第8話 可能性

「……あれ?なんともないよ」


紡が呟いた。レイラは確かに記憶を消すと言っていた。よくわからない装置も確かに使っていた。それなのに、紡はなんともなさそうだった。


「ツムギちゃん、『魔神』って知ってる?」

「知ってるも何もさっき順くんが……」


やはり紡には記憶の操作が効いていなかった。前にレイラが『魔力の強い人間に記憶操作は効かない』と言っていた。だが、紡の魔力がそんなに強いとは思えなかった。

レイラも紡の魔力なら記憶操作が効かないはずがないと思っていたらしく、困惑していた。


「あれ?記憶操作装置の故障かな……?そんなことはないはず、確かに魔法は発動してた。ツムギちゃんの魔力はそんなに高くないし、効かないはずないのに」

「なんかそういう体質なんじゃね」

「いや、違う!まさかとは思うけど、『神器』を持ってる?」

「ジンギ?あたしそんなの持ってないよ」


となると、やっぱり体質の問題な気がするが、レイラが違うと言うなら多分違うのだろう。しかし、そうじゃないならなんで記憶操作装置が効かなかったのだろう。


「えーっと、じゃあ最近何か変なものを拾って持ってたりとかする?」

「変なもの?拾ったわけじゃないけど、おしゃべりする針が裁縫セットに入ってたっけ……」

「ちょっと見せてもらってもいい?」

「うん、いいよ」


紡はカバンから可愛らしい花柄のポーチを取り出した。紡は手芸部だから裁縫セットをいつでも持ち歩いていると言っていたが、実際に見るのは順一も初めてだ。

紡がポーチを開いて中から小さなプラスチックのケースを取り出すと、それを開けて針を一本取り出した。


「それがそのおしゃべりする針?」

「うん。買った覚えがないのに縫い針が一本増えてて、それがこの子なの」

「お、おいらの話かい?」


声が聞こえたが、周りには3人以外はいない。ということは、本当にこの針がしゃべっているということなのだろうか。


「そうそう。レイラちゃんがあなたのことを知りたいって」

「いやぁ、気持ちは嬉しいんだけんどおいらのタイプじゃねえな」

「……ねえ、ツムギちゃん。その針へし折ってもいいかしら?」

「やめろ、こんな奴でも紡の持ち物だぞ」


順一はレイラをなだめる。しかし、変わった針だ。ほのかに魔力を感じる。最近現れたということはもしかするとこの針も魔神の一種かもしれない。


「えっと、あなたから少し魔力を感じるんだけど、もしかして魔神?」

「はぁ?失礼なこと言わないでくれ、おいらはこう見えて紡の魂のカケラなんだぞ」

「それってつまり、神器ってこと?」

「まあ一応な。紡の魔力が多くないから今はこんな姿だけど、本当のおいらはかっこいいんだぜ?」


神器と言うと、レイラのもののように武器であるイメージが強かったが、こんな弱そうな針が神器なんてこともあるのか、と順一は少し驚いた。


「で、あなたはどんな魔法を媒介する神器なの?」

「おいらの魔法は糸さ。糸を操る魔法。まあ、今の姿じゃ使えないけどな」

「ふーん。で、どうしたら本当の姿になるの?」

「まあ、紡がおいらの本当の力に耐えられるだけの魔力のコントロールを身につければいけると思う」


しかし、魔力がそこまで高くない紡が神器を持っているのは何故なのだろう。神器の有無に関しては魔力があまり関係ないのだろうか?

