第35話 007

 ブラッド・ロイヤル事件の数分前、ロンドン市内。

 誰もが事件が起こるなどとは予想しなかっただろう。街は家族連れ、カップル、青年達で賑わっていた。


「アイナ~、お母さんに何渡す物はコレで良いかニャ~?」

 009ことシェラ・クリストファーは、ロンドン市内某所に居た。そこは暖炉があり、暖かな一般家庭だった。

 シェラは黒髪ショートカットの少女―――アイナに、お手製と思われる暖かそうな手袋を見せる。

「うぁ~、絶対にシェラのお母さん喜ぶよ!」

「ウフフ、ありがと~」

 シェラは嬉しそうだ。今日はシェラの母の誕生日。IRAでの潜入任務は終了し、丁度この日に帰れるようにがんばっていたのだ。

「アイナたん大好き~」

「うゎぁ!ちょっと、止めてよ!」

「ううん、止めな~い。」

 シェラはいきなりアイナに抱き着いた。これが女の友情というヤツである。

「相変わらずアイナは胸が無いねぇ~。ほれ、私が揉んで大きくしてあげようか?」

「ちょっ、、、止めなさいよ、、、ハッ、、、フウッ、、、、ハァッ、、、」

 シェラはいきなりアイナの無い胸を揉む。アイナは必至で抵抗するも、シェラは止めなかった。

「アイナは私の1番の親友なのだ!」

 シェラは笑いながらアイナを見つめる。

「フフフ、ありがとう。シェラ。」

 次はアイナがシェラに抱き着く。

「おぉ、良い子良い子。アハハハ!」

「フフフ!」

 2人はとても仲が良かった。彼女達こそが親友というヤツだった。

「そうだシェラ。IRAに行って、ケガ無かった?」

「え?あ、うん。大丈夫だった。」

「ねぇ、IRAってどんな感じだった?」

 アイナは興味深々に聞いてくる。

「んーっとね。IRAにも良い人は居たよ。しかも、私は少年兵のトコに配属されたから、私と同い年の男の子が居たよ。あ、女の子も居たな~」

「それで、シェラはそいつら全員ぶっ殺したの?」

「え?違う違う!も~、ダメだよ~。子供を殺すとか。IRAと一緒になっちゃうよ。私は最終的には、その子達が銃を捨てて、普通に生活して欲しいと思ってるから。」

「ごめんなさい、、、。」

「でも、もう手遅れなヤツが1人居たよ。そいつの名はリーパー。本名は分からないけど、不幸そうな顔してた。そいつは最近入ってきたんだけどね、最近噂の謎の組織から来たっぽい。あ、他にも仲間は2人居たけど他の女の子と男の子はベタベタだったな~。恋って良いね!やっぱり私達と一緒だった!」

「へぇ~、私まだ番号貰ってないから分からない事が多すぎる、、、。」

 しかし、シェラの声が低くなる。裏のシェラの声だ。

「それで、リーパーってヤツだけど、アイツはもうダメだったね。もう、冷酷だった。昔、何か辛い事があったんだろうけど、、、、残念だな、、、。」

「まぁ、元気出しなよ!ほら!クッキー食べる?私作ったんだけど上手く出来てるかどうか、、、。」

 アイナは少し落ち込んでいるシェラにお手製のクッキーを出した。少し温かくて、出来たてである。

「じゃ、いただこうかな~?」

 シェラはアイナのクッキーをほおばる。

「うん!うまい!」

「良かった~、ありがとう!シェラ!」

 2人は久しぶりの再会を楽しんだ。


「それじゃ、行ってくるね~」

「うん。いってらっしゃーい。」

 シェラは迎えの車に乗り、アイナに手を振った。

「あ!手袋忘れて行った!追いかけないと!!」

 アイナはシェラが玄関に手袋を忘れて行った事を思い出す。アイナは慌てて玄関の手袋を持って、シェラの乗る車を追いかけた。



「今日はお母さんの誕生日だよ。お父さん。」

 シェラは胸のペンダントを開ける。中には彼女の父親の写真が貼ってあった。

 彼女の父親は元警察官。IRAの襲撃を受けて殉職している。

 彼女がエージェントになったのは父親の事件があったからである。

 そんな彼女の乗る車の前に、VRの様な物をして、黒いマスクをした男が、何やら重そうな大きな筒を持って現れた。シェラはその男に見覚えがあった。

 

