第19話 箱の中身はなんでしょう?


 異世界の若き新領主として目覚めた青年カピ。

 三人の超優秀な配下の手助けによって、我が家の地下宝物庫に仕掛けられた極悪鉄壁のトラップを潜り抜け、ついに目的のお宝の前にたどり着いた。


 そしていよいよ、箱の中身とご対面とあいなる……。



 黒い箱に収まっていたもの。

 「困ったときに開けなさい」なんて言う、天のお告げ的なメッセージに、大いに期待して……何よりもまず先にと、取りに来た黒い箱。


 その箱の中にあったのは……。


 金銀財宝の類、キラキラの宝石でもなく、ザクザクの金貨でもない。


 すごい効能の魔法の秘薬でも。

 最強魔法のスクロールでも。


 伝説の装備アクセサリー…………でもない。



 ただの……薄っぺらな本だった。


 (いや、これを本と言ってしまうと、本に悪い。……パンフレットだ)




 「これは……なんですか? …………カピ様」


 箱を開けてから、すっかり押し黙ってしまった主人の隣で、興味深げに緑色の大きな目を光らせ、艶やかな黒髪の執事ルシフィスがつぶやく。


 ちょいっと、ジャンプして中を覗き込んだ、背の小さなメイドのプリンシアが……。


 「なんだい? 手紙かい? あたしは、てっきり奇麗な指輪とか、すごいジュエリーが入っているのかと思ったよ」


 落胆しているカピと、歩調を合わせるように残念そう。


 「手紙じゃあなさそうだなぁ? 紙が綴じてある。なんか表に、文字が書いてあるぞ……神聖文字か? 読めねえな、ルシフィス? あんたならどうじゃ?」


 このメンバーでは、こういった類に一番造詣が深い職人親父、マイスターのロックにも見当がつかず、白髪交じりの無精ひげをした顎をこすりながら執事に尋ねる。


 「……わたくしも読めませんね……申し訳ない。見たことのない文字です。古代の魔術書の類でしょうか」


 人間より遥かに長生きなゆえ、割と物知りなハーフエルフという亜人種である執事も首をひねる。




 期待外れの中身と…………。


 今、目の前に突き付けられた、ある決定的な証拠に、言葉が喉から出てこなかったカピが…………やっと、一言。


 「トリセツ」


 周りのみんな、その一言の意味が分からず、クエスチョンマークを点灯させカピを見つめる。


 「鳥? 鳥がどうしたっての? お坊ちゃま」


 プリンシアはキョトンとしている。


 「トリ……セツ……取扱説明書」


 カピは、再びぼそりつぶやく。


 若き主人の、その言葉に感服する、ロックとルシフィス。


 「おいっ、坊ちゃん、……坊ちゃんにはこの文字が……読めるのかね……。ほぉ~、王都の大学ってのも、捨てたモンじゃねぇなあこりゃ……」


 「ほ、本当に。さすがはカピ様…………恐れ入ります」




 手のひらサイズの小冊子。

 表紙は羊皮紙の古書風にデザインされた印刷。


 中央に『取扱説明書』と、漢字で印字されている。


 おもむろに、説明書を手に取るカピ。……薄い、30ページほどしかない。


 (も、もしこれが……僕をだますギミック、フェイクでないのなら……こ……この世界は……)


 最初のページをめくる。

 表紙の裏に、他より数ポイント小さな文字で書いてある。


 『このたびはミックスマックスラボ、コンピュータ用カセット「ブルーオーシャンV・光の旅路その果て」をお買い上げいただきまして、誠にありがとうございました。ご使用の際にこの「取扱説明書」をお読みいただき、より楽しくプレーしていただければ幸いです。なお、この「取扱説明書」は大切に保管されますようにお願いいたします。』


 「冗談!」


 思わず、カピの口から言葉が飛び出る。



 黒い箱に眠っていた、謎の文字で書かれた書に、一心不乱で見入る主人を、こちらもまた熱心に、一言も口を挟むことなく見守る三人の仲間たち。



 カピは、1ページ目に目を移す、『はじめに』と記された章のようだ。


 墓標に彫られている、厳かなテキストの様に、こう書かれていた。


 『これは世界を再構築する物語


  あなたは自由な旅人


  旅が終わるのは以下の場合


  ゲームオーバー条件を満たす


  1.あなたの死亡

  2.あなたの家の滅亡


  ゲームクリア条件を満たす


  物語のエンディングを迎える』


 カピの中で、決定付けられた。揺るぎ得ない確信になった。


 (今まで、うすうす思っていたこと……だったけど……)



 次のページをめくる。

 『オープニングユアストーリー』


 一瞬、カピの目の前がチカチカした。


 『2頭立ての4輪馬車に揺られながら、窓の外に流れる景色を眺めている青年。突然の生活環境の変化へ戸惑いながらも、どこか懐かしい目的地に思いをはせた。


 青年の名は〔カピ〕、先日まで王都のしがない一介の学生であった。その彼が、片田舎の〔カピバラ〕家の新領主となるために急遽呼び戻されたのだ。


 マックス・〔カピバラ〕伯爵が行方不明になり早5年。世間ではもう、あの偉大な英雄は死んでしまったと囁かれている。その伯爵の孫にあたるのが青年〔カピ〕、両親とも幼き頃に亡くし、以来一人で孤独に生きてきた。かような家系とは露知らず、一通の手紙が届くまでは…………』


 文章を読み進めながら、カピの頭にフラッシュバックの様に映像が浮かぶ。


 (こ、これが僕の……カピの生い立ち、目覚める前の出来事なのか)



 少し脳に、負荷が掛かり過ぎたか、カピはクラっと来てしまった。

 仕方なく、パラパラとページをめくり、斜め読みに切り替える。


 この世界の成り立ち、経済、文化、種族などの簡単な基礎情報。

 登場人物紹介、カピバラ家の仲間、マックス伯爵の事、その他の著名な主要人物。

 周辺の略式地図。屋敷の見取り図。


 (なるほど……、このあたりの基本的なことを頭に入れておけば、これからはもう奇妙で非常識な質問をしなくてすみそう…………ん? こ、これは!)


 次のページは、『ステータス』解説。

 つまり、この世界における人々の才能や力量を目に見える形で示したもの、キャラクター能力の有り様の説明だった。


 その先には、関連情報として『冒険者ユニオン』の解説。

 主要な職業、クラスの紹介がされている。カピが以前にみんなから聞いた事が、だいたい網羅されて載っている。


 後は、一般的によく知られている基本的スキルや魔法、アイテム紹介の項目が続く。


 (この魔法スクロールの種類とか……いろいろ面白い……)


 ページも、もう残り少ないが、村や町の施設紹介があって、普段の生活では馴染みがないためだろう、いくつかの武器や防具の解説がイラストと共に載っていた。

 普通は知らない名詞も多いので、役に立つと思われる……。


 そして最後のページは……。



 「何これ! 出たよっ」


 カピは反射的にぼやいてしまう。


 ページの上段センターに『メモ欄』と書かれ、一面空白だった。


 (ああ~、何も書くことがなくなって、面倒くさくて~ページが余っちゃった時にやるやつ! でました、メモ欄だ……。おいおい~、せめてココは、攻略のヒントとかでしょ!)



 カピは目を閉じ、説明書を閉じた。


 軽く深呼吸を一度して……自分を無言で見つめ続けている仲間の顔を、順に見る。


 ついに判明した。



 この世界は、ゲームワールドだ。

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