1-3 ライナルト

「し、死神……?」

 いぶかしげにした僕は、眉を寄せて顎に手をあてた。

「え? てことは、僕の命を狩りとりに来たっていう、そんな感じ……ですか?」

 まぁ訊くまでもなく、つまりはそういうことだよね。だって、誕生日に片想い相手からプレゼントを貰えるなんていうまさかの珍事、僕の命を対価にしない限りおかしいことだ。あり得ないでしょう、普通に考えて。

[なんなん? そん『あり得ない』やら『普通に考えて』やら。しかもワシが答える前に、勝手に一人でチャカチャカ結論出しよってやな]

 あ、しまった。心の声ってこの幽霊死神に筒抜けなんだった。顎の手を口元にあてがったけど時すでに遅し。不格好だけが僕に貼り付く。

[ワシがお前にとり憑いたっちゅうことが、そもそも『普通に考えてあり得へん』ことやねけ]

「……それ、自分で言うこと?」

 なぁんてツッコミをボソッと入れたけれど、その瞬間、なぜだか目の前がフッと真っ暗になった。

「うわあっ?! なっ、なっ、ぬわっ?!」

「ぶゎっハハハ、いいじいいじィ! たっくさんびっくりしとられ。仕返しやわ」

 慌てふためく僕。それをよそに、無遠慮に響く高笑い。アワアワと周りをぐるぐる見回して一秒でも早く状況把握をしようと思っていたら、目の前にボウ、と背の高い男の人が現れ出でた。


 彼は蒼白い肌色の、明らかに東洋人ではない顔立ちをしている。高くなめらかな鼻筋や頬骨の凹凸具合からしても、全体的に彫りが深くて素直に羨ましい。かなり格好いい容姿だ。しかも若い、二〇代だろうか。

 頭髪は、まるで金の延べ棒のようなあの濃い金色。左目目尻の傍に細い三つ編みを一本、顎まで垂れ下げている。奥まった双眸そうぼうは色味からしてまるで孔雀石マラカイトのように美しい。

 けれど、その身に纏っているのは足先まで隠れた真っ黒くて長いローブのみ。前髪だけが見える程度まで被ったフードと顎下まで隠した首周りのお陰で、頭部……というよりも顔面だけが浮いているように見える。


「よぉ。お前が宿主けェ」

 ユラァ、ユラァと近付いてくる彼。歩行に合わせて三つ編みが揺れる。どう考えても、彼が僕にとり憑いた死神幽霊だ。

「てことは、あなたが死神幽霊、さん?」

「死神じゃい。ほんで、ワシの名前はライナルト」

「ラ、ライナルト、さん」

「『さん』やめぇ。いらんがいらんが。ライナルトでよろしィく」

 イントネーションが『し』にかかっている。クセのあるこのカンサイベン? がようやく耳に慣れてきた。

「えと、じゃあ、ライナルト」

「ん、そーや。ヒトの言うことは素直ォに聞いとくんが、生きてくなかで何よりやわいね」

 髪の金色が時折チラチラと僕の目にまばゆくその輝きを返してくる。なんだかそれが、名前ととても似合っていると思えた。ていうかどこが光っているわけでもないのにどうして反射が? 光源はどこだろう。