 そう、リーパーである。


 リーパーは009の乗る車にスティンガーの照準を合わせた。ロックオンをした事を示す音が『ピー!』と鳴る。

「シェラ―!!待ってー!!」

 アイナはシェラの乗る車に走ってたどり着こうとしていた。彼女の乗る車まで数メートル。後は彼女に気づいてもらうだけだった。

「あばよ。」

 リーパーはスティンガーのトリガーを引く。すると、スティンガーから対戦車ミサイルが炎を上げて発射される。

 シェラは見た。自分に向かって真っすぐ飛んでくるスティンガーミサイルの光を。

「――――お父さん、、、。」

 彼女は、その光の中に死んだ父親が見えた気がした。いや、彼女には見えた。そして、まるで父親がシェラを迎えに来たようだった。


 そして、スティンガーの激しい爆音と爆発により彼女は死んだ。

 

 

 爆風でアイナが吹き飛ばされる。

「うぅっ、、、、ハッ!シェラ、、、!!シェラぁ、、、シェラぁ、、、。」

 アイナはシェラの様子を伺わなくても分かった。彼女が死んだ事を。

 立ち上がろうとした。しかし、立ち上がれなかった。

 そして、アイナの近くにVRの様な物をした男がやって来た。男はスティンガーを捨て、こちらに歩いてきた。

 男が横を通った時、男の足をアイナは掴んだ。

「放せ。」

「な、名前を言え、、、。」

 アイナは力を振り絞って言葉を発する。

「俺は『死神リーパー』だ。早く放せ。」

「――嫌だ、、、。」

 アイナは力強く足を掴んだ。

 しかし、男はG18Cでアイナの頭を撃ち抜いて手を振り払った。

「じゃあな。」

 そう言ってアイナに背を向けた。

「ウゥッ、、、、アイツを、、、殺すっ、、、。」

 アイナは頭に銃弾を撃たれてもなお、意識をギリギリ保っていた。

 自分の懐からFN57を取り出し、這いつくばりながら男に照準を合わせてトリガーを引いた。

「ウッ!」

 見事、5.7mm弾がボディーアーマーを貫き、男の背中に命中した。

 しかし、反射的に男もアイナの頭にもう1発お見舞いし、アイナは意識を飛ばしてしまった。



 背中に1発喰らったリーパーは、プライスと共にヘリでロンドンを脱出した後にIRAのプラント内で弾を摘出した。

「まさか、弾を喰らうとはな、、、。」

 摘出してから数分後でも、リーパーは普通に歩き回っていた。

「まぁ、強化兵士だからな、、、。お前は。」

 シャドウはリーパーにそう言った。

「ザマァ見ろ。」

 バラライカは笑いながらリーパーをけなした。

「さぁ、粗方ここでの任務も終了した。帰るぞ。」

 リーパー達は帰り支度をした。


 プライスとマイケルはヴェノムにリーパー達の見送りに来ていた。

 リーパー達はヴェノムに乗り込んで帰ろうとしている所だった。

「じゃあな兄弟。また会おう。」

 プライスはリーパーはそう言った。

「あぁ、またどこかで。」

 リーパーはプライスと握手を交わした。

「本当にありがとう。僕はこの機会にIRAを辞めて普通の生活を送るよ。君達に会えて良かったよ。」

 マイケルはリーパー達にそう告げ、はにかんだ。イケメン過ぎて眩しい。眩しすぎる。

「それじゃあな。」

 リーパーはヴェノムの扉を閉めた。そして、リーパー達を乗せたヴェノムは夕焼け空の彼方に飛んで行った。



 数日後。大雨の中、009ことシェラ・クリストファーの葬儀が行われた。

 彼女の葬儀には、SIS職員やエージェントも多数参列した。彼女の母親は涙を流して、周囲の人になだめられている。

 そして、親友のアイナも参列していた。しかし、彼女は決して泣かなかった。


―――リーパー、、、。私はアイツを地獄に落とす。



 更に数日後、SISビル前。

 彼女はSISビルの前にスーツで身を包んで立っていた。もちろんSIG P229も携帯していた。

「私はアイツに復讐する為だけにここに立っている。私はもう、前の私じゃ無い。今の私は――――、」


―――007(ダブルオーセブン)、アイナ・ボンドだ。

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