2-3 訊きたいこと

[あー、もうだやダルくなったわ。さすがに動かれん!]

 試合が終わると、ライナルトはゼハゼハと息を上げながら僕と意識交換をした。それが成ると、途端にズンと身体に疲労感がのし掛かって、前触れなくガクンと膝から崩れ落ちてしまった。我ながら体力なさすぎ……。

「大丈夫か、まーしー?!」

 駆け寄ってきた声にドキ、と表情が凍る。例によって剣だ。作り笑いを押し出した僕は、顔を上げて「大丈夫」を連呼。

「あ、アハハ! この体育から僕、スポーツも頑張ろうと思って!」

「あれ? あぁ、そうだったんだ?」

「そう、今日はスポーツやるぞっていうやる気に満ち溢れて! うんっ」

「いや、体育始まる前気落ちしてたっぽかったし。あとあの動き、マジでビビったから。『まーしーあんなに動けたんだ』って」

「アハハ、思わず張りきっちゃった! 昨日誕生日だったし、その、『新たな自分』みたいな? アハハハ……」

[えらいデマカセやん。無駄にアハアハわろとるし]

 ライナルトがギャンギャンやってる間に地道に考えておいたんですぅ。あと、誤魔化すときについつい笑ってしまうのは、僕の昔からの癖なの。仕方がないの。

 剣はようやく安堵を滲ませて、「立てる?」と腕まで貸してくれようとする。驚いて、僕は思わず遠慮の首振りをした。

「疲労からの貧血かもしんねーし。ほら。今更パチッとしたってどうとも思わねーよん」

「そ、そう?」

「もっちろん。ほらほら、立てって」

 言われるままに、掌で剣にそっと触れてから力添えを戴いて立ち上がる。掌で触れると静電気が発生しにくい。

 あ、バチッとこなかった。よかった、剣に痛い思いをさせなくて済んで。剣も僕と同様に『いつもの』が無かったことに目を丸くして、そうすると更に唇をにんまりと弧に曲げる。

「雨上がりだからかぁ、今日。よかった! お陰でまーしーに触り放題だっ」

「わっ?! わはは、苦しいよ剣!」

 肩を組むようにして剣に抱きつかれる。ギュウギュウからの脇腹コチョコチョまで加わって、ゲラゲラ笑いながら身をよじってなんとか逃れた。はわわ、女の子たちから羨望や嫉妬の混ざったまなざしが向けられていやしないだろうか……。

[だぁーれも見とらんわいね! ったく、男同士でいつまでもイチャイチャしとんなま。ずぅっと見せられとるワシの身ィにもなれや]

 別にイチャイチャなんて……これが普段の僕たちなんだけど。

「そういえば、これのお陰もあるかも?」

「静電気避けの?」

 はたと気が付いて、左手首に巻いた銀色のチタンプレートに目をやる。

 それは、昨日皆本から貰った『感電避け』ブレスレット。角度によってチラチラと陽光を反射している。

「けど、いままでそういうのいくつも試したけど、どれもあんま効果無くなかった?」

「確かに。まぁ、僕もこれ初めて触ったときは一回ビリッとやってるし……」

[それ、ワシが移動するときのバチッやぜ]

 でも僕が静電気感電しなかったら、僕にのり移れなかったわけでしょ?

[ほやのぅ]

 でも確かにそういえば、これを『着けてから』は一度も静電気でビリッとやっていない。もしかしたら、皆本の優しさがわずかな乾燥から僕を護ってくれていたのではないだろうか!

[ないわー、ないない。それはないわいや]

 ということは。皆本のくれたこれを着けてさえいれば、ライナルトを僕の中に留め続けられるんじゃないだろうか?

 だって僕が静電気でバチッとやらなければ、ライナルトは外界に出たくなっても絶対に出られない。ライナルトは静電気を通して移動するから、僕さえバチバチやらなければ静電気による懸念は八割程解決なんじゃ……。

[なんやー? 急にモヤモヤ聞こえんがくなったんやけどォ?]

 それは好都合でした。聞こえないようにモヤモヤ考えているからね!

 移動先の更衣室で着替えを進めていると、次はいままで大して話もしたことがなかったクラスメイトたちに囲まれた。サッカーの件でちやほやと持ち上げられた挙げ句、『次回のこと』まで言われてしまったり。剣をかわしたときのように、現実世界でも苦笑いと共にいなしていく。

 というか、次回ってなに? 次に体育で行う競技でもよろしくなってこと?! その度にライナルトが僕の代わりに?! ムリだよ絶対、次こそ簡単にバレる!

