた。


「とりあえずは振り切った………って感じかな」


 ラピスが持っていた力の刃が青い粒子となって弾け、チョーカーにはめ込まれた月光石に吸い込まれていった。


 ラピスとショウタロウは足を止め、少し休む為に近くの木の影に隠れた。

 魔法で五センチほどの光の玉を作り、手元だけでもよく見えるようにした。


 二人は木の根元に座り、幹に体をあずけた。

 眠っていないことで体に疲労が蓄積されているのがわかる。少し気が抜けたのかそれがじわじわと体から漏れ出てくるのを感じた。


 ショウタロウは時折辺りをそわそわと見回していたが、ラピスはぼうっと木々の隙間から見える夜空を眺めていた。

 きらりと星が煌めいて空を埋めつくしている。ジルによれば星と星を繋げて絵に見立てる星座というものがあるらしいがどれがどうだったかは忘れてしまっていた。

 よく思えばトーキョーやその付近ではこのような星は全く見えなかった。


 これまでの事の経緯としては、賊の一人と刃を交え、それから援軍がやってきたため逃げることを選んだといったとこだった。


 無論刃を交えた者はラピスが切った。


 急所はなるべく狙わないようにして一応簡単な止血はしておいたので死ぬことはないとは思われる。それから木に括りつけておいた。


 それでも手にまとわりつくように、肉が裂ける感覚が微かに残っていた。


 ポリックから出てからこれが初めて人を切った訳ではないが、それでもやはり頭の中にあの記憶がちらつく。

 思い出そうと思えば、ほんの数日前のことみたいに思えてくるほどには思い出せる。


 本来なら覚えていていいことはひとつもないだろう。


 他人を傷つけた記憶。誰もが忘れ去りたいと思うような強烈な記憶だ。


 しかし、ジルはそれを忘れようとしてはならないと言った。自分の中に留めておくべきことだとも言っていた。


 ラピスはそれに従っている。

 ジルの言うことが正しいとも思っていた。


 記憶がちらつこうとも、自分の行いはどうしようもない事実である。


 だからそれを受け入れて、今の自分の選択を貫く。倒しはするが、命までは取らないという選択を。


「………ねぇ、ラピスちゃん。ねえってば」


 不意に聞こえた自分を呼ぶ声。ラピスの回想はそこで止まった。

 はっとして声の発生源であるショウタロウの方へと目を向けた。


「うん?何?」

「……ぼうっとしてたけど、疲れてる?」

「いやいや、ちょっと考え事してただけだから大丈夫。何かある?」

「さっき気になったことなんだけど……」


 ショウタロウは話を続けた。


「さっき逃げてる時にさ、なんか袋捨ててなかった?」

「袋?どんなの?」

「えーと、このくらいの大きさの袋。色はわかんなかったけど……」


 彰太郎がジェスチャーで袋の大きさを表す。だいたい手のひらにちょうど収まるくらいの大きさだった。


 ラピスはそれを見て直ぐになんの袋かわかった。


「ああ、投げ銭か」

「投げ銭?……もしかしてお金入ってるの?」


 ラピスは頷いた。


「ちょっとだけね。予めこういう袋を作っておいて、盗賊とかから逃げる時に置いていくんだ。盗賊は獲物が入ったらそれ以上は深追いしない事が多い。だからもうほぼ渡すつもりで袋を捨てるってジルが言ってた。」

「へぇ………本で読んだことあったけど本当にこんなのあるんだ」


 ショウタロウは興味深そうに聞いていた。

 今回捨てた物は村を出る直前に作ったものだった。聞いた時は少々勿体ない気もしたが、背に腹は変えられないので指示に従った。


「捕まるよりはマシ、って考えなのかな」

「まあ………そうだろうね。お金持ってても使えなきゃ意味ないし。ところでいくらぐらい入れてたの?」


 彰太郎がそう尋ねてきた。


「えーと……いくらだったかな……」

「覚えてないの?」

「その、入れてたお金は僕のじゃないから……ジルが渡してくれたやつだから」


 ラピスはうんうんと唸りながら、ジルからお金を渡された時の記憶を辿って行った。

 ぼんやりとだがその時の記憶が見えてきた。それを頼りに硬貨の数を思い出す。


「うーんと、10デリタ硬貨が10枚くらい入ってたような」

「10デリタ硬貨10枚……円で言うとだいたい1万か」


 デリタ硬貨とは世界共通の硬貨だ。だいたいどこの国もこの硬貨ともうひとつ別のお金が流通している。

 もちろんトーキョーでも使われている円よりは少ない流通量だがデリタ硬貨は使われていた。


「もっと入ってたかもしれない。10枚にしてはちょっと重かったから」

「じゃあ15から20デリタくらいと考えとこうか。………これであいつらは諦めてくれるかな?」

「うーん、それはわからないなぁ。こうやって投げ銭したのは初めてだし。僕からしたら結構な額なんだけど」


 ラピスにとっては今でも前の暮らしでも10デリダはかなりの額だった。ジルはこの額だと大抵は見切りをつけて追跡を辞めるとは言っていた。でももしかしたらこれに期待を抱きまだ追ってくる可能性はゼロではない。

