第12話 あと一歩

「前々から聞いてみたかったのだけれど……リラって結局、桂木かつらぎくんとは普段どんな関係なの? 傍から見ているとどうも、魔女になるために必要なただのパートナー……以上な気がしてならないと言うか」


 久しぶりにセルティリアと顔を合わせ、色々と話を聞かされてから一週間後。

 午前中の授業が終わり、昼休みに入って間もない2年B組の教室にて。

 クラス委員長である朝桐あさぎり柚希ゆずきが、ライラックに向けて問いを投げかけた。


「どんな関係って……うーんとそれは、話せば長いって言うか……」


 対するライラックはだらしなく頬を緩ませながら、答えになっていない返事を口にする。

 当初、人目を憚はばからない言動のせいで周りから近寄りがたい存在と認識されていたライラックだったが。やはり魔法少女で美少女となれば興味を惹かれて仕方が無かったのだろう。

 程なくして、我慢出来なくなったクラスメイトたちが堰を切ったようにライラックの下へと話しかけにいった。

 そうなれば、誰とでも仲良くなれそうな人柄をしたライラックが転校初日の遅れを取り戻すのに時間は掛からず。

 近頃ではあの通り、友人も出来た様子だ。

 現在、特に親しいと思しき女子生徒二人と、最前列にある席の周りに集まって談笑を繰り広げている。

 窓際一番後ろの席で背もたれに寄りかかりながらだらしなく座る俺が、自分の名前が槍玉に挙げられたからと、その姦しい光景を遠巻きに何となく眺めていると。

 曖昧な反応を示すライラックを、友人たちがからかい始めた。


「ここ数日のリラ……授業中ずっと桂木くんのこと見てる」

「えっ、そ、そんなことないと思うよ……!?」


 二人の女子の内一人でライラックの隣に立っている方、大人しそうでぼんやりとした雰囲気の女子……確か御母衣みほろ壱花いちかが、聞いていて眠くなるような調子の声色でそんな指摘をする。

 ライラックは慌てて首を横に振るが、どう見たって取り繕えていない。

 すると二人の内のもう一人、座席に座っている委員長が、更なる追撃をする。


「あら、そうなの。パートナーって他人が勝手に決められるものだと思ってたけど、リラと桂木くんって実は相性が良かったりするのかしら?」

「そ、そうなのかな……?」


 悪戯っぽく笑いながら放たれた委員長の言葉に、今度は満更でもなさそうにはにかむライラック。

 その反応を前にして、委員長と御母衣は「ははは」と乾いた笑い声をあげる。

 が、直後、訝しげな顔をした御母衣が「と言うか」と声をあげて話を切り出した。


「そもそも……彼ってどんな人? 変わった眼帯着けてて寡黙、ってイメージはあるけど……わたし、同じクラスなのに一度も話したことない」

「私は委員長って立場上、たまに事務的な連絡事項を伝える程度のやり取りはするけれど……確かに、誰か友達と一緒にいる場面とかは見た覚えがないわね」


 ……話の流れが段々と、俺にとって都合の悪い方向に転んでいる気がする。

 嫌な予感を感じ取った俺は、まだ会話に耳を傾けながらも、席を立った。


「うん、いつもクラスの片隅でひとり……少なくとも、リラが転校してくる前までは」

「となると二人の関係もだけれど、その前にまず謎に包まれた彼の人となりについて、教えてもらおうかしら?」


 すっかり興味津々といった調子の、委員長と御母衣。


「えっと、葉月くんはねー……」 


 対するライラックが、すっかり乗り気な調子の声で語り始めようとしている辺りで、俺はひっそりと教室を出た。




 さて。

 改めて、あれから一週間の時が流れたわけだが。

 花嫁修業については特にこれと言った進展はなく、ただただ日常が過ぎている……というのが現状だ。

 しかしまあ……ライラックと共に過ごす生活に対して、徐々に慣れつつある俺がいるのも、また事実だったりする。

 同居するに際してまず、家事を分担しようという話になった。

 そこで最も得意であり趣味でもあると称する料理をライラックに任せ。

 それ以外を、俺が請け負うことになっている。

 一人分が二人分になると多少勝手は変わったが、正直この家は一人で住むには広過ぎた。

 だから、ちょうどいいと言えばちょうどよかったのかもしれない。

 しかし家にいる間、未だ俺が魔法少女フェチだと信じて止まないライラックが、ちょくちょく魔法少女ものエロゲーのイベントに準なぞらえた絡みをしてきては勝手に恥ずかしがって自爆する、なんて行為を日常的に繰り返しているのは勘弁してほしい。

