第6話 何祝ってるの?

 


「うあー」


 何日ぶりかわからない朝日があまりに眩しくて、目が痺れる。

 冷えているのに、取り巻く空気がなんだか優しい。


 久しぶりの地上だった。

 魔王討伐のあの日から、いったい何日が過ぎたのだろう。


 あの回廊では太陽や月がなかったし、時計なんてものもないから、昼夜感覚がすっかりなくなってしまった。


 着ていた闇の僧侶の服もズタボロで所々に穴が空き、着ているのが恥ずかしいくらいだが、ほかに着るものなど持っていない。

 俺は近くにあった小川で行水めいたことをし、人としてできる範囲で身なりを整えた。


「あー清々しいな」


 日差しに向かって伸びをする。


 それにしても、なんだか不思議と体が軽い。

 きっと、負の世界たる魔界から出たせいだろう。


 俺はアイテムボックスに収められた「騎獣スフィア」という騎乗動物を封じ込める水晶を取り出し、馬を呼び出す。


 魔界の入口となった小高い丘から馬を走らせ、リンダーホーフ王国王都マイセンへと向かう。

 

「あれ」


 なんだろ、乗りづらいな。


 気のせいかな。


「……ん?」


 と、そこで俺は空に打ち上がるものを目にした。

 おや、と思い、近くの丘へと馬を走らせる。


 そしてすぐに気づいた。

 丘の上から街並みが一望できるのだが、昼間から魔法花火が上がっているのだった。


「祝事だよな、これ」


 検問にも行列ができていて、俺はくねくねと曲がりくねった行列の末尾に並ぶ。

 当然、検問の兵士と話すまでにずいぶんと時間がかかった。


 やっと順番だ、と思いきや、検問の兵士が乞食でも見るような目で俺を見てきた。


「お前ずいぶんとボロを着ているな」


「いろいろあってな」


「祝事の物乞い目当てか……まあいい、王国許可証はあるか」


「ほい」


 差し出し、それを目にした検問の兵士が許可証を二度見した。


「……ち、『中尉』様!? こ、これは失礼を! おい、馬鹿、どけ! お通ししろ!」


 大変失礼いたしました、とひれ伏す検問の兵士数名。

 周りにいた人々が唖然として俺を見ている。


「ご苦労さん」


 俺はいつも、検問自体はこうやってすぐに通過できる。




 ◇◇◇




 日が高く登ると、俺みたいにボロを着ていても過ごしやすくなった。


 歩いていくと、香ばしい香りが鼻をくすぐる。

 メインストリート沿いには出店が競い合うように軒を連ね、さまざまな焼き物をして良い香りを漂わせていた。


「さて、あいつらいるかな」


 アラービスとミエルはこのリンダーホーフ王国出身だし、一番居る可能性が高いのはこの王都だろう。


「うむむ」


 しかし意識はどうしても、暴力的なまでの食の香りに刈り取られる。


 この香りは豚のロースを香辛料とガーリックでソテーにしたものかな。

 久しぶりの食べ物の香りは、本当にたまらない。


「ほぁっ、うま、うめっ」


 なので、片っ端から買い漁って噴水の脇に座ると、まだ熱いのにかぶりつくように食べた。

 まず食べて体力をつけるのが先決だ。


 懐具合は寒くはないものの、そう心強いものでもない。


 魔界でのドロップ品はすべてが運び屋ポーター兼盗賊の男、ダンテを通じて『パーティストレージ』と呼ばれる異空間に収められていた。


 ダンテにパーティ設定された仲間は、彼に不幸があってもそのストレージにアクセスできるのだが、俺はあの回廊に飛ばされた折にパーティを外れたらしく、ストレージにアクセスできなくなってしまっていた。