「で、お前の名前は?」

「え」

「不便やし不公平フコーヘーやろがい。お前も教えとけ言うとんが」

 真っ黒のローブをモサモサといわせて腕組みをしたライナルト。その細められた孔雀石マラカイトに射竦められて、僕の背筋がピシィと伸びる。

「真志進。神田真志進、です。今日で一八歳に、なりました」

「ほーん? マシン。機械maschineみたいでイカしとんやねけ」

 ん? maschineマシネって響きから察するに……。

「えっと、ライナルトはもしかして、ドイツ語圏の人?」

「ヒュー! ほんに察しいいじ! ほーやよ。Österreich出身や」

「ウーストライヒ……あ、オーストリアか」

「そそそ。あー、たったとてもスムーズやんなぁ! こういう相手ほんっまに久々やわ」

 なんだか僕の理解度に対して相当気分を良くしたらしい。ライナルトは声をどんどん弾ませた。

「あの」

「んー? なんぞいね」

「ここ、どこですか? 急に真っ暗になったと思ったら、こんなとこにあなたと二人、だし」

 もしかして、もう僕は命を狩りとられてしまったんだろうか。こんな妙ちきりんな会話の最中に。

 おずおずと訊ねる僕を目の端に寄せて「あー」と反応したライナルトは、なんかその辺りにテキトーに腰を下ろした。本当に文字どおりのテキトー加減で。

「お前の精神世界やよ、マシン」

「せぇっ、精神世界?」

「お前が普段頭とか心に思い浮かべたことは、ここン中で響いとんがや。わかるか?」

「なん、なんとなく」

 つまりはこの真っ暗闇が、僕の思考の中だってことかなぁ。とり憑いたライナルトは、それが逐一『聴こえて』しまっているから、都度ツッコミを入れたり小言を挟んでくるんだろうか。

 僕は顎に右手をあてて、きゅんと眉を寄せる。

「てことは、いま僕とライナルトは、僕の精神のなかで会話してる……ってことですか?」

「そゆこっちゃな」

「てことは、僕はまだ死んでない、と?」

「なんの話がけェ」

「『とり憑く』って背中とかに乗っかるイメージだったけど、オーストリアは違うんですね?」

「さーなァ。よう知らんがやけど」

 あ、噂の『知らんけど』だ! 生で聴いても……うぅん、特段なんだってことはないか。

「で、ええと。オーストリア出身の死神であるライナルトは、どうして僕にとり憑いたんですか」

「それやァ!」

 うっ、耳キィーンてなるほどの大声が。

「そもそも、なんでお前なん!」

 咄嗟に閉じた目を開ければ、立ち呆けていた僕の目の前にライナルトの端正な顔が。……っていうか近っ?! 思わず背を逸らす。

「袋開けたんがなんでお前なん? これ買うたネーちゃんどこ行ったん? ワシ、お前にとり憑くん猛烈に不本意なんがいちゃ!」

「ぼ、僕だって、あなたじゃなくたって、その、とり憑かれること事態が不本意だし。そもそもいつとり憑いたんですか」

「さっきバチィッてやっとったやろ、そのそんブレスレットで」

 ちょっとだけ離れたライナルトに指される下方。指した方向を辿れば、僕の左手首があって。

 ていうか僕、ここでも実体があるんだ。実体っていうよりもイメージなのかもしれないけれど、見下ろせば手首があるし、その先には足先も見えている。どうやらここでも人のかたちは保っているみたいだなぁ。僕がライナルトを人として見えているみたいに、ライナルトにも僕本来の姿で映っているのかもしれない。

「……って、静電気のこと?」

「そそそ、静電気セーデンキ。そんとき」

「ちょ、ちょっと待ってくださいっ。あなたは静電気を通して僕にとり憑いたってこと、なんですか?」

「オホーッ! マシンお前、マジで呑み込み早いんやなァ。頭いいじ、オリコーさんは生きてくなかで超お得やぜ」

 なんだろう、褒められているらしいけど全然嬉しさが身にも耳にも入ってこない。

「あんな。ワシ、静電気セーデンキで移動できる死神なん」

「静電気で、移動できる?」

 僕がなぞると、彼は「そ」と軽く肯定した。

「物から人、人から物、もちろん人から人にも移動できるんやぜェ? やで、元のとり憑き先からこのこんブレスレットに移動して、これ買うたネーちゃんの精神に入ったろ思た、ってわけながいちゃ」

「これ買ったネーちゃんて……」

 十中八九、皆本のことじゃあないか。つまりはライナルトって――。粟立つ背筋に表情が凍る。

「もしかしてライナルトは、本当はそのの命、狩りとりに来たんですか?」


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