第3話「理由」

「安心しなさい。いくら神であるとはいえ、今は人の身体を借りている身です。力を集中させない限り、あなたに触れても傷はつきません」

 指が離れてすぐにハルの肉体は修復を始める。軍隊との争いで傷ついた部分はすでに六割ほど回復していた。それだけの時間、眠っていたのだろう。

「今、人の身体を借りてるって言ったが……それはどういうことだ」

「簡単なことです、神降ろしですよ。神主などが依り代や自身の肉体そのものに神を宿すことですが、わたしは無理やりに近いでしょうか」

「カミサマとしてどうなんだそれは」

「仕方のないことです。わたしにはやらなければいけないことがあるのですから」

 神の御都合主義で精神を眠らされている依り代の少女がかわいそうだが、その言葉は飲み込んだ。同時に、だから見た目の割に威圧的なのだと気づく。正直見た目と口調が全く合っておらず、違和感しかない。そのなんとも言えない感覚は一度隅に投げ捨てて、ハルは話の続きに専念した。

「妖怪の敵の象徴であるアマテラスが現世に降りてきてやることなんて、一つしか心当たりがないな。これが正解だったら、今舌を噛み切って死ぬ方が楽かもしれないが」

「あなたが想像した通りです。千年に一度の現世の浄化……『アマテラスの妖怪狩り』とまあ、不躾な名前で呼ばれているようですが」

「あぁ、めんどくさいことになってきたぞ」

 思わず天を仰ぐが天井しか視界には映らない。アマテラスの妖怪狩りは長い絵巻物になって伝えられている。ハルの記憶だと確か、神職者へのお告げから祠へ妖怪のボスを封じるまでの話が長々と書かれていたはずだ。これは妖怪であるハルの目の前でするべき話だろうか?

「とりあえず妖怪狩りの話はいいんだ、私の母さんを捜してる理由について話してほしい」

「わたしが今借りているこの肉体の持ち主は天明ひかり、あなたの義母ははであったあかりの娘です。あなたは天明伝絵巻物を読んだことはありますか」

 その話はいいと言ったばかりなのに、とハルは怪訝な顔つきになりながら首を振る。あかりから話で聞いたことはあったが、本物を読んだことはないのだ。

「天明伝絵巻物では最後が、妖怪の首領である『死屍子ししご』を封じる場面になってるんです。そこに描かれているのは天照大御神ことわたし、死屍子、そして眷属となる巫女です」

「それと母さんに何の関係が?」

「あかりとひかりを含めた天明一族は巫王卑弥呼の遠い子孫……つまり力ある司祭者なのです。死屍子を封じるには強い巫女の存在が不可欠。しかしひかりは圧倒的にその力に欠けているわけです」

「なるほど。要は子供じゃ力不足なんだな」

 頷いたアマテラスはハルの目をまっすぐに見据えた。

「あかりは八年ほど前に突然、姿を消しました。十歳だったひかりを一族に預けて……。わたしには姿をくらました彼女の気持ちが分からない」

「……私は分かる気がするな」

 じゃら、と首輪の鎖が肩の辺りを流れ落ちた。不自由な四肢を軽く引っ張ってみせてからアマテラスを見つめ返す。

「あなたと暮らしていた頃のあかりを、教えていただけますか」

「ああ、いいよ」

 首輪が音を立てて床へ跳ねた。

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