廃れた砂漠の都市の少女 3

 少女とジルは、日が沈みかけ暗くなりつつ都市の中を歩いていた。

 この辺りはジルがまだ捜索していないところだった。ジルは辺りをよく見回しながら少女の後ろを歩いている。


「どうした。そんなにきょろきょろして。」


 少女が少しこちらを振り向いた。


「いやぁ、ほんとマジで荒れてんなぁ………って。」


 大きく上に伸びた建物だけではなく、この辺りには普通の民家や小さな店の残骸もあった。どれも半壊しており、酷いものは見事に崩れ去って瓦礫の山となっている。


 都市の外が近いのか、薄く砂が積もっている。それもそのはずで、この都市の外は以前はどうだったかわからないが辺りを見渡す限り砂しかない。

いわゆる砂漠である。


 大気も砂をより含んでいるようで余計に風景が霞んで見えた。建物にかろうじて残っているガラス窓にもヒビがはいり細かい傷がついている。


「別に普通さ。」


 少女はぶっきらぼうに言うと、また前にへと視線を戻して歩き始めてしまった。


 砂の交じって乾燥した風が一際強く吹き付けた。


 あのゴミ山を出発してから早くも30分はたっただろうか。案外この幽霊都市は広く、まだまだ探索しがいのある所が沢山あった。

 今歩いているところは大きな平屋のトタンの建物が多く、看板を見るに工場地跡だとわかる。その看板も外れかけ地面に落ちかけていた。


 工場のほうも外壁に大きく穴が空いていたり、トタンが落ちていたり、錆びた鉄骨だけになっていたりしてボロボロだった。


 その周りを囲っている金網の柵も穴が開き放題になっている。


「思ってたよりも広いな、ここ。」

「まあ、ね。」


 少女は穴の空いた柵をくぐっていった。ジルもその後に続く。


「いっ………。」


 柵の切れた針金が剥き出しになっていて、それが服に引っかかった。服が引っ張られる感覚が伝わる。


「あ、引っかかるから気をつけて。」


 少女が思い出したように呟いた。


 ジルは顔をしかめるも、出来ればもうちょっと早く言って欲しかったというのは飲み込んでおいた。幸い服に穴は空いてなかった。


 2人は工場地の敷地内に入った。


 建物の他に、倒れたタンクや錆びたドラム缶の山、工場の中は人の腕を模したような何かの機械の残骸が取り残されていた。


 その傍にひっそりと作りかけの何かが置かれていた。結構大きなもので、ジルの腰あたりくらいの高さの金属の塊だった。


 足元にはなにか部品のようなものも散らばっていた。それらは雨風に晒されてどれも赤黒く変色している。ここで何が作られていたかは2人には知る由もない。


 遠巻きにはわからなかったが、工場の壁にはポツポツと小さな穴が空いていた。


「すごい弾痕があるな……。」


 ジルは工場の壁に手を触れた。

 ここに最初に来た時にも建物のコンクリートに空いた穴を沢山見た。


 テロか戦争の被害かなにかはわからないが、この都市で何かしらの戦闘があったのは確かであった。触れた所のの錆がポロリと剥がれ落ちた。


「だんこん?」


 少女が歩みを止めて、ジルの方を振り返った。


 ジルは壁にある穴を指さした。


「これだよ。拳銃とかが飛ばした弾が当たるとこうなる。俺のもさっき見せただろ。」


 少女は先程のジルとの会話を思い出した。

「モノツキ」の一件でそのことは記憶の隅に追いやられていたが、あの拳銃の口を額に当てられた冷たい感覚と、ジルの体に残っていた傷が鮮明に蘇る。


 少女はまた、急に腹の底か縮こまるような感覚を覚えた。まだその威力を実際に見たことはないのだが何故かその恐ろしさがさらに伝わってくる。


 突然、血の気が引いて顔も冷たくなってきた。


「ん?どうした?顔色、悪くないか?」

 ジルは少女の顔を覗き込んだ。

「な、なんでもない………。」


 少女はごまかすように呟き、また歩き始めた。ジルはどうしたのかと、首を傾げていた。


 空には小さな1番星がきらりと光るようになり、日は完全に沈んでしまった。


 空には太陽の残り火だけが静かに燃えていて、辺りを薄く照らす。


 前を歩いている少女の歩みが不意に止まった。


「着いたよ。」


 少女は静かに言い、指をすっと前にへと出した。


 ジルが少女の指を目で追ってその先を見た。


 そこは広い土地だった。周りにひっそりと、ぼちぼち佇んでいる鉄骨をみるにもともとここにもここの工場のような建物があったのだろう。


 跡地には、沢山の土の塚が作られていた。

その一つ一つの目印のように、廃材が突き立てられている。


ジルは人目見て、これが何かがすぐにわかった。


「ここで、眠っているのか……。」


 少女は頷いた。


 ジルは広がる墓場を見渡した。暗い視界では奥はよく見えないが、かなりの数があるようだ。


「僕がまだチビだった頃はまだこの半分くらいもなかった。……………けど、それから「あれ」が増えたり、病気になったりしてどんどんみんないなくなっていった。」


 少女はそのうちの1番手前にあるひとつに近づいていった。盛られた土の質感から、おそらく1番新しく作られたものなのだろう。


「この子が僕と最後まで一緒にいたやつ。」


 少女はその前に屈んだ。


「こいつはよく喋るやつで、2人になっても一緒に頑張ろうってよく言ってた。ちょうど年は多分傭兵と同じくらいだったと思う。みんな兄弟みたいな感じだけどこの子は特にそういった感じが強かったかな。ほんとの兄さんみたいだった。」


 少女は思い出を紡ぐように呟いた。

 彼女がどんな顔をしているかはわからない。


「ある日、日が沈んでも戻ってこなかった。たまに別々の所で寝る時があったからそうだと思ってた。けど……次の日、僕があのゴミ山に行ってみたら………あそこの真ん中で血を流して倒れていた。」


 風が吹き付け、少女のチグハグに結ばれた髪を揺らした。


 心做しか、ジルには少女の体が震えているように見えた。


「すぐに駆け寄って声をかけたよ。けど、もうすでに遅かった。息はしていなかった。」


 ジルは少女の声が震えていることに気づいた。


 少女は目をこすった。さっきの風で砂でも目に入ったのか、目の奥が痛いほど熱かった。


「近くにボロボロになったゴミが不自然に散らばっていたから、それが………「モノツキ」だったか……それになんたんだろうな。よく見たら血がついていた。」


 少女はその目をこすった手が濡れていることに気づいた。風が当たってひんやりと濡れたところの熱を奪う。


「それがだいたい数えて2年とちょっとくらいかな。」


 少女は立ち上がって、ジルの方を振り返った。ジルはその青い目が少し濡れいるように見えた。


「なんか傭兵を見てるとそいつを思い出すんだ。似てるのは背丈だけで、喋り方も髪の色も声も全然違うのに。」


 少女は不意に悲しげな笑顔を見せた。


「なんでだろうな。」


 ジルは少女を見たが何も答えなかった。

 その声は随分悲しく聞こえた。


 

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