酸素・税金・一日の生活

 今の我々には普通となっていて、いまいちピンとこないのだが、どうやら現在の日本はかなり税金が多いらしい。


 税金が多い、というのは税率が高いという意味でもあるし、税金の種類が多いという意味でもある。


 そんなことをふと思い出し、朝飯にと購入したおにぎりの包装を眺めてみる。鮭おりぎり120円(税込み180円)。消費税が50%になったのは私が生まれる以前の話だが、どこの店も税込み価格で統一してくれないものか、と毎回思う。


 21世紀初頭の消費税、平成初期では5%、令和でも10%だったというのだから驚きだ。いかに21世紀の日本が経済的に余裕があったかがうかがえる。


 税についてぼんやりと思いをはせていると、いつの間にか駅へとたどり着いていた。これから出勤なのだ。定期券を兼ねている交通系ICを、自動改札にタッチする。普段だと交通機関使用税は10%なのだが、通学・通勤による使用の場合は5%へ減税されるのはありがたい。


 丁度良くホームに到着した電車へと駆け込み、携帯をのぞき込む。数分程ネットサーフィンを楽しんでいると、携帯の画面に『TAX』との文字が表示された。月々の支払いに情報通信使用税が加算されたことを示す通知だ。だいたい5分間使用すると10円加算され、累積分を月末に支払うという仕組みだ。


 数十分電車に揺られ、会社の最寄り駅へと到着した。すると、到着と同時に私の携帯に着信があった。職場の上司からだ。


「どうしました、部長」


「ああすまない。朝一で会議が急遽決まってね、会社に着いたらまっすぐ会議室まで来てほしいんだ」


「わかりました」


「今月は会議が多いだろ?おかげで税金かかってしかたないからさ、今日は早く終わらせよう」


 実は数年前、『日本はムダな会議が多すぎる、ならば会議に費やした時間分税金がかかるようにしよう』という法案が可決されたのだ。おかげで各企業は、会議を減らして効率よく業務を行うことにご執心だ。


 いやいや素晴らしい。まったくもって良い傾向ではないか。


「連絡は以上だ。今月は非対話税が結構いってるからもう切るぞ」


 上司はそう伝えると、早々に電話を切った。通話後の携帯のディスプレイには『通話料10円・税50円』と表示されている。これは数十年前に、『対話の苦手な若者が多い、これは電話やメール等でのコミュニケーションばかりになっているからだ』と対話以外の会話(通話やメール)にも税金がかかるようになった結果らしい。


 会議も早々に終了し、午前中の業務をこなしたところで昼休みとなった。

 私は近場のラーメン屋にでも行こうと同僚を誘ったのだが、


「今月ピンチでな。外食税もかかるし、給料日までは弁当持参だ」


 とやんわり断られてしまった。


 成人病等を引き起こす要因は栄養バランスの崩れ・食の偏り、そしてそれらは外食頼りの生活が諸悪の根源である、と外食に税金がかかるようになったのは私が生まれる前だ。


 まあ確かに、税金を避けるために食卓を囲む家庭や、自炊をする独身者が増えたのは素晴らしいことだろう。


 そんなこんなで、一日の業務が終了、定時となったので帰宅する。

 一昔前は長時間残業が常態化していたというが、時間外労働税が会社側にも労働者側にも課されるようになってから、残業というシステム自体がほとんど鳴りを潜めている。素晴らしいことだ。


 交通機機関使用税を払った定期を用いて電車に乗り、電車内で情報通信使用税を払ってネットを閲覧し、外食税を払って夕飯を済ませ、酒のつまみを消費税を払って購入し、私は自宅へと到着した。


 様々な税金が私の生活を取り巻いているが、そのほとんどが物心ついた頃から存在するものなので、何の違和感もなく、その支払いに何ら疑問を抱くことはない。



 ただ。

 ただ、ひとつだけ。


 最近採用されたこの税金についてだけは、どうしても違和感を禁じ得ないのだ。



『あなたの本日の呼吸は 19,732L でした

 本日の呼吸税は 98.7円 です

 酸素は人々の大切な共有財産です

 納税をよろしくお願いいたします』



 一日の終わりごろ通知されるこの文章を見るたびに、何かがおかしいとぼんやり思う。


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