第16話 似た者どうし

 学校を出た俺と南雲なぐもは、駅前にあるスーパーへと向かい、住宅街を歩いていた。


「しっかし桂木かつらぎもいいご身分だよねえ」

「なんの話だ」


 おもむろに心当たりのないことを言われて俺が尋ねると、南雲は悪戯っぽく笑った。


「あんなにかわいい魔法少女ちゃんと常に一緒にいるし。たまに別行動してると思ったら、他の女を連れ歩いてるし」


 囃し立てるように言いながら、南雲は俺を肘で二度三度と小突いてくる。

 密着するほど近く、無防備な距離感。

 シャンプーか何かの、ふわりとした質感の髪から仄かに漂う甘い匂いが、はっきりと鼻に伝わってくる。

 ライラックが押しかけてきて以来、女子と接する機会が増えたとはいえ、まだまだ耐性の低い俺には刺激が強い。

 だが何にせよ……南雲はただ馴々しいだけで、他意はないんだろう。


「……いや、そっちが勝手についてきたんだろ。なんだその悪意のある言い回しは」

「あー、そだっけー?」


 要らぬことに頭を悩ませながら言う俺に、南雲は大袈裟にとぼけてみせる。


「けどさ、実際どうなん? 思春期真っ盛りの男子としては、美少女と国公認の恋人どうしにされたんだから、願ったり叶ったりな状況って感じじゃないん?」

「……別に、そう単純なものでもないけどな」


 興味本位といった様子の南雲の問いに、俺はため息混じりに答える。


「なるほど。手放しでは喜べないけど、拒むほどでもない、と。ははーん、複雑だねえ」

「ったく……第一、勝手にパートナーにされたからって、自動的に恋人になるわけじゃないからな」

「ああ、当人たちの気持ち次第って感じ? それはそうかもだけど……」


 俺の説明に、面白がっていた南雲は納得した様子を見せるが。


「ぶっちゃけその点も問題なさそうじゃん? 桂木と魔法少女ちゃんって、学校でも構わずイチャついてるイメージだし」

「……そんな風に見られてたのかよ」


 最近ではライラックも学校ではあまり派手な行動を起こさなくなっているし、弁当を食べる時も他人の視線がない場所を選んでいるのだが……。

 やはり転校初日の印象が強烈だったんだろうか。

 目立たずひっそりとぼっちとして高校生活を送りたいという俺の願いは、最早叶うことがない段階まで来ている気がする。


「なんにせよ、二人は相性バッチリなんでしょ?」


 自分の現状に頭の痛い思いをしていると、南雲が何気なく問いかけてきた。

 俺は立ち止まり、少し考える。


「どうだろうな。まだまだ遠く及ばない、というか……」

「というか?」


 南雲は同じく立ち止まり、続きを促してくる。


「あー……いや、なんでもない」

「いや、絶対なんかあったっしょ今」


 途中まで出かかっていた言葉を濁した俺に、南雲は不満げな視線をぶつけてくる。


「……別に」


 俺は南雲の追及から逃れるように、明後日の方向を見た。

 ――俺があいつに釣り合っているように思えない。

 そう、言おうとした。

 それは俺の本心だし、恐らくは事実で、第三者が見てもそう思うはずだ。

 しかし、ライラックは多分、そうは考えていない。

 だったら、俺がそれを口にしてはいけないような気がしたのだ。

 言ったら負けだと思ったのだ。

 だとしたら、俺は――。      


「よく分からんけど、やっぱり複雑だねえ」


 俺の正面に回り込みながら、南雲はそう言ってにやりと笑った。

 覗き込んでくる顔の距離が、近い。


「あー……どうやらそうらしい」


 俺は思考を打ち切ると、一歩後ろに下がってから、力なく笑う。


「ははは」


 南雲は一つ頷いてから、再び歩き出した。

 俺もその後に続く。

 しばらく歩き、周囲の街並みが賑やかになってきた辺りで、南雲がまた話しかけてきた。


「何にせよ、さ。今の桂木と魔法少女ちゃんは、とりあえず恋人どうしじゃないわけだ」

「ああ」

「じゃ、さ」


 一歩先を行っていた南雲は振り返ると。


「あたしと付き合うってのはどう?」


 何気なく、他愛のない話をするような調子で、そう告げてきた。


「は……?」


 呆けた声を漏らしながら、俺は硬直した。

 ……今、こいつはなんと言った。

 付き合うって、それはつまり。

 まさか、今までの馴々しい距離感にも、意味が――。


「なーんて、ね。冗談冗談」

「あー……」


 俺の困惑を楽しむかのような、南雲の表情。

 どうやら、一本取られたらしい。