魔力が高い順一は神器を持っていないし、やはり関係ないと思われる。少し気になるのでレイラに尋ねる。


「そういえば、神器を持つ条件ってなんかあんのか?」

「うーん、特にはないかな。発現させるための条件ならあるけど」

「本当か?教えてくれ!」

「……言っとくけど、確実ではないし、その上あなたが神器を宿していなければなんの意味もないよ」


レイラはさらに、そもそも今はそんなことをしている余裕はない、と付け加えた。


「一応教えてあげる。一つ目は、神器の魔法に関係することをし続けて、そのうち発現するパターン。例えば、ツムギちゃんはこっちね。

二つ目は、神器の力が無いと乗り越えられないようなピンチに瀕したとき発現するパターン。

三つ目に、感情が高まった時に突発的に発現するパターン。後に言った二つは魔力が高い場合によくあるかな。

あとは殆ど無いけど、特になんの理由もなく発現するパターンもあるわ」


少し呆れたような顔をしていた割にはすんなりと、しかも丁寧に教えてくれた。しかし、仮に神器を発現する可能性があるとしても、自分の魔法が分からないのでは意図的に発現させるのは無理そうだ。

ふと紡の方を見るとキョトンとしていた。一応、魔法のことはざっくりとは知っているものの、いきなりその当事者になって困惑しているのだろう。


「ありがとう、レイラ。とりあえずは神器のこと気にしないことにするよ。それより今は兎の魔神だ」

「ええ。でもその前に、ツムギちゃん。あなたは『魔術師』になって、協力してくれる?もちろん、嫌なら断ってくれてもいいんだけど……」

「あたしは……、まだ頭の整理が追いつかないよ。だから、少しだけ待って。ちゃんと決めたらお返事する。それでもいい?」

「もちろん」


そのあと、紡を一足先に帰し、順一とレイラの二人でもう少し兎の魔神を探すことになった。

二手に分かれて隅々まで探したが、やはり見つからない。時計を見るともう7時を過ぎていた。二人は急いで家へ向かう。あまり遅くなると母が困ってしまう。

家に着いたあとは、風呂を済ませ、夕飯を食べた。夕飯の後は特に何事もなく時間が過ぎ、気づけば10時を回っていた。

順一は自室に戻り、宿題に取り組む。英語のテキストだ。順一は英語がそんなに得意ではない。むしろ苦手な部類だ。半分くらい進めたところで、眠くなってきた。

気分転換に少しスマホをいじる。そんなとき、順一は閃いた。SNSのアプリを開き、『ウサギ』を検索した。

街中でウサギを見かけることなんてまず無い。SNSをやっている人なら、見かけたら間違いなくSNSに上げるはずだ。

あまり関係なさそうな投稿が続いたが、画面をスクロールしていると、気になる投稿を見つけた。白いウサギの写真が添付されている。


「えっと、「公園にウサギがいた!かわいい!」か。いや、その次のツミートが「ウサギに噛まれたんだけど!まじ最悪」。これって……」


順一は自室から廊下に出る。レイラにも伝えた方がいい。レイラの部屋のドアを勢いよく開けた。


「わっ!ちょっと、ノックぐらいしてよ!」

「悪い、それどころじゃ無いんだ!これを見てくれ」


不機嫌そうなレイラの前に、先ほどの投稿を映したスマホを出す。レイラは添付されていた画像を拡大した。


「間違いない、兎の魔神だわ。この場所は、街の東にある公園かしら」

「やっぱりそうか。このツミートがホンモノだとしたらヤバイぞ、これは」

「ジュンイチ、ツミッターから探すなんて冴えてるじゃない!他にはそれらしき投稿はない?」


順一はさらに下に画面をスクロールさせる。似たような投稿が三つほどあった。同じように写真も添付されており、場所も特定できた。

場所は主に、公園の茂みや街の外れなどあまり人の目に付かなそうな場所ばかりだ。おそらく、兎の魔神は魔術師に見つかることを警戒している。それなりに知能があるようだ。

レイラが部屋の奥から街の地図を引っ張り出して、その投稿の写真を元におおよその場所に印をつけていく。


「これで、奴の行動範囲はある程度絞れた!お手柄よジュンイチ!」


思ったよりも事態は早くカタがつきそうだ。順一はそう思い、安心した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る