8 ならず者の長

 街の外れのある所で三人の人影が向き合っていた。まだ日は昇りきらず東の空に居座っていた。


「もう行ってしまうのかい。まだゆっくりしてけばいいのに。」


 セツがジルとラピスに物惜しそうに口を開いた。彼女の右腕と額には痛々しい包帯が巻かれていた。あれから二日が経過したがジルのようにすぐには治ってくれなかった。

 恐らく魔力を消費しすぎたのもあるのだろう。


「まあね。俺たちにも段取りってものがあるし、長くと留まるのは性にあわなくてな。」


 ジルはそう言って笑う。たしかにこの男は常に騒ぎを聞きつけては追いかけていくような感じである。


 結局抗争の結果はセツがグラードを討ち取ったことにより「新」の勝利ということになった。


 勝利が決まった直後、一気に体の力が抜けていきセツは倒れてしまった。魔力を使い果たした身体でよくあれだけ動けたものだとジルは感心していた。


 ジルはまずセツを担いで救護班に彼女を任せた後、囮をしていてもらっていた先鋒の元へと駆けつけて最後の片付けに入ったらしい。


 先鋒が上手く持ちこたえてくれたことによりこの作戦は成り立ったのだ。ボロボロになりながらも耐えてくれた彼らに深く感謝した。


 残党を片付けた後は彼らと共に抗争の後処理へと移った。街の外れ全体にテントを張り、そこに怪我人や生存者を敵味方関係なく全て運び簡単な手当を行った。


 グラートの斬撃で斬られたトウシだったが、ジルの指示通りに服の下に厚い布を巻いていたので深手にはなっていなかった。


 ただ切られたことに驚いて気絶してしまったようだ。軽い応急処置を受けた後彼もできることはしたいといろいろ手伝っていた。


 人数が多いだけあってトウシのような動けるものは全員手伝いに回っていた。ラピスや子供たちも物資を運んだりして手伝いに忙しそうであった。


 そんなことをしているうちにあっという間に日が暮れて、終わりが見え始めたのは月が高く登り始めてからだつた。


 ちょうどその頃にセツが目を覚ました。ジルが様子を見に来ていた時だったので、最初と立場が逆転していて二人で笑った。


 傷は綺麗に切られていたため特にあとに残ることも無く綺麗に治るとのことだった。


 それから二人はしばらく話していたが、セツは見えない視界の中で見た光の粒が作り出す不思議な光景について話し始めた。


 セツがそれを話す間ジルは興味ありげに、静かに聞いていた。セツがそれを話終えると、ジルはしばし考え込んでから口を開いてこう言ったのだった。


「………俺は職業柄人の気配を強く感じ取ることができるんだけど、その時に使っているのが人に流れている魔力ってやつさ。量は個人差はあるけどやっぱりどんなものにでも魔力は少なからず宿している。だからそこに何か少しでも魔力のの偏りを感じ取れらればばそこに何かがいるって認識できるわけだ。」


 ここまでまず、一息で彼は話してさらに続けた。


「俺はそれに慣れてるから特に意識することなく常に感じ取れるわけだけどセツのこの場合も似たようなものだ。目をつぶった時、なおかつその様子だと意識を向けたた時に初めて感じ取れて認識するってとこかな。その時に見えたっていう光の粒は、要は魔力の流れってことだの。」


 ジルは話した後、セツに目を瞑るように指示をした。セツが目を瞑ったあとさらに意識を闇の中に集中させるように指示を出してきた。セツは言われた通り目を瞑り、真っ暗な闇の中を見つめた。


 するとだんだんと………ほんのぼんやりであるが桃色のもやのようなものが闇の中に浮かび上がった。


 今度はあの時のように自分の手の方を見ると、その桃色のもやよりも弱い赤色のうすいもやがぼんやりと見えた。


 ジルの声がして目を開けた。もやのあった辺りにジルが座っている。あの桃色のもやは彼を示していたのだろう。


 ジルがどうだったかと尋ねてきた。セツはもやのようなものが見えたと答えると彼は満足そうに「そうか。」と呟いたのだった。


 それからセツはこの二日間ことある事にこれを試して見ては、あの時ほどはっきりと形までは見えないがぼんやりとした色のついた塊として魔力を認識することができるようになった。

 だが、結構気張らないとなかなか見えてこないので汎用するのはまだ難しそうだ。


 そして魔力には色というものがあるということを理解した。


 てっきり斬撃や「気」などは赤っぽい色をしているのかと思っていたがそれは周りにいる人間の魔力の色が赤が多かったからだった。こうして見ていると緑や黄色など色々な色があり輝いていた。


