第7話 この世界で生き抜くためには

(うっ……まぶ、しい…)



 私はゆいであり、ソフィー。そして将来惨殺される、未来の悪役令嬢モブその1。



 そのことに気が付いた瞬間、もう私の色んなものがキャパ超えしてしまった。限界突破からの強制終了といった感じで、意識の中で意識を失ったけれど、まだ私自身は消えていないようだ。よかったのか、よくなかったのか……



 まぶたの向こうに明かりを感じるが、私はまだ目を開けない。いやいや、開けないよ、まだ絶対開けない。だって、開けたらまた新しい死亡フラグ立ちそうなんだもん、ちょっと休憩させて。ほんとこの世界怖すぎる。



 周りに誰かいても私が実は起きているのがバレない様に、あくまで寝たふりをしながら私は頭の中で少しずつ状況整理と今後のことを考え始める。



 今までの状況とソフィーの記憶、それから妹との会話から考えて、私とソフィーの置かれた状況は芳しくない。



 禁術をかけられて難を逃れたらしいが、呪術師が生きていれば当然、再度命を狙われるだろう。生きていなかったとしても、幼い令嬢一人をそんな物騒な呪いにかけるくらいだ。どう考えても、そこらへんの呪術師が、単独で通り魔的に呪いをかけたとは思えない。ソフィーが狙われた理由がわからない以上、またいずれ危険に晒される可能性は否定できないだろう。



 不思議なのは、この世界がゲームの“シンデレラ”の世界だとすると、私たちの最終的な死因は、盗賊に殺されることだったはずだ。でも、5歳の今、私たちはすでに死にかけている。あれ、これどういうこと?



 私がソフィーに居候転生してるから? あ、でもソフィーに最初の呪がかけられたのって、1年くらい前みたいだから、私関係ないよね。あれ?



 まさか、所詮ソフィーはモブで、代わりはいくらでもいる。だから、生き残れなかったら代わりの令嬢がモブとして補充されて、もし私たちが生き残ったら、無事に追放死亡ルートね! みたいな感じなのか? うわー、それだったらほんと辛い。……ねえ、これどうすればいいのかな? もうやだ、ソフィー&ゆいルート(仮)が超絶ハードモードすぎて諦めたい、せめてハードくらいにならないかな……









 私は1回死んだ。死ぬのは耐え難い痛みだったし、何より怖かった。私がソフィーになっても、最後の瞬間の記憶は脳裏にこびりついて離れない。痛いのも、死ぬのももう嫌だ。くっ、私もソフィーみたいに安全なところに引きこもりたい! ああ、引きこもりになった妹も、こんな気持ちだったのかな……



 早くも、ソフィーとして生きているのがしんどすぎて、私の思考は大幅に逸れてしまう。私は頭の中でため息をつきつつ、自分に喝を入れる。



 だめよ、ゆい。ぐちぐち言っても、どうせ逃げられない。だったら、闘うしかないじゃない。せっかく死因の一つはわかっているんだもの、事前準備で折れる死亡フラグは全部折っておいて、それでも新しいのが出てきちゃったら、正面から叩きのめすしかないのよ。



 うん、大丈夫。あとは鋼のメンタルでなんとかしよう、そうしよう。



 私は、自分の不満や不安を無理矢理抑えつけ、今後やるべきことを整理する。



 まずは情報収集ね。ソフィーの3歳までの記憶じゃ、正直一般常識も文字も何もかもわからない。モブの死因の大本は、貴族として、人間としてのソフィーがアホすぎたからだと思う。だから、早急にあらゆる情報を集め、あらゆる教養を身につけよう。一応私の名前はソフィア神の叡智だからね! そんな名前で実はアホとか、名前負けもいいところ。恥ずかしすぎるわ!



 そして、リハビリして身体が動くようになったら、お父様かお母様に稽古をつけてもらおう。何のって? ここはヘンストリッジ家、当然強くなるための稽古だよ。お父様は確か剣の名手で、お母様はあの怪力を活かした体術の達人だったはず。私自身が強くなれば、盗賊に襲われても返り討ちにできるからね。これはこれで楽しみなのよ、ふふふ。



 それから、魔法のことを誰かに習うべきだね。魔素が云々とか言っているのを何回か耳にしたから、魔法とか魔術とかそういうものもありそう。いざとなった時に闘う手段か、回復方法になれば生き残る可能性が上がりそうだし。



 あとは、領地が超貧乏っていうのも気になる。辺境伯って、一番高いってわけじゃないけど、貴族の中でもそんなに低い身分でもないんじゃないの? この国の制度上、辺境伯の立ち位置がまだわからないけれど、領地持ちの貴族が超貧乏っておかしい気がする。これも、できるなら何とかしておかないと。せっかく生き残ったのに、その結果が貧乏すぎて一家離散とか、どこかに売られるとかになったら辛すぎる。 



 ふう。よし、とりあえずやるべきことは、こんなもんでいいかな。1.情報収集とお勉強、2.鍛えまくる、3.領地をなんとかする、この3本立てでしばらくいってみよう。うん、そうしよう。



 ごちゃごちゃしていた頭の中をざっくりと整理し、当面の間にやるべきことを決めた私は、先ほどまでよりも随分前向きな気持ちになっていた。人間、目標があれば強くなれるというのは本当である。



 それに、苦難をいくつも味わったベートーヴェンは、『苦悩を突き抜ければ、歓喜に至る』という言葉を残していた。ちょっと意味違うかもしれないけど、全部死亡フラグを折って生き残れば、私にもいいことあるはず! かかってこいやー!








