第7話 もう一人の

 放課後。

 一日中ライラックの大胆な行動に振り回された結果、頭痛が持病になりつつある俺は、図書室に赴いていた。

 職員室で転校の手続きをしている間、待っていてほしいとライラックに頼まれたので、時間を潰しているのだ。

 この後、一緒に帰るつもりなんだろうが……何故俺はそんな悪目立ちするような真似に律儀に従っているんだろうか。

 我ながら、自分がどうしたいのかよく分からない。


「どれどれ……」


 俺は疲れた頭でそんなことを考えながら、書架に並ぶ本を漠然と眺める。

 その中でふと、魔女に関する本が目に留まった。

 俺はその本を手に取ると、手近な席に腰を下ろす。

 カバーを開き、適当に流し見ながら、ページを捲っていく。

 魔法少女や花嫁修業について、さして興味があるわけではない。

 それでも、パートナーとして当事者となってしまった以上、知識を得ておいて損はないだろう。


 本によると、魔法には固有魔法と汎用魔法なるものが存在するらしい。

 固有魔法は、魔女や魔法少女が元から持つ固有の能力で、その特性に応じた称号を彼女たちは名乗る。

 能力の詳細は人によって異なり、固有魔法の強弱や特異さ、応用力によって魔女や魔法少女としての価値が決まると言っても過言ではない――と記されている。

 ……どうやらこれに関しては本当に人それぞれらしく、概要としてはあまり多くの説明が書かれていない。


 対する汎用魔法は、固有魔法よりも長い説明文が割かれていた。

 その説明によると、汎用魔法とは魔法工学の発展により登場した産物で、基本的には魔力を戦闘に特化した形で運用するための技術。

 魔力を有する魔女や魔法少女が、戦術的魔法杖タクティカルステッキ……通称『ステッキ』と呼ばれるデバイスを介して放つ魔法とのことだ。

 使える能力が本人ではなくステッキに依存しているのが特徴で、その性能は主に魔力量、練度、ステッキなどの要素によって変わる。

 形態は様々だが、通常兵器と比較して基本的に威力が高い。

 魔力という超常的な異能により、時には従来の物理法則すら無視してしまう程の効果を発揮する。

 また、ステッキ自体のメンテナンスは必要だが、消耗品である弾薬などと違い、魔女の有する魔力は回復するため、通常兵器に対してコストの面でも優れている。

 主流は魔力剣や魔力銃。

 他に、身体能力の補助、増幅や飛行機能の備わったものなども存在する――といった調子で、仕組みや兵器としての優位性が記されている。


 