 ラピスを見た時は清流のような真っ青な色をしていた。この子が「気」を使った時はどのようなふうになるのだろうか。


 セツはそう思ったが美しいことに間違いはなかった。それだけ透き通り深い青色を示していた。


 セツは真っ青の髪を二つに束ねた目の前の少女を見た。彼女の首元のチョーカーに嵌められた宝石もそれと同じような青い光を放っていた。


「そういやラピスも「力の刃」を使えたんだっけね。」


 セツがラピスの首元のチョーカーを指さした。ジルに稽古をつけてもらっている時に青い光を放つ打刀を一度見かけたのだ。


「あ、うん。」


 ラピスはチョーカーに軽く触れた。


「珍しい石を使ってるんだね。ちょっと見せてくれないかい?」


 セツに頼まれてラピスはチョーカーを外してセツに渡した。


 セツはそれを受け取るとまじまじとそれを遠ざけたり光に透かしたりして眺めた。目の前の青い光を放つ宝石はセツの頭の中のある情報と一致した。


「へぇ、これは月光石げっこうせきか……。」

「月光石?」


 ラピスが尋ねてきた。


「月光石も赤紅石とおなじ魔力を宿す鉱物だよ。ただこの辺りでは全然取れないからこうして見るのは初めてだけどね。」


 セツはそう言うとまたチョーカーに付けられた月光石をみて「いいの使ってるな……。」と呟いいた。


 そのまましばらくなにかを呟いた後、ラピスに「ありがと。」と言ってチョーカーを返した。


「あんた達はこれからどこに行くとかあるのかい?」


 セツが二人に問いかけた。


「とりあえず北を目指す。こいつが海が見たいらしくてな……。」


 ジルはラピスの頭の上に手を乗せた。ラピスはなんか子供のように扱われているように感じたのか、ジルの方を見るとむっとしたような顔をした。


「北かぁ……。たしかにこの辺で海っていったらそっちに行くしかないけど、都市の数は少ないから気をつけなよ。あと寒くもなるし。」


 この辺りは乾燥地といえど年間の気候はそこまで暑くはならない。冬には雪も積もるほどだった。


 今は夏の初めなのでそこまでだと思われるが、さらに北に行けば寒さは厳しくなるだろう。


 だが、セツの心配を他所にしてジルは笑った。


「その辺はしっかり備えてあるから大丈夫。あとそっちの方に宛があるんだ。」


 セツの眉がかすかに動いた。


「そっちに知り合いでもいるのか。」

「そう。だいぶ寒い所まで行かないといけないけどな。」


 ジルは眉をひそめて笑ったが内心嬉しそうでもあった。


「寒いってどのくらい?」


 ラピスがジルに向かって口を開いた。


「年がら年中雪が降るくらいかな。」


 ジルの答えにラピスは眉を八の字に寄せた。


「どうしたその顔は。寒いのは嫌いか?」


 ジルがラピスの顔を覗いた。ラピスは眉を八の字に曲げたまま首を横に振った。


「「雪」ってのがよくわからない。」


 ラピスそう言った。雪とは天候の一種であることはわかるが具体的なものはよくしらなかった。

 雨とはまた違う空から降ってくる冷たいものという朧気な情報だけがラピスの頭の片隅にあった。すくなくともあの荒廃した都市でそれらしきものは降ってこなかった。


 ジルはなるほどなと、納得したように頷いた。


「まあ、雨が凍ったやつとでも言っておこうか………。見た方が早いし。」


 ジルがざっくりと説明をした。ラピスはイメージが上手くできなかったがどうせ実物が見れるのだからいい。

 そのまま考えるのは後にした。


「あ、そうだ。」


 セツがなにかを思い出したように声をあげた。セツが懐を漁り、なにかを取り出した。


「これ、ラピスにあげるよ。」


 ラピスが手を出すと、セツはその上になにかを置いた。それはさざれ石で出来たブレスレットだった。薄い桃のさざれ石の中に一つ赤い結晶も混じっていた。


「わあ、綺麗だ。」


 ラピスが感嘆したように声を上げた。セツはそれを見て微笑んだ。


「この桃色の石もこの辺で取れる飾り石のひとつなんだ。それと売り物にならないくらいの赤紅石の結晶を繋げて作ったんだよ。よかったら貰ってくれ。」

「ありがとう。」


 ラピスは礼を言うと早速右手にそのブレスレットを付けた。赤い赤紅石がきらりと光った。


 隣でジルが「良かったな。」と軽く呟いた。


「日が昇ってきたな…。ならそろそろ行かせてもらうよ。」


 太陽が徐々にその高度を上げていた。朝の光が静かに二人に降り注いだ。


「気をつけてな。」


 セツがそう言うと二人が微笑んだ。


「セツもこれから大変だろうけど、頑張って。」


 セツは口を大きく開けて笑った。その男勝りな笑い方は二人のセツの好きなところだった。


「そうだねぇ。いままで「旧」のほうのならず者もまとめなくちゃいけないしな。けどなんとかやってみせるさ。あいつの亡霊に笑われないようにね。」


 セツの顔は不純さのない笑った顔だった。その金色の目には強いこの先の未来を照らす光が宿っていた。

 その目を見てジルも口角を上げた。


「じゃあ、またいつか会える時まで「ならず者の長」として頑張ってくれよな。」


 セツは頷いた。それを見届けると二人はセツに向かって背を向けて歩き始めた。かわいた風が二人を後押しした。


「さようなら。」


 セツが手を大きく振った。二人は少し振り返って手を振った。そしてまた前を向いて歩みを進めていく。二つの人影がどんどんと遠くなっていった。


 とある街でならず者を束ねるその長は、旅をする傭兵と少女の背中を見えなくなるまで見送っていた。


 雲ひとつとない真っ青な空がどこまでも続いていた。

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