学校一の美少女と遊園地その三

「な、七倉君。ちゃんと隣にいますか?」


「いるよ。手を繋いでるんだから分かるだろ……」


 場所は先程のジェットコースターと打って変わって、暗闇で覆われた建物内。


 微かな灯りで辛うじて足元と数メートル先が見える程度だ。周囲には墓石らしきものが散乱していることもあり、不気味な雰囲気を醸し出している。


 ……ここまで情報が揃えば大半の奴が分かると思うが、俺たちが現在いる場所はお化け屋敷だ。


 ジェットコースターを離れた後、俺たちはアテもなく遊園地内を散策していたが、その最中に倉敷さんがお化け屋敷に目を付けてそのまま入ることになった。


 さっきのジェットコースターの件もあったので、一応お化け屋敷がどんな場所かは事前に説明したが、それでも彼女は「問題ありません」と答えた。


 だから、その言葉を信じてお化け屋敷に入ったのだが、


「七倉君。絶対に手を離さないでくださいね! こんな暗いところで迷子になったら大変ですから!」


 暗闇の中、倉敷さんは俺にベッタリとくっつきながら恐る恐るといった感じで歩いている。


 最早手を繋ぐなんて生易しいレベルではなく、ほとんど俺の左半身に抱き付いているような状態だ。


 おかげで倉敷さんの柔らかくて素晴らしい双丘が当たって内心パニック状態だが、ここで騒いで今の倉敷さんを変に刺激したくないので、あえて何も言わない。


 ……別に倉敷さんの双丘をもう少し堪能したいとか、そんな下心はない。断じてない。


 それにしても普段はしっかり者の倉敷さんが怯えてる姿は、本人にはとても言えないが何というか……ちょっと可愛い。これが所謂ギャップ萌えというやつか。


「な、七倉君? いきなり静かになってしまいましたが、ちゃんといますよね? いるなら返事をしてください」


「はいはい、いるよ。さっきも言ったけど、手を繋いでるんだから俺がいることぐらい分かるだろ? 少しは落ち着けよ」


「私は落ち着いています。七倉君が隣にいるかを確認したのは、知らない内にお化けと入れ替わっているんじゃないか不安だったからですよ」


「アホか……」


 倉敷さん、恐怖のあまり頭がパーになっちまったのか? これは、さっさとお化け屋敷を出た方がいいかもしれないな。


「倉敷さん、怖いなら目を閉じたらどうだ? その間は俺が手を引いて出口まで連れていってやるからさ」


「絶対に嫌です! 目を閉じたらもっと怖いじゃないですか! ……ま、まあ私は別に怖くなんてありませんけど?」


「面倒臭……」


 ここまで怖いことを頑なに認めないとは……もういっそ天晴れと誉めるべきか?


 しかし倉敷さんは意外と頑固なんだな。共同生活を始めて結構経つが、全然知らなかった。


「な、七倉君七倉君! 今、目の前を変な光が横切りませんでしたか!?」


「変な光? ……気のせいだろ」


「いいえ気のせいなんかじゃありません! 今絶対、青白い光が目の前を――」


『グオオオオオオオオ!』


 倉敷さんの言葉を遮り、頭を血のような赤で染めたお化け役が雄叫びを上げながら突如眼前に現れた。


 怖いのが別に苦手でない俺も、流石にこうもいきなり現れたら驚いてしまう。一瞬だが、変な声を上げそうになった。


 しかし倉敷さんの反応は俺以上のもので、


「きゃああああああああああああああああ!」


 お化け役の雄叫びに勝るとも劣らない、耳を両手で覆いたくなるほどの声量の悲鳴。まあ右腕は折れてるし、左腕は倉敷さんに掴まれてるから無理だけど。、


 倉敷さんみたいな華奢な女の子のいったいどこから、こんなバカデカい声が出るのか疑問に思うレベル声量だ。


 ここまでの反応が返ってくるなら、お化け屋敷側も脅かし甲斐があるだろうな。俺も正直、今の倉敷さんの反応は見ていて面白いと感じているし。


『グオオオオオオオオ!』


「きゃああああああああああああああああ!」


 再度上がる悲鳴。同時に、倉敷さんの俺を抱き締める力も強くなった。


 あまりの力強さに、指が俺の身体に食い込んでかなり痛いが今の問題はそこではない。


 今問題なのは、いったいどうしてそうなったのかは皆目見当がつかないが、倉敷さんが俺の左腕に関節技をキメていることだ。


 ミシミシと不快な音が耳に届く。


 このままだと、俺は明日から両腕が使えない生活を送る羽目になってしまう。それだけは絶対に阻止したい。


「倉敷さん、一旦俺から離れてくれ! か、関節が……ッ!」


「聞こえません聞こえません! 私は何も聞こえません!」


 倉敷さんはブルブルとまるで生まれたての小鹿のように震えながら、とんでもない速度で頭を左右に振る。


 先程のお化け役の雄叫びが余程怖かったのだろう。俺の言葉は明らかに届いてない。


 とはいえこのまま放置してしまえば、俺の左腕が曲がってはいけない方向に曲がってしまうのも時間の問題。何とかして俺の話に耳を傾けてもらわなければ!


「い、一旦落ち着け、倉敷さん。ゆっくり深呼吸をするんだ。お化けなんていないんだ。全部作りものだから……な?」


 痛みに耐えながら、極めて優しい声音でゆっくりと言い聞かせる。


 すると倉敷さんは、瞳を潤ませながら上目遣いで俺の顔を覗き込んできた。


 涙目の美少女って、どうしてこんなに可愛いんだ? 見てるだけでメチャクチャドキドキするぞ。


「……本当ですか? 本当にお化けはいないんですか?」


「本当本当。全部作りものだから、そんなに怖がる必要はないんだぞ」


「作りもの……」


 未だに俺たちの前で凶悪な顔を晒しているお化け役を、倉敷さんは穴があくほどジっと見つめる。


 まさか客にガン見されるとは思っていなかったのだろう。お化け役の人がたじろぐ。


「……そうですね。お化けなんているわけありませんもんね!」


 どうやら調子を取り戻したようだ。俺の左腕にかかっていた力もしなくなっている。ついでに柔らかな双丘の感触も。


 良かった。これで俺の左腕があらぬ方向に曲がり、両腕が使えない生活を送る羽目になるのは避けられた。


「どうしたんですか七倉君? 早く行きましょう?」


「はいはい。分かったよ」


 さっきまではこれでもかというぐらいビビってたくせに、えらい変わり身の早さだな。


 腕をグイグイ引っ張って催促する倉敷さんに嘆息しながらも、彼女に引かれる形で歩き出す。


「ふふん。お化け屋敷なんてもう全然怖くありません」


 余裕の表情でお化け役の人の横を通りすぎながら、そんなことを言う倉敷さん。


 さっきまではあんなにギャーギャー喚き散らしていたくせに、よくそこまで自信満々に言えるものだな。


「ならもう少し離れて歩かないか? 流石にこんなにくっついてたら暑いし」


「そ、それは……ここは暗くて危ないからダメです。七倉君、絶対に手を離さないでくださいね」


「はいはい」


 あれだけ強気なことを言ってたくせに、まだ怖いらしい。


 ――その後もゴールまで様々な仕掛けが俺たちを襲ったりしたが、倉敷さんはご丁寧なことにその全てに悲鳴を上げてみせた。


 そしてお化け屋敷を出る頃には、見事なまでに憔悴しきっているのだった。

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