「ははは。もしかして、結構真剣に考えてくれた感じ?」

「……タチが悪すぎるだろ」

「桂木ってぼっちだしねー。『女子から告白される』なんて慣れない状況に直面したら、動揺もするか」

「分かってるなら、やらないでくれ」

「分かってるから、楽しいんじゃん?」


 軽く抗議をしてみたが、南雲は肩を竦めながらそんな言葉を返してきた。

 その後で、真面目な顔を作ると。


「ま、ちょっとは悪いと思ってるけどさ? 一回してみたかったんだよねえ、告白とか」

「……なんだそれ」


 しみじみと言う南雲に、俺は懐疑的な目を向ける。


「なんつーかさ。憧れみたいなのを持ってたわけよ、普通の高校生が過ごす日常ってやつに」


 ノリで告白とかするのが普通の高校生とやらの日常なのか、という話は置いておくとして。


「自分が普通じゃない、みたいな言い方だな」


 少し照れ臭そうにしながら胸中を語る南雲だが、微妙に引っかかる。


「あ、それは……さ」


 俺の言葉に、南雲は少し焦ったような反応を見せてから。


「ほら、あたしってぼっちだし?」

「ぼっちねえ……」


 ぬけぬけと自称する南雲だが、それもおかしな話だと思う。

 確かに先程、学校でクラスメイトに話しかけられた際に全く相手にしていなかったのは事実だ。

 しかし今の様子を見ていると、その気になればコミュニケーションを取れるような気がしないでもない。    


「今、『俺には馴れ馴れしく接してくるくせに何がぼっちだ』とか思ったっしょ」

「あー……まあ、今に始まったことじゃないけどな。疑問には思ってた」

「じゃ、その疑問にお答えすると、だ。さっき見てた通り、あたしって誰とでも気安く話せるって感じじゃないんだ」


 そう言われても、明るく垢抜けた雰囲気の外見と馴れ馴れしい態度で接してくる南雲を目の当たりにしては、やはり腑に落ちない。

 できるできないではなく、やるやらないの問題であるように思える。

 しかし、本人が言うのだから前者なんだろう。わざわざこんな嘘を吐く理由もなさそうだし。


「けど……『普通の高校生が過ごす日常』ってのに憧れてるなら、とりあえず話しかけてみればいいだろ」

「そうなんだけどさ。憧れがあっても、実際に自分がその輪に入れることは絶対ないっていうかさ」


 南雲は俺の意見に頷きつつも、はっきりと否定する。


「あー……つまり?」

「あたしは、周りと決定的に違う部分がある……って感じ?」

「……なんだそれ、中二病か?」

「ははは、眼帯つけてる桂木が言うと説得力が違うねえ」


 よく分からないからツッコミを入れてみたら、笑い飛ばされた。

 ちなみに俺は中二病ではない。


「ま、単純に気が合わない……みたいなものだと思ってくれればいいんじゃない?」

「なるほど、な」


 俺は相槌を打ちつつも、しかし、と思う。

 『みたいなもの』という表現は、単純に気が合わない以上の理由がある、と言っているように聞こえてならない。

 が、ここで本人が言葉を濁している以上、聞いたところで答えが得られる見込みは薄い。

 だから俺は、別の言葉を選んだ。


「つまり俺は、気が合うと思われたってことか」

「ま、そういうこと。どっちかって言うと、似た者どうしな気がしたって言った方が正しいけど」


 頷きながらも、南雲は微妙に言い回しを訂正してくる。


「似た者同士、か……」


 つい最近、別の少女から聞いた表現だ。

 その時は、『どこが似ているんだ』と思った。今回もまた、同じ感想を抱いた。

 確かに俺と南雲の間には、ぼっちという共通点はある。

 しかし、それ以外の部分は色々と異なっている気がする。

 俺の場合、誰かに告白してみたいなんて思ったことはないし。


「なんにせよ、桂木はあたしのお気に入りってわけ」


 未だに納得していない様子を見て取ったのか、南雲は得意げな顔を作ってそう結論付けた。


「それはなんというか……趣味が悪いな」

「ははは。安心して。いくら気に入ったからって、他人の男を奪う趣味はないから」


 南雲は笑いながらそんな宣言をすると、また歩き出す。

 俺が言いたいのはそういうことじゃないんだが、それはそれとして。


「……だったらどうして、告白なんてしてきたんだよ」


 誰にも聞かれない程度の声で、俺は愚痴めいた呟きを漏らした。

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