 我ながら、人間に対して使う言葉として相応しいのか、疑問には思う。

 が、だから具体的にどうだという話でもない。

 何かしら、できるわけでもないし。

 それでも、俺はどこかもやもやとした気分を抱えながら、ページを捲って続きを読み進めていく。

 それから、少しして。

 不意に、背後から接近する人の気配がした。


「おっ、勉強熱心じゃん」


 なんと、声をかけられた。

 別に驚くようなことではない、大げさな反応だと思うかもしれないが、その認識は間違っている。

 なぜなら俺は、誰かと会話をしないまま一日を終える、なんてことも当たり前のぼっちだからだ。


「おーい、聞いてんのー?」

「あー……俺、だよな」


 俺はぎこちない動きで振り返りながら、今一度確かめるような調子で返事をする。

 と、そこには同学年と思しき小柄な女子生徒が、面白がるような顔をして立っていた。

 セミロングで柔らかい質感の薄い茶髪に、小麦色の肌。

 垢抜けた雰囲気で、暗いぼっちの俺なんかとは無縁そうな人種に見える。 


「はは、なにその反応。変な感じー」


 女子生徒は面白がりながらも、人当たりの良い笑みを浮かべて。


「ま、わかんなくもないけどね。あたしも所謂ぼっちってやつだし」

「……あたしも?」


 このコミュ力高そうで明るい雰囲気の女子が、俺と同類だとはにわかに信じがたい。

 が、友人などの伝手が一切ない俺は他のクラスの事情なんて知るわけがないので、本人が言うならそうなんだと鵜呑みにするしかない。

 なんだか込み入った事情がありそうだから、詳しいことは聞きたくないけど。


「そ。あたし、D組の南雲なぐも周芳すおう。よろしくね、今話題のぼっち、桂木かつらぎ葉月はづき君」

「お、おう……」


 初対面の女子に気さくに接されて俺が戸惑っていると、南雲は「あ」と何かに気づいたような声を上げて。


「でも、魔法少女のパートナーになって初日から見せつけてるって噂だし……ぼっちは卒業した感じ?」

「……まあ不本意ながら、そうなるのかもな」


 初対面の人間が常識のように語るくらいには広まっているのか、ライラックと俺のことは。

 教室に他のクラスの人間が見物に来ていた時点で想像できたことではあるが……これから先の学校生活が思いやられる。


「不本意って割には、魔法少女について真面目に勉強してるみたいじゃん?」


 南雲はそう言って、机の上に広げられた本に視線を落とした。


「もしかして、詳しかったりするのか?」

「まあ詳しいっつーかさ。単純にすごくない? 魔法って」


 憧れるような調子で、南雲は言う。


「あー……そういうもんか」


 ……これが世間一般の、魔女や魔法少女に対する見方ってやつなんだろうか。


「桂木はもう、魔法少女ちゃんの能力は見たの?」

「いや、まだだな。変身衣装コスチュームってのは見たが……」


 主に、その格好でエロゲーをしていたり朝から迫られたりと……ろくでもない見せられ方だったけど。


「んー? 何その微妙な反応。まさか、変身衣装を着た魔法少女ちゃんと人には言えないようなやらしいことでもした……とか?」


 にやにやと笑いながら、勘ぐる南雲。

 微妙に当たっている……と言えなくもないが、俺の方は否定的だったし、未遂で終わったから『した』という表現は正確ではないので。


「してねえよ。というか、なんでいきなりそういう発想になるんだ」

「や、だってそれが魔法少女とパートナーの義務みたいなもんでしょ?」

「あー……まあ、そうなのかもしれないが」

「しかも噂になるくらい初日から仲が良いってなったら……ねえ? 早速なんかあったんじゃないかって思うのが自然っしょ?」

「だから、別に何もないっての」 

「またまたあ。ホントのとこはどうなのさー」 


 完全に面白がっている南雲が、更に探りを入れてこようとしたところで。


「……俺なんかのそんな話を聞いて、一体どうしたいんだ」


 ふと、俺の口から、そんな言葉が漏れ出してきた。

 すると南雲の目が、丸くなる。

 何やら、虚を突かれたような様子だ。

 その顔を見て、俺は気づいた。 

 ……つい口から出てしまったが、そりゃそうか。

 南雲が学校の生徒達が気にしているのはライラックのことで、俺はあくまでそのオマケに過ぎない。

 今のは、とんだ勘違い発言……。


「そりゃあ、面白いっしょ」


 ……だと思ったのだが。


「あたし今、桂木にけっこう興味津々だし?」

「あー……そう、なのか」

「だからこそ、こうして話しかけてるわけじゃん? どうしたいって言うなら、桂木と会話すること自体が目的って感じかな」


 あまりにも晴れやかに予想外のことを言われ、俺はどう反応したら良いか、分からずにいると。 


 人気のない図書室に、扉が開く音が響いた。

 俺を迎えに来たのか、用事を済ませたらしいライラックが顔を覗かせる。

 こっちに気づくと、小走りで寄ってきた。


「お待たせー……って、葉月くん友達いたんだ?」


 俺の隣に座る南雲を見て、ライラックは意外そうに目を瞬かせる。

 あんまりな言い草な気もするが、ぼっちを自称していたのだからこの反応は妥当だろう。


「……いや、今日初めて話した相手だけどな」


 とりあえず俺なんかと友達扱いされては迷惑だろうから、やんわりと否定しておいた。


「うーん……あたしとしては、友達ってよりぼっち仲間って感じ?」


 しかし、その意図は伝わらなかったか、無視されたらしい。

 南雲はへらへらと笑いながら、そんなことを口にした。

 ぼっち仲間って、なんだそれ。


「そう……なんだ?」


 同じ疑問を抱いたのか、ライラックは不思議そうに小首を傾げた。

 一方の南雲は、口元だけに小さく微笑を作って、ライラックを見据える。


「……」


 今までの陽気で少々馴々しい雰囲気とはかけ離れた、感情の起伏が読めない表情だ。

 まるで、何かのスイッチが切れたような。取り繕っていた仮面が、外れ落ちたような。

 俺はそんな南雲の表情を前の当たりにして、恐らくこれが、彼女の素顔……日常的に浮かべている表情なんだろうと、直感した。

 ――が、それ以上考えることはしなかった。

 俺なんかが深く詮索したところで、煩わしいだけだろう。


「……ま、なんでもいいや。噂の魔法少女ちゃんをひと目見れたし、あたしはそろそろ退散するとしますよ」


 南雲はそう口にしたのを境に、元の明るい笑みを浮かべた。


「馬に蹴られる前に、ってね」


 ウィンクしながらそんなことを言い残し、南雲はその場から去っていった。

 ……結局なんだったんだ、あいつは。


「……? どしたの、葉月くん」 


 ライラックは相変わらず不思議そうな顔を浮かべたまま、俺に尋ねてくる。


「あー……とりあえず、帰るか」


 色々と説明するのが億劫になった俺が、そう返すと。


「うんっ」


 ライラックは、嬉しそうに頷いた。


 ……それにしても、今日は何かおかしい。

 こうして図書室で律儀にライラックを待っていたのもそうだが。

 どうして俺は今、わざわざ自分から一緒に帰ろうと誘ったりなんかしたのか。

 それと学校生活の中で、事務的な会話以外の用事で話しかけられるのも、久々のことだった。

 いつもと違うことばかり、起きているような気がする。

 ……どうやら、俺の日常はこの魔法少女との出会いをきっかけに、かき乱されつつあるらしい。

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