 花嫁修業の一環として親密度を上げるのが目的なんだろうけど、それで左腕のデバイスに表示された数値が変化したことは今のところ一度もないし。

 そろそろ他の方法を模索してほしいものだ。

 一方で、学校でのライラックはさっきのようにすっかりクラスに馴染んでおり、友人たちと行動を共にする時間が増えてきた。

 おかげで、始業から終業まで俺にひっ付いて回るようなことは無くなっている。

 相変わらずぼっちであり、ライラックの隣にいることによって衆人環視の中で変な注目を浴びたくない俺としては、割とありがたい。

 ただ、ライラックにも何か譲れないものがあるらしく。

 昼食だけは二人で食べることになっている。

 まあ流石に教室であーんとかされたら堪ったものではないので、場所を移してはいるけど。


 そんなこんなで近況を何となく思い返しながらひたすら廊下を歩いた末に、俺は目的地に到着した。

 部室棟の屋上へと続く階段を上がった先にある小部屋。

 かつては天文部の部室だったものの、今は廃部となり物置代わりに使用されているとかいうそこで、俺たちは待ち合わせをしている。

 ちなみに教室を出るタイミングは、今日に限らずいつも別々だ。

 先に到着した俺は壁に立てかけられたパイプ椅子を二脚広げ、その内の片方に座る。

 昼休みで賑わう学校において、その騒がしさとはどこか隔絶された隠れ家のような静寂に包まれたここは、俺みたいなぼっちが無駄に長い休み時間をやり過ごすには、うってつけの場所だ。

 埃っぽいのが玉にきずだが、その辺は窓を開けていれば何とかなるし。


 五分ほど遅れて、ランチバッグ片手にライラックがやってきた。

 空いている方の椅子に座りながら、申し訳なさそうに舌を出してくる。


「ごめんね、友達と話してたら遅くなっちゃった」

「別にいいぞ。と言うか、何ならそいつらと食えばいいと思う」

「えー……でもここで葉月くんと一緒にご飯食べるのって、なんだかわくわくして楽しいんだけどなあ」

「わくわくって……どの辺りが」

「ほら、ここって人目に付かないし、おまけに密室でしょ? そんな場所で二人きり……まさに愛の巣だね!」

「いかがわしい表現はやめろ、飯食ってるだけだろ」

「むー、そんなこと言うとお弁当抜きにするよ?」

「それは困る」

「ふふっ、そっかそっかー」


 ライラックは、何やらにやにやし始める。


「……どうした」

「葉月くん、食べれないと困るくらい私の作るごはんが好きなんだなーって思うと、つい」


 えへへ、と無邪気に笑うライラック。


「いや、そこまでは言ってないだろ」

「じゃあ、いらないんだ」

「……いや、いる」


 自分で言っていて、情けない。我ながら見事な餌付けされっぷりだ。


「それじゃあ……はいっ、どうぞ」 


 得意そうな顔をするライラック。

 ランチバッグから弁当箱を取り出して、手渡してくる。

 空腹の限界だった俺は、弁当箱を受け取るや否や蓋を開け、箸を掴む。


「いただきます、っと」


 短く手を合わせから、弁当をがつがつと食べ始める俺。

 自分の弁当を取り出そうとしていたライラックが手を止め、急に顔を上げた。


「……って葉月くん、私たちこんな調子でいいのかな!? これじゃあただ普通に和やかな日常を送ってるだけだよ! 一応ラブコメっぽい日常ではあるし、親密度を上げようと色々試したりもしたけど、まだたったの1も上がってないし!」


 腕に装着したデバイスを指さしながらいきなり慌ただしくなるライラック。

 対する俺は、「まあ、そうだな」と冷静に頷く。


「色々変な風に揶揄されがちな花嫁修業ではあるが……『それっぽいこと』を真似てるだけじゃ駄目ってことだろ」 

「うーん、現実はゲームみたいに単純じゃないってことなのかなあ……」


 そんな当たり前のことを呟きながら、悩ましそうにするライラック。

 俺からしたらそこまで気にするような話ではないが、多少恥ずかしい思いをするのだって辞さない程度には早く魔女になりたいらしいライラックにとって、一週間もまるで進展がないというのは由々しき事態なんだろう。


