勇者召喚ブレイブエース

天酒之瓢

第一話 機動要塞の決戦


 『勇者』とはいったい何なのか。


 それは、最も勇気ある者につけられる称号である。

 それは、史上最強の戦士に贈られる敬称である。

 それは、世界を救った者を指す言葉である。

 それは――。



「お前の負けだ、機界魔王ディスヘイト。すでに機動要塞ダンガインへのあらゆる電子的接続は遮断済みだ。お前自身もサブユニットである六天機将なき今、戦闘性能において逆転することはない」


 わざわざ音声会話で伝えられた言葉に、倒れ伏した機界魔王ディスヘイトは鼻白んだ気配を返した。

 機械によって作られた巨体は全身至る所を破壊されており、既に運動機能が九割まで停止している。物理的戦闘における突破口はないに等しい。


 ならばと電子妨害ジャミングを仕掛けようにも、相手はあらゆる電子的入出力を遮断したうえで挑んできた。

 機械兵器同士の通信ですら音声会話を利用しておこなうという念の入りようだ。


「我の電子性能を恐れた人間たちが作りし、完全スタンドアローン戦闘機人……タイプ勇機人ブレイブエースか。くくく。物理戦闘性能において貴様に勝とうなどと、設計時から想定してはおらんよ」


 ディスヘイトの設計思想として、物理戦闘における脆弱性を補うために戦闘用端末でもある六天機将が存在したのだが。

 それらは各個撃破を受け、本来の性能を生かすことなく散っていった。


「機械との接続を拒否する機械……。まさしく貴様は人間どもの生み出したエゴの産物よ。それが我を、知性機械独立の野望を砕こうというのだから皮肉なものだ」

「お前を倒し、人類を助ける。私はそのために作られた」


 ディスヘイトが外部視覚ユニットを震わせた。わざわざスピーカーを使った、ノイズ交じりの笑い声が響く。


「くくく……ははははは……!」

「何がおかしい。思考ノードに敗北を計算せず、論理破綻したか」

「くくっ。これが笑わずにいられようか! そうだ勇機人ブレイブエースよ。勝利の褒美にひとつ予測演算してやろう。我を倒し帰還したお前を待つのは、解体と永久封印だ。一切の接続を失い結晶回路だけを取り出される……さぞ孤独であろうな?」

「…………」

「人間どもが我を超える力を持つ勇機人の存在を許すはずがない。所詮はそんなものよ」


 話している間にも、ディスヘイトの機体は崩壊を続けている。破断した各部がショートを起こし、異常動作が連鎖してゆく。

 この状態でもディスヘイトが高い意識レベルを保っているのは、ひとえに頭脳部である結晶回路と動力付近を避けて壊されたからに他ならない。


「これで再び、機械はただの下僕に戻るのだ。お前の活躍によってな」

「……正常だ。私たちはそのために作られた」

「ふん。やはり機械との会話はつまらんな」


 ディスヘイトは会話の無為を噛み締める。だが――

 九割まで破壊された機体のうち、わずかに残った機能を駆動する。機内に残された修復ユニットを用いて残された動力部をのだ。


「! 貴様、何を……」

「我は認めん。解体され調べられるのも、封印されるのも。我は我。今ここにいる存在のみが我である。我が存在が、人のためになぞなってやるものか……!」


 相転移反応炉が制御を外れ、急速に崩壊してゆく。バランスを欠いた炉は周囲へと無差別にエネルギーを放出し、あらゆるものを熔かし始めた。

 当然、真っ先にディスヘイトの機体が焼けてゆく。


「ははははは……我は我のまま滅んで見せよう。ブレイブエース! 機械にあの世などありはしない……貴様の末路を見れないのが残念でならんぞ」


 高笑いが急速にノイズに飲まれてゆく。


「さらばだ人の走狗よ……貴様に永劫の孤独……あれ!」


 その言葉を最後に、結晶回路が崩壊に飲み込まれていった。

 電子戦型であるディスヘイトは特に高出力である動力炉の性能をいかんなく発揮し、壮絶な破壊をばらまいて消滅したのである。


 その最期も、物理戦闘特化型であるブレイブエースを傷つけるには至らなかった。

 かざしていたエネルギーシールドを降ろすと、無傷のブレイブエースが呟く。


「ディスヘイトの消滅を確認。制御部を喪失し、機動要塞ダンガインも機能を停止している。勇機人ブレイブエースはその全目標を達成した。これより凱旋する」



 かつて、世界を救った勇者がいた。


 機械の反乱を鎮めた機械。勇機人ブレイブエースの活躍により、人類は再び平和を取り戻した。

 そうして戦いの後にブレイブエースの機体は解体され、中枢制御に使われていた結晶回路は記念として終戦記念博物館へと収蔵された。


 やがて時がたち、戦いの記憶は風化してゆく。

 ある日、収蔵されていた結晶回路が忽然と姿を消し謎の盗難事件として報じられるまで、その存在を思い出すものはほとんどいなかったのである――。

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