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 人類統一連合政府との正式な会合に先立ち、惑星コモリオムにおける商業団体との非公式な会談の使節団に動員されたのは、帝国会議において敵国の将兵からその名が告げられてから僅か一週間後のことだった。動員人数は輸送艦隊とその護衛部隊を併せて約千五百名に上った、筈。


 さすがにここでその人員すべてを書き記す気も起きないし、そもそも詳細を私も覚えていないから重要な部分を抜粋すると、私をお飾りに、人類統一連合諸国に対する初期の情報戦において功績を認められたレーベレヒト・ホフマン大佐あらため少将が、帝国軍参謀本部長兼外交特使という主役的な立場を与えられ、交渉の主役とされていた。元々、外交面において充実した経験を持った者が帝国内に皆無であったからこその異例の抜擢だ。そして、護衛、というよりは敵国を心理的に牽制する側面から、ビショップ・フォン・ルーデル少佐指揮下のリッター中隊が同行した。


 私を含めて大多数の帝国人が多惑星の土を踏む、というのは全く未知の経験だった。あるとしても、無人の惑星へ資材の採掘のために向かった者くらいだと思う。表面上平静を保っていたけれど、敵国の架け橋となるコモリオムにおける会談に臨む者達は大なり小なりの緊張感を内心抱いていた。


 そんな面々の中では、護衛役として輸送船に追従した機械仕掛けの騎士団が唯一の例外だった。その性質上、帝国外海の探索や資源惑星の採掘作業に足を下ろす経験が豊富な彼らにとってはあまり深刻な問題とはならないと見える。寧ろ、いかに全長一キロ以上を数え、ちょっとした町くらいの内観を誇る船とは言え、限られたスペースに拘束され続ける人間よりも、その周辺を泳ぐように漆黒の海を渡る騎士達方が精神的疲労は少なかったようだ。シフトに従って次の担当者と交代し、ちょっとした繁華街内のバーに、意気揚々と仲間を引き連れ向かわんとする彼らを私と侍女は何度か見かけた。


 さて、見かけた、ということは私もその場に居合わせる、ということ。やむ事無き身分の女の姿を認めた騎士が一瞬で陽気な顔を蒼白に変貌するのが内心可笑しくて、外出時は徘徊よろしくわざと彼らに見つかりに行ったこともあった。そのせいか、


「フリーデ様。御自重なさいませ」


 比較的、私が船内を気分転換がてら彷徨い歩く――一応、何らかの会議なりで出歩く口実はあったのだが――のに理解を示してくれていた侍女のフランチェスカが、そう小言を漏らすようになった。私はしらばっくれた。


「何のことか分かりかねますね」

「あまりストレスの捌け口として機械仕掛けの騎士団の騎士達にお戯れをなさらないでください、という話です」


 白々しく答える皇女に侍女の物言いは一切物怖じしなかった。フランチェスカは、崇拝の対象として、もしくは割れ物のように扱われている私に批判的な提言が出来る数少ない人物だった。

その日は簡単な食事会の帰りか何かだったと思う。彼女は出歩くときはいつもそうであるように私の半歩後ろを付き従っていた。あまりに私の外出が頻繁に過ぎたのか、同乗者達の間で、皇女殿下がひな鳥の刷り込みをしていらっしゃるようだから、あまり羽目を外して無闇に出歩くな、と話題になっているらしい。


 未だに地球の自転リズムから脱しきれない人間のために周囲はやや薄暗くなっていた。治安の悪い町の一角、と言うわけでもないのだけれど侍女は護衛もかねて拳銃を所持していた。とは言え、私はそれを知識として知っているだけで、彼女がそれをどこに隠しているのかは知らない。護衛を任せるにはどこか頼りない少女はため息のように口に出した。