 ようやくいつもの調子を取り戻した私は、まさに今目覚めましたよ、という体でゆっくりと目を開けた。首をこれまたゆっくりと動かし、辺りの状況を確認しようとした。すると私の動きにいち早く気づいたお母様が、座っていたベッドそばの椅子からさっと立ち上がり、私の顔のすぐ横にやってきた。よかった、さすがに今回は抱きしめては来ない。ちょっとほっとしてしまう。



「ああ、気が付いたのね。もう少ししたら夕方だけどおはよう、かしら、ソフィー。さっきは痛い思いさせてごめんなさいね。気分はどう? どこか痛いところはない?」



 さっきまで真っ黒なドレスだった母は、着替えてきたのか、白地に腰の切り替えが赤いリボンのストレートのロングドレスを身に纏っている。さっきと全く異なる雰囲気の装いに、「ありません」と答えつつ、ついじっとドレスを見つめていると、



「ああ、このドレスは初めて見るかしら? 王国の習慣でね、特別なお祝いの時は、白と赤を使った『紅白の正装』という服を着るものなのよ。今日はソフィーが元気になった記念すべき日なんだから、これが一番相応しいでしょう?」



 そう言いながら、お母様は上品な仕草で立ち上がり、くるりと回ってドレスの全体を見せてくれた。もちろんドレスも素敵なんだけど、美人が着ると3割増しだね。いやすごい美人だからもっとかな。ああ、ほんと羨ましい。



お母様は、「ソフィーも7歳になったら、正装のドレスを仕立てましょうね」なんて言って私の頭をなでながら、とても穏やかな表情で微笑む。



「本当に、ほんとうに、ソフィーの意識が戻ってよかったわ……そうだ、お腹空いているでしょう? 夕食までそんなに時間はないけれど、まだ病み上がりだし、食べられそうなら何か食べたほうがいいと思うわ。誰かに持って来させましょう」



「ありがとうございます、おかあさま。おなかすいています。あと、おふろにはいりたいです」



 情報集めやお勉強はもちろんだ。しかし、そういえば何よりもまず、このガリガリの身体を早急にどうにかしなければいけないじゃないか。

 食事すらリハビリだ。私は、お母様の提案に素直に乗る。そして、このボサボサでボロボロの身体もどうにかしたい。ソフィーの記憶によると、このお屋敷には湯船のあるお風呂があった。超貧乏で果たして現在もお風呂に入れるのか不安だが、言うだけでも言おう。どっちにしても私はお風呂が大好きだ。お風呂のためなら勇気も出る。



「お風呂? ああ、そうね、ソフィーはずっと身体を拭くだけだったものね。まだソフィーは自分で歩けないだろうから、私があなたを抱えて入ろうと思うけれど、どうかしら?」



「おかあさまと、いっしょにはいります。おふろ、わかすのだいじょうぶですか?」



 親子だし、女同士だし、そこに問題があろうはずがない。むしろ、介護させてすみません、と謝りたいくらいだ。しかし、超貧乏な部分のヒントは得られていない。少しでも探れないだろうかと思ったが、



「もちろん大丈夫よ、今日は特別に私が沸かしてくるわ! 普段は使用人たちが、みんなで少しずつ魔力を供給してお風呂を沸かすんだけど、それじゃ時間がかかっちゃうからね。すぐ準備してくるから、ソフィーはいい子に待っててね」



 そう言い残すと、お母様は部屋に控えていた二人の侍女のうち、一人を連れてさっさとお風呂に向かってしまった。とりあえずお風呂に費用はかからないらしい。もう一人の侍女は、私の身体を少し起こし、ベッドサイドテーブルにお茶を用意してくれる。その後、軽食を用意してくると言って退室しようとしたので、私は彼女を呼び止めて一つお願いをしてみた。



「え、ドレッサーの椅子にお座りになりたいのですか? ベッドから出られるのは、まだお嬢様のお体に障るのではないかと……」



「うん、わかってる。でもおふろにはいるまえに、からまったかみをじぶんでどうにかしたいの。あなたがごはんをもってかえってきたらやめる。ちょっとだけだから。ね?」



 髪なら私たちに任せてくだされば、となおも難色を示す侍女に頼み込み、ベッドの隣にある大きな、でもちょっと映りの悪い鏡がついたドレッサーの前に座らせてもらった。そして、椅子から落ちないように気を付けてくださいね、と言い残し、侍女が部屋を出ていく。



 侍女が出ていった部屋の扉が完全に閉まったのを確認し、私は目覚めたらやりたいことランキングの番外編第1位に取り掛かることにした。そう、この鳥の巣頭の処理である。



 絶対に反対されるだろうから、できれば誰もいないときにやってしまいたかった。そしてそのチャンスが思いのほか早くやってきた。今しかない。



 私は、相変わらず動かしづらい手を懸命に動かし、ドレッサーの引き出しからハサミを1本取り出した。お母様が私の髪を切るときに使っていたものだ。そして上がらない腕をカバーするように頭を傾け、鳥の巣ヘアーの一部にハサミを入れ、容赦なくバッサリと切っていく。







 ……この行為が、騒ぎの種としてしばらくの間、私自身に面倒事をもたらし続けることになるなんて……この時は知る由もなかった。

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