 それゆえ、俺の手元にあるのは悪魔たちがドロップした硬貨のみだ。

 しかし悪魔はドロップが少ないことで有名で、稼ぎとしては全く美味しくなかった。


 それでも数を倒したので、数ヶ月は遊んで暮らせるくらいにはなったが。


「……すみません、ちょっとお訊ねしても?」


 腹の虫がおさまったところで、俺は通りすがりの人の良さそうなおばさんに声をかけた。


「このお祭り騒ぎは?」


「え? あんた知らずにここにいるのかい」


 おばさんがきょとんという顔をする。


「なにか祝いの行事ですか」


「結婚式だよ。魔王が討伐されてからもいろいろあってずっと辛気臭かったんだけど、やっと初めての吉事さ。各地からお祝いにくるのは当たり前さね」


「……結婚式? あぁリラシスの第二王女様のかな」


 隣国の「剣の国リラシス」で絶世の美女と名高い第二王女が、その相手を探している話は有名だった。


 才色兼備で雪のように白い肌をもち、スタイルは抜群。

 おまけに【剣姫】と呼ばれるほどの剣の腕の持ち主ということで、肩を並べられる男がいないんだとか。


 まあ、この世界にインターネットなんてないから、直接お顔を拝見した人なんてわずか。


 噂が尾ひれをつけているだけかもしれない。

 案外、とんでもない顔だったりして。でなくてもムキムキとか。


「王女様の婿、とうとう見つかったんだな、そりゃめでたい」


 こんなに盛大なのは、きっとウチの国から夫となる男が見つかったのかも。


 などと考えていると。


「違うよ。勇者アラービス様と聖女ミエル様の、だよ」


「…………」


「…………」


 無言でおばさんと見つめ合ってしまった。


「……アラービスとミエルと言いました?」


「言ったよ」


「ホッ。ヨカタ」


 ふたりとも生きていた。


「そっかーもう結婚式か」


 しかしミエルは、結婚式は相当準備がかかるとぼやいていた。

 俺っていったい何日、この世界を不在にしていたんだろ。


「なんだい、そんな身なりの人がまるでお二人と友達だったみたいな言い方をするじゃないか」


 おばさんがボロを着た俺を見て、穏やかに笑う。

 俺は曖昧に笑ってごまかした。


 一緒に魔王を倒した仲だとは口にしない。

 今になって名乗り出るなど、「生きていたから手柄を俺にもよこせ」と言っているような気がするし、第一目立つのは好きじゃない。


 俺が常日頃から目指しているのは「縁の下の力持ち」。

 リーダーや主役ではないけれど、脇でしっかり仕事をして全体にモーレツに貢献する人。


 あれって最高にカッコいいよ、マジで。

 最前面でみんなの拍手を浴びる中心人物より、後ろに目立たぬよう控えていながら、実は……ってのがシビれる。


 俺はアレに心底憧れている。

 そういうわけで、俺が目指すは縁の下のチカラモチer。


「ちなみに今日は、魔王討伐の日から何日経っているんですか?」


「あんたさっきからおかしいばかり訊くねぇ」


 おばさんは笑いながら、教えてくれた。


 それを訊いてうへぇ、と声が漏れた。

 なんと討伐したとされる日から、100日以上が過ぎているという。


「そんなに経ってるのか」


「二人がご帰還されてから、すぐにも挙式の話は出ていたらしいけどね。今日まで待ったのは、聖女様のお気持ちがなかなか前を向かなかったって話だよ。大切なお仲間を沢山失ったそうだから」


「なるほど」


「そろそろ行くね。またね」


 そう言って、おばさんは去っていった。



 ◇◇◇



「美味い……いやしかし、驚きだなぁ」


 もう一度噴水の脇に座り、揚げパンを頬張りながら考えていた。

 体感で30日くらいは過ぎちゃったかな、と思っていたが、まさか100日以上とは。


「そういうことなら、ともかく顔を見せにいかなきゃな」


 100日も経っていれば、俺のことは死んだと思っているに違いない。

 生きているのにそう思わせておくのはけじめがないし、勇者パーティーの仲間だった者として、せめて二人の婚姻におめでとうの一言も言いたいな。


「どれ、行ってくるか」


 聞けば二人は王都の王宮で各方面からの祝辞の挨拶を受けているらしい。

 今なら面倒な手続きを踏まなくても簡単に挨拶できそうだ。


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