[なんけぇ。別にワシはええよ? 身体動かすやつなら、いつでぇもマシンの代わりにやったるわいね]

 だから、遠慮しますっ。

「真志進くん、さっきすごかったね!」

 教室に戻ると今度は、皆本に声をかけられた。真っ先に目を輝かせて近寄ってきて、花の咲くような笑みを向けられる。

「あっ、あぁと。ありがとう、皆本」

 好き。この皆本はもっともかわいい。

「体調もすっかりよくなったみたいでよかった」

「う、うんっ。今日の体育から、スポーツも頑張ってこうって、朝から意気込んでて。アハハ。つ、剣みたいに立ち回れたらいいなぁーって! アハアハ」

 自身の成果ではないのに、ついつい舞い上がってしまう。しかも余計なことまでペラペラと喋ってしまった上、誤魔化しのアハアハまで添えてしまった。隠しておきたい事情を『どうにか見えないようにしなければ』の想いがてんこ盛りになっている。

「他のみんなもびっくりしてたよ。真志進くん、ほんとは『能力』隠してたんじゃないか、って」

「かっかかか隠してなんて! まさかまさか! ぼぼぼぼぼ僕っ、ずずずっと団体スポーツが苦手で! ね、ねぇ剣?!」

[どえらい動揺の仕方やな。見てられんわいや……]

「うん。まーしーは小学生ンときから、ずっと団体競技苦手だった。でも上手く考えたなぁ? 確かに、さっきのまーしーみたいにボール運んでゴールに決めるだけなら独りでも出来るもんな」

「そっか。真志進くんはそこを個人技として切り取って、きっと隠れて練習してたんだね!」

「えっ……」

「まーしーは俺のトモダチの中で一番努力家だから。大尊敬してるもん、俺」

「スゴい真志進くん! 本物の文武両道だね!」

 んおお、尋常じゃないほどピュアに褒められている。しかも、いつも僕の傍にいてくれる憧れの二人から。

[ワシの手柄や! ほんまはワシの手柄げんて!]

 ライナルトがギャイギャイと叫んでいるけれど、二人へ「も、もうその辺に……」と顔を真っ赤にして制止に入った。ライナルトのお陰なのは充分わかっているけれど、名前を冠詞にスゴいスゴいと言われると、慣れていないせいか、ものすごく照れる。

「成村くんは、相変わらずの活躍だったね」

「あー、皆本もちゃんと見てくれてた? 俺、確かになかなかナイスアシストやってたと思うんだよねぇー。実況してもらいたかった気分っ」

「フフ! 真志進くんが憧れちゃうのもわかるなぁーって思ったよ。成村くんがボール持つだけでキャーキャーすごかったもんね」

 確かに。皆本の感想に深く頷く僕。

 片や、剣は本物の実力で皆本に「すごいね」を言われている現実が、ライナルトの手柄をみずからのものと錯覚して鼻の下を伸ばす僕とは正反対に見えて、じわりじわりと僕を押し潰していた。それは背徳感というやつじゃあないだろうか。

 やがてチャイムが鳴って、集まっていた人だかりもわらわらと散っていく。

「ねぇっ、真志進くん」

「へ?」

 その散っていく人波に紛れて、皆本がツンと背伸びをして僕に耳打ちをした。

「ちょっと訊きたいことあるから、部活前に二階の渡り廊下の端で待ってて」

 ヒャア! 激近! 吐息があああ! ……って。

「訊きたいこと?」

 僕はバクバクいい始めた心臓をよそに、小さく言いなぞる。皆本はそっと口角を上げて、ひとつ首肯しゅこうした。それから、肩よりも少し長い黒茶の髪をふわりと翻して、早足で自席へ戻っていく。

 甘い吐息がかかったんだなぁ、とか。柔らかそうな白い頬が僕と数センチの距離まで近付いたんだなぁ、とか。ついついそんなことを考えながらポーッとなって、彼女を目で追ってしまう。

 というかなんだろう、『訊きたいこと』とは。やっぱりさっきの体育で僕が普段と違う動きをしたこと? それとも、ライナルトと会話をしているがためにしてしまう百面相について?

 まさか、剣に彼女や好きながいるかとか、そんな話だったりして――怖気おぞけに似た鳥肌が背筋を転がって、僕はブンブンと頭を振った。

[マシン、よ席戻らんなん。立っとるがァお前一人だけやで]

 わっ、本当だ。いけないいけない、いま考えても仕方がない。

 慌てて自席へ戻るも、皆本の『訊きたいこと』に集中や思考が全部持っていかれてしまって、四時間目の古典の授業はまさかのパッパラパーに終わった。


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