第5話 断たれた右腕 その5

 私と茨木の額に2本の角が生える。鬼化だ。


「おお、その姿を見ると1000年前を思い出す……畜生共め……ぶち殺してくれるっ!」


 綱も力を解放し、その姿の禍々しさが増す。


 私は紅桜を抜く。


 等身が僅かに薄紅の光を弾いく。


「私が前に出ます。2人は援護を!」


「わかった!」


「承知じゃ!」


 私は綱に斬りかかる。


 綱は己の爪を術で形状変化させた。それはまるで指の一つ一つが短刀のような狂気じみたものだった。


 そしてその爪は私の紅桜を受け取れるに足りる強度を持っていた。


 高い金属音を発しながら攻防が続く。


「酒呑!!」


 私はココノエの合図で一旦退るが綱は私を容赦なく追ってくる。


「そう来てくれると思ってました……茨木!」


「言われなくてもやりますよっと!」


 茨木が両手を地面につけると術が発動する。


 綱が足を踏み入れた場所は茨木が捕縛結界を張っていたポイントだった。


「ぬうう……小癪なまねを……!」


 結界は綱に電撃を走らせ、動くことを許さない。


「こいつは両手がないと出来ない術さ……久しぶりで不安だったけど、ちゃんと発動してよかった……って訳でココノエ、あとはよろしく!」


「わははっ、久しぶりに本気でいくぞっ!」


 ココノエが開いた掌を前に突き出すと、綱の周りに5つの青白い火の玉が出現する。


「覚悟!!」


 ココノエは掌を力強く閉じる。火の玉はそれに連動するように火炎となり、渦を巻いて火柱をたてた。


「ぐごごごがががああああああ!!」


 熱の中で綱が悶える。


「すまんのう。何を言っておるか全くわからんわい」


 やがて炎は消えて、そこには黒焦げになった綱がかろうじて立っていた。


 しかし、皮膚は少しづつ再生して来る。


「やはりもう再生するか……酒呑ちゃん!」


「トドメをさします! 1000年前の亡霊……渡辺綱! 大人しく消えなさい!!」


 私は紅桜を構えて踏み込む。


 薄紅色の光は残酷に男を斬り裂いた。


 綱の上半身は断面を滑り落ちて、汚い音を立てて転がる。


「これで流石に……」


「いえ、まだのようです茨木。手応えがイマイチでした」


 何故だ……? 紅桜は確かに綱の核をとらえたはず……しかし完全に倒した気がしない。


 紅桜は悪霊、妖怪、あらゆる魑魅魍魎を断つ刀だ。その斬撃をくらって倒せないはずは……


「ふはは、何故だ……と思っているな?悪霊を悪霊を断つ剣で斬ってたのに何故倒せん……と思っているな?」


 丸焦げになり、身体は真っ二つになっている綱が口を開く。


 斬られた断面から霊気が漏れだし、2つに別れた身体が引き合って融合する。


「教えてやろう。それは拙者が悪霊でもあり、人間でもあるからだ」


「なんだと……」


「逆に言えば、人間としても悪霊としても完全ではないのだよ」


 なるほど、そういう事か。紅桜は霊を断つ刀……しかし綱の霊的要素だけを斬ったところで人間的には生き延びてしまう。逆に物理的に肉体を滅ぼしても、霊的には死なない。


 初めから奇妙だとは思っていた。


 悪霊のくせに、中途半端に肉体を持っているし、自我もハッキリとしていて暴走がない。


 1000年間も生に執着することによって、生と死の中間の限りなく中途半端な者になってしまったのか。


「くそ、まさかそんなカラクリだったとは……酒呑ちゃんでも綱を殺せないのか……」


「残念だったな茨木童子! 酒呑童子とその刀があれば拙者を倒せると思ったのだろうが計算違いだ!」


 綱は霊気を鋭く尖らせて周囲に発射し、私とココノエはそれに貫かれた。運動能力の高い茨木はかろうじて回避したようだ。


「酒呑ちゃん! ココノエ!」


「ふはははははっ! もう残るはお前だけだ、茨木童子! どうだ、目の前で仲間を傷つけられる気分は?」


「綱、貴様!!」


 茨木童子の懐に飛び込む。


「こんな安い煽りに引っかかるとはな! 鬼は鬼らしく無様に死ねぃ!!」


 茨木の拳よりも、綱の爪の方が速い。


 綱はその時勝ちを確信した。


 しかし、気絶したふりをしていた私に綱の両腕は吹き飛ばされる。


「酒呑童子……意識があったか!」


 茨木の拳は綱の胸に突き刺さった。


「ぐはっ……学ばん奴らだ。いくら拙者の心臓を潰しても直ぐに再生するのだぞ……?」


「ああ、知っているよ。殺そうとしても無駄なんだよな……だから逆だ。逆にお前を


「なんだと……!?」


 拳で貫いた綱の胸の部分のただれた皮膚が凄まじいスピードで綺麗な人間の皮膚に変わっていく。


「これは!? 貴様、何をした!?」


「ぶち込んでやったんだよ、お前の体内にな!?」


「拳に何か握っていたのか、何だ、何を持っていた!?」


「『黄金の秘薬』だ」


『黄金の秘薬』……それは1000年前のあの日、茨木が社を出る時に探しに行くと言っていた薬だ。まさか本当に手に入れていたとは……


「お前は言っていたな、半分人間で半分悪霊になっていると……つまりだ、まだお前は半分は生きてるってことだよな? この秘薬は完全にしんでしまった者は生き返らせることは出来ないが、逆に少しでも生きている者なら、どんな致命傷があろうが不治の病に侵されていようが確実に健康な状態まで治せる」


「……!?」


「気づいたようだな……これを使えば半分死んで霊になったお前を元のに戻すことが出来る!」


「やめろ! そんなことをしたら霊力と不老不死を失ってしまう……!」


 綱は急に青ざめる。しかし、もう遅い。みるみるうちに綱の身体は元に戻りつつある。霊気も明らかに薄くなっているようだ。


「ありがとうよ、綱。お前がベラベラと自分の正体を喋ってくれたおかげでこの策を思いつけた」


「くそおおおっ!おのれ茨木童子っ!!」


「ここで会ったが1000年目だったな、渡辺綱。だが、これで永遠にさよならだ」


 茨木童子は綱の心臓を引き抜いて血を浴びる。

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