「いや、むしろ勉強不足なのかも? だとしたら、もっとやり込んで……」

「この前も言ったが、ライラックはエロゲーに毒され過ぎだ。現実と向き合え現実と」


 考え込む中、ライラック明らかに的外れなことを呟く。

 俺がすかさず突っ込みを入れると、ライラックは不満げな声を漏らした。


「えー、だってゲームの女の子かわいいよ?」

「だからって、あのアホ義姉が家中に仕込んでおいた品々を手当たり次第漁って夜中に自室でプレイするのはやめろ」

「ど、どうして葉月くんがそれを知ってるのさ!?」

「スピーカーからいつも馬鹿デカい音声をダダ漏れにしてたら誰でも気づくだろ。最初に聞いた時は、ご近所さんなんてものが存在しない山の上に家が建ってることに心から感謝したぞ」


 俺は口元を歪めて言いながら、こいつの方がよっぽどエロゲー好きの魔法少女フェチじゃないか、と心の中だけで呟く。

 するとライラックが子供のように仏頂面を浮かべていたので、俺は一応フォローを入れておくことにした。


「第一、あのめんどくさいアホは、近道とか裏技なんてない……って念押しした上で課題を言い渡してきたわけだろ?」

「……『お互いをよく知るべし!』だっけ」

「ああ。よく分からないけどそれって、多分ゲームの真似することではないだろ」

「むむむ……」


 何やら、しかめっ面で唸るライラック。

 釣られて俺も、その微妙に漠然とした課題について考える。


 ――お互いを知るとは、それ即ち相手だけでなく自分のことを知ることでもある。


 少なくとも、セルティリアはそう言っていた。

 では、その自分のこと。

 突如として起きた左目の発光現象について、何か手掛かりを掴むことを自分の中での大義名分に設定していた俺だったが。

 思えば未だに、何一つとして分かっていない。

 一週間、こうしてライラックと共に日常を送っていたものの、初めて会った時と同じような現象が発生することは一度もなかったし。

 正直かなり、無為に過ごしていた気がする。

 二人して黙り込んでいると、やがてライラックが「あ、そうだ」などと口にしながら、ぽんと手を打ち鳴らした。


「私は最近、葉月くんのこと色々と分かってきたよ?」


 ふと思い出したように、そんな話題を切り出すライラック。

 俺はそこはかとなく不安を覚えながらも、それに応じる。


「色々って、具体的には」

「んー、葉月くんはねー……一人暮らししてたおかげか家庭的で、意外と甘いものが好物だったりして、別に夜更かししてるわけでもなさそうなのに起きるのが遅かったりするかなあ。あとはけっこう幅広いジャンルのゲームが好きで、何だかんだ言いながらお義姉さまが用意したような類のもやり込んでたりするし……」


 やたら饒舌に語り始めたライラックを前にして、俺は額に冷や汗を垂らす。


「よしライラック。その辺で……」

「えー、別にいいでしょ?」


 止めようとする俺の声を適当に受け流しつつ、嬉々とした様子でライラックは続ける。


「それと日没後に、剣の鍛錬をするのが日課だよね。葉月くんは自分の腕を大したことない、惰性でやってるだけって言うけど……それって基準がお義姉ねえさまだからそう感じるんじゃない?」

「あいつが基準だから……ってつまり?」

「お義姉さまがずば抜けてるだけで、葉月くんも別に下手じゃないって、私は思うんだよね」

「いや……何の根拠があるんだ、それ」


 謎の高評価に、俺が懐疑的な反応を示すと。


「んと、あれから私も軽く興味を持って、ネットでその手の動画を漁ったりしてみたんだけど……これはすごい人のすごい剣技なんだって触れ込みでもなんかパッとしなかったから。それに引き換え葉月くんはなんか良い感じだったし、きっとそこそこやるんじゃないかなって」

「それは技量ってよりは、単に動画とリアルの差だろ。あと、ライラックが素人だからよく分かってないってだけだ」

「うーん、そんなことないと思うけど……」


 俺の言い分に対し、ライラックは納得いかなそうに唸った後。


「あ、そうだ! それなら今度、経験豊富な葉月くんが直接私に指導してくれる?」

「殆ど素振りばっかで実戦の経験についてはまるで無いから、お世辞を吹き込まれてる気がしてならないが……まあ、そこまで言うなら考えとく」

「うんうん、そういう返事の仕方も葉月くんらしいなって、最近は思えるようになってきたよ、ふふっ」


 気のない返事をする俺に対し、何故か愉快そうに笑い始めるライラック。

 何が面白かったのかそのまま少しの間笑い続けた後、目に溜まった涙を拭ってから、ライラックはこちらを見据えて何気なく告げてきた。


「ところで葉月くんって、友達いないよね」

「お前なあ……」


 割と心に突き刺さる現実を改めて突き付けられ、俺が異議を唱えようとしたその時。

 ライラックが持ち前の特徴的な琥珀色の瞳に、直前までとはどこか異質の、優しげな気配を湛たたえさせた。


「でも内気ってわけじゃないし、人間嫌いってわけでもなさそうだよね。その癖して、どこか他人と壁を作ってるように見えるのはどうして?」

「……さあな」


 あからさまな空返事をする俺。

 ライラックは特に気にする様子もなく、柔らかく穏やかな声音で続ける。


「お義姉さまとか私にはそこそこ話してくれる方だけど……それでもやっぱり、誰に対しても一歩距離を置いてるような感じがするんだよね。そのせいで同じクラスの皆とか、周囲の人たちに対して冷淡な印象を与えがちだけど、実は優しかったりするよね、葉月くんって」