 お金の価値はわかっているが、盗賊の生活はどのくらいの金を使うのかは知らない。狙ってくるということは必要ではあるだろう。

 人数が多ければそこそこ必要にはなるだろうか。10デリタでどのくらい暮らしていけるのだろう。

 行動の参考にしようと思ったが結局考えても欠けてる情報の部分が多いのでなりそうにはなかった。


 そして、まだジルからの連絡もないわけだ。あの面子からしてやられたとは考えにくいのでその心配はしてなかったが、結構しつこいということだろうか。もしかしたらもう少し奥に移動してしまった方がいいのではないかと色々と考えが浮かんでくる。


 しかしまだこれを自信もって決める事に関してラピスの経験は浅かった。イマイチ決定にこじつけることが出来ず、ポンポンと頭の中に案がごちゃごちゃと浮かんで散乱してくばかりだった。


「…………ショウタロウはどう思う?」


 まずは今の話題の彰太郎の意見を尋ねてみることにした。ショウタロウはしばらく考えてからこう答えた。


「俺からしてみたら……遊ぶ分には十分なお金だけど生きてくには足りない。俺の前の生活の事を基準に考えると三倍くらいはいる」


 ラピスが目を丸くした。正直そのくらいの額のお金は手にしたことがない。


「えっ?そんなにいるの?」

「まあね、あそこは食費はもちろん家借りるのにも水使うのにも電気使うのにもお金はいった。それに加えて生活するために必要なものも買えばそれだけの出費にはなる」

「ほんといちいちお金がかかるんだな…」


 ラピスは何とも言えない嫌悪感に見舞われた。自分も昔は食料面ではお金で解決していたことがあった訳だがそれ以外はほぼ拾ったものや作ったものだった。


 彰太郎の方はこっちのほうが当たり前なのたろう。話しぶりからして何も感じないというよりは、既にどうしようもないと割り切ってしまっているようにも見えた。


「今の世界は正直金さえあればなんとかなるけど、なければ本当にどうしようもない。だからみんな必死こいて金稼いでいるわけ。とくにトーキョーとかはそんな感じだよ」

「そう、なのか……」

「…………案外お金のありがたみと残酷さを一番知ってるのはジルかもね」


 そうぽろっとこぼしたショウタロウにラピスは疑問を持った。


「ん?なんで……もがっ」


 理由を訪ねようとした時、急にショウタロウに手で口を塞がれた。

 急なのでびっくりしたが、ショウタロウの切迫したような顔を見て大体は察した。


 ラピスの口から手を離し、ショウタロウは静かに茂みの先を指さした。


「来てる」


 彰太郎が小声でやや早まった口調でラピスに伝えた。ラピスはすぐさまどこだと彰太郎に確認を取る。


 辺りを見回すと、確かに。オレンジ色の光がちらちらと遠くで点滅していた。


 ラピスが顔を顰めた。どうやら嫌な予想というのが当たってしまったらしい。

 しかも数は一つだけではなかった。遅れて周りからオレンジ色の光がチカチカと点滅しているのが見えた。


「援軍が合流した?」

「それもあるけど………多分他のグループも合流した感じじゃない?」


 ラピスはすぐさま、手元にあった光の玉を消した。急に暗くなったことで一瞬何も見えなくなったが直ぐに闇に慣れていき形が見えるようになる。


「どうする?」


 彰太郎が表情を変えるこなくラピスを見る。本当に肝が座った男だ。逆に動じなさすぎてこっちが不安になる。


「まあ………静かになるべく遠くに逃げる一択だよね……。でも隠れられそうなとこ見つけたらまた隠れるか」


 万が一の為になるべく体力は温存して行きたかった。ここまで敵が多くなってくるともう相手はしていられない。敗北は目に見えている。


 二人はそろりと立ち上がると更に奥に向かって駆けていった。盗賊が二人の痕跡を見つけたのは既に二人の姿は闇に消えていった後だった。






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