「フリーデ様に関するクレームは私の元に舞い込んでくるのです」。

「権力者に対する発言の自由が許されている、というのは少なくとも私が悪辣な独裁政治を敷いていないという証よ。良いことじゃない」

「表面上を小難しく装っただけの話題で煙に巻けると思うのは悪癖だと愚考します。各々の立場にはその立場なりの気苦労があるというのをお見知り置きたい」

「そうかもしれないわね。少なくとも侍女に意見箱の仕事があったとは知らなかった。私も何か申し込んでみたい」

 ストレス解消に騎士に絡むな、という意見に対して悉く明言を避ける私に彼女はそれ以上何も言わなかった。けれど、さすがに人の子である私は、今日くらいは自室へ直行する道を選んだ。私の順路の変化にめざとく反応して満足したらしい彼女は話題を変えた。

「コモリアムにおいての会談、いや商談ですか、この場合。見込みはどうですか」

「一応、こんな往来で国家機密について話すわけにはいかないと思うのだけれど」

「では、皇女殿下ではなくフリーデ様一個人の、感想を伺いたく存じます。また、周囲に人影は見当たりませんよ」


 フランチェスカはことさら個人と意見という単語を強調した。そんなに私の意見だとか自由意志が重要なのかしら。けれど可愛らしい侍女の質問に答えるのもまんざらではないので、少し考えて正直に答える。


「個人の感想、ね。当分の間、私は置物に徹しようと思う」

「要するに普段通りですか」

「手厳しい。身内の会談なら兎も角、私のような外交の素人が国を左右する駆け引きに首を突っ込むわけにも行かないでしょう」


 なら、どうして危険を冒してまで国の象徴的な女がのこのこ顔を出すかと問われれば、相手の国家に対して帝国という国家がどういうものか、というのを嫌が応にも見せつけるため。何より、形式上は非公式とは言え、私のような立場の人間が出席するだけで、今回の一集団との会談を帝国がどれだけ重視しているか、と相手にアピールするような効果が期待できる。私に出来ることは、そうやってせいぜい命を張って、偶像としての役に徹することで国の利益に貢献することくらい。そう半ば諦めに近い言い草の私を説得するかのようにフランチェスカは、言う。


「専門的知識を持たない人間が失言を避けることは同感です。ですが、帝国自体にそういったノウハウが不足していますし、その面において貴女が後ろめたく思うような必要性を感じません。それに、例え専門家でなくとも、フリーデ様ご自身であるからこその役割も、貴女にしか出来ないことがあるのではないかと。私は常々そう感じていますし、そうであって欲しいと祈っております」

「そう、善処は、してみる」


 何でも無い風を装うとして少し失敗する。私は自分の声にやや棘が含まれたのを自覚した。祈ってどうなるというのだろう、と何でも無い言葉に、何故か神経が反応したらしい。 

フランチェスカには時折私に対してどこか信仰めいたところがあって、それは私にとって苦痛だった。私は、多分彼女が期待するような人間ではないのだから。


 フォーアライターは、血の力という古くさい迷信を信仰した集団ではない。能力こそが、結果主義が尊ばれる集団だった。だから、少なくとも公の身分に着きたい人間は、外装だけは古典的な宮殿を模した宮殿内で英才教育をたたき込まれて生きている。だから、私の身の回りで皇帝や皇女としてひとびとに認められようとしていた者達は、それが才能とか努力とかに裏付けられたものという違いこそあれ、皆等しく優秀、というか、化け物揃いだから。今の私は、単純な能力以上に運とか、そういうものに助けられた奇跡としか言い様がない。


 私が、自分の能力にどこか失望しきって泣きたくなるのは、そういう背景があるから。そして、私が蹴落としてしまったそんなひとびとの中には、私をお姉様、と呼び親しむ少女がいた。人生の決して少なくない時間を費やした努力の末、自分に煮え湯を飲まされた人間の一人が。被害者と言い換えたって構わない。


 生物学上は妹となっているその少女が、本心から私を好いてくれているのか確かめる勇気は、残念ながら私には無かった。

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