 誉めそやすような口調とともに、ライラックは微笑みかけてくる。


「優しいって、どこが」

「他人を傷つけないようにって言うか……自分の振る舞いが他人に対して悪い方に作用しないように、常に気を配ってるところとかかな。たまに辛辣だったり素っ気なかったりするけど、そういうのも回りまわって相手のことを考えてのことなんでしょ?」

「……買被り過ぎだ」

「そんなことないよ」


 他人事のように気のない声を発しながら肩を竦める俺に対し、ライラックは首を横に振る。

 まるで自分のことを話しているかのような、即答ぶりだ。

 おまけに何故か妙に機嫌が良さそうで、まだこの話題を続けるご様子でもある。

 俺みたいな奴の話を楽しそうに延々と……それも本人に向けてとか、調子が狂う。


「でも優しいのに、いつも一人だよね。あ、そこは優しいからこそなのかも? 私が思うに……葉月くんは自分のことを、やけに低く評価してる気がする。自分のことを、関わったら碌なことがない人物だって規定してる……みたいな感じ?」

「へえ、それで」

「だからきっと、そんな風に自分を卑下する葉月くんにとっては、他人が自分と関わらないように立ち回ることも、葉月くんなりの優しさの一環なんだと思うよ」 

「いや、その解釈は都合が良すぎるだろ。まず俺に対する評価の低さは自他ともに認めるものの筈だし、そんな俺が他人と距離を置くのは単なる自己防衛だ。そうしなかったせいで、小学生の頃には痛い目見たわけだしな」


 ようやく俺が反論らしいことを言うと、ライラックは目を丸くした後、くすくすと声を上げて笑い出した。


「普段と比べて急に口数が少なくなったり多くなったり……葉月くんって、嘘つくのが下手なんだね」 

「……ライラックがどう思おうがそれは間違いだし、仮にもし、万が一ぼっちであることにお前が言ったような理由があったとしても、だ。俺が変な眼帯着けてるだけの捻くれた痛い奴だってのは揺るぎようのない事実だ」

「そっかそっか」


 いかにも心得ていますよとばかりに笑い続けるライラックに、俺はどうも納得いかない。


「しかし……正確さはさておくとして、だ。たったの一週間でどうやったら、知り合ったばかりの人間に関する情報をそこまで仕入れてこれるんだ?」 

「んー、方法と言うよりは動機の話になっちゃうけど……お義姉さまから言われた課題の通り葉月くんのことを知るためにじろじろ観察してる内に、愛着が沸いてきたからっていうのは大きいかもね」


 最近やけにライラックから視線を感じると思ったら、そういう目的があったのか。

 などと納得しながらも、俺は新たに浮かんだ疑問を口にする。


「……愛着?」

「ほら、ペットとか飼ってるとあるでしょ? いつも不愛想なのに、なんでかその小憎たらしさが一周回ってかわいらしく見えたりすることって。あれと似た感覚を覚えたおかげか、葉月くんに関して色々なことが見えるようになってきたの」

「俺は犬や猫と同類かよ……」

「その、悪い意味じゃなくてね? 私は葉月くんのそういうとこも、嫌いじゃないなーって言いたかったんだ」


 俺がしかめっ面を作ると、ライラックが両手を振りながら弁解してくる。


「あー、怒ってるわけじゃないから安心しろ」

「でも、その割にはなんだか穏やかじゃない顔してるけど」

「これは……まあ、呆れてるだけだ」

「呆れてる……って、やっぱり」

「別にライラックに対してってわけじゃない」

「……そうなの? じゃあ、誰に対して?」


 それは勿論、一人でちょっと期待した挙句勝手に落胆している自分に対してなのだが。

 これまた勿論、真相を口にすることはない。

 ……それにしても。

 微妙に失礼なところもあるし、俺が優しいとか勘違いしているライラックではあるが。

 彼女なりに最大限、俺に歩み寄ろうとしてくれていたらしい。

 反面、俺はどうだろう。

 指摘された通り、俺が他人と距離を置くように振る舞っているのは事実だ。

 しかしその癖して、いざライラックが臆することなく真っ向から踏み込んでくるとなると、その態度に浮かれ、甘えている。

 更には自分の目に関する謎を頭の片隅で考えていた程度で、ライラックに対して何も歩み寄ろうとしていない。


 ……ああ、そうか。

 俺は、自分が惨めでちっぽけな凡人未満の存在だと自覚しながらも。

 現状から脱却したいなんて望みを抱きつつ、うだうだと己の不遇ぶりを嘆いてはいるが。

 同時に、心のどこかでは早々に諦めている自分がいたおかげで。

 自発的な行動を何一つとして実践しようとすらしていなくて。

 精々、何か自分を一変させるような出来事が起こらないかなと、腑抜けた考えで待ち惚けていた程度だ。

 しかし、本気で変わりたいと願うなら。

 受け身の姿勢で甘えてばかりでは駄目だってことくらい、俺にも分かる。

 そして今、変わるための鍵と成り得るかもしれない存在が、目の前にいて。

 向こうから、手を差し伸べてすらくれているのだ。


 ならば、どうするべきか。

 俺は改めて、隣に座る白銀の髪の少女に目を向ける。

 と、その少女……ライラックは今まで黙り込んでいた俺を見返してきた。


「葉月くんって、何か大事なことを考える時は難しそうに眉間に皺を寄せて無言になるから、なんだか分かりやすいよね」


 言いながら、無邪気に笑うライラック。

 その笑顔を前にすると、どういうわけか肩の力が抜けてくる。

 何とも不思議な、安心感に包まれているような気分とでも言えばいいのか。

 段々と思考がリラックスしていくのを俺が実感する中、ライラックは更に言葉を紡ぐ。


「でも一人で抱え込むばっかりじゃなくてさ、たまには私を頼ってくれてもいいんだよ? だってほら、葉月くんは私の、パートナーなわけだし」


 その言葉のおかげで、今までの俺に足りなかったものが。

 あと一歩を踏み出して差し伸べられた手を掴みにいく勇気が、少しだけ沸き起こってきた。

 ほんのちっぽけな決意を固めて、俺は気を引き締める。

 その変化が表情に出ていたのか、ライラックが気がかりそうに首を傾げた。


「……葉月くん?」

「俺……」

「うん、どうしたの?」


 促すような問いかけを受けてまたすぐに尻込みしそうになる自分を、俺はどうにか制する。


「俺もその……お前の……ライラックのことが知りたい」


 抑え切れない緊張が声に表れないよう気を払いながら、俺はゆっくりと言葉を絞り出していく。


「……けど、俺の目はライラックみたいに冴えてないどころか、むしろ節穴だからな。良かったら、直接教えてくれ」


 別に長々と語ったわけでもないのに妙な疲労感を覚えながら、俺が言い終えると。


「あの、えっと……」


 ライラックは心底意外そうに目を見開き、狼狽える素振りを見せた後、自らを落ち着かせるように呼吸を整えると。

 今までで最上級なのではと思えてしまうくらいの満面の笑みとともに、快く首を縦に振った。


「うん、もちろんだよ! じゃあ、どんなことが聞きたい?」

「どんなこと……か。改めて考えたら俺、ライラックのこと殆ど知らないな」


 肩の荷が下りたような気分で脱力しながら、俺は言う。


「えー、未だに?」

「あー……」


 俺が目を逸らすと、ライラックは朗らかにぺしぺしと肩を叩いてきた。


「まあ、だからこうして聞いてくれたわけだよね?」

「ああ、そういうことだ……だから基本的なことから、話せることは教えてほしい」

「んー、そうだねえ。じゃあついにデレてくれた葉月くんの誠意にお答えして、私の取っておきの秘密を教えてあげようかな」

「ツンとかデレとか、お前は順調にエロゲに脳を侵食されてるな……」

「むー、じゃあ聞きたくないの?」

「いや、そういうわけじゃないんだが」

「そう? だったら心して聞きたまえー」


 おどけてみせるライラックに対し、俺は居住まいを正す。

 と、ライラックも真面目な顔を作った。

 その場に、沈黙が流れる。

 半開きの窓から、風が吹き込んできて、靡いた銀髪がライラックの頬を撫でる。

 やがて、たっぷりと溜めを作ってから。


「私はね……」 


 ライラックは、淡い桜色が映える唇を動かした。


「……魔法が使えない、魔法少女なんだ」


 その言葉を聞いた瞬間、俺は時が止まったかのような錯覚に襲われた。

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