近況報告?
愛海が艦橋に戻ると、早速はやぶさから通信がかかってきた。
『ひうち、ひうち、こちらはやぶさ。汐奏一佐、応答願う。
「はやぶさ、こちらひうち、汐奏です……って、その声は吉川一佐ね?
『その通りだ。早速だが、我々が今いる太平洋沖にはアメリカ海軍の艦艇が目に見て分かる。攻撃してくる様子は無いが、警戒を緩めるなよ』
「分かってる。走行不能になったらいつでも教えるように」
盛大な笑い声が聞こえ『分かってらァんな事、大丈夫だ、沈まねぇよ』と自信ありげな回答が返ってきた。
「あなたならそういうと思った」
「愛海ちゃん、通信しながらでいいわ、聞いて。ついでに吉川一佐も」愛海の隣で逢鈴が口を開く。
「あのアメリカの艦艇、どこへ向かうと思う?」
「そういえば想像していなかった。「かが」とアメリカ海軍が繋がっているとしか考えていなかったものだから」
東側を走行し、ゆっくりと北上していくアメリカの艦艇を見つめながら、愛海は不思議そうに言う。
『方向は日本海付近だよな? どの道哨戒任務にあたっている日本の護衛艦とぶつかるはずだぞ』
「そこ、そこなのよ」食いつくように逢鈴は続ける。「どうして私達に攻撃してこないのかしら? まるで私達の事なんて眼中に無いみたいじゃない」
『眼中に無い』その言葉を聞いた愛海は顎に手を当てて考える。だがしかし日本海へと向かっているのは何故? アメリカ軍は日本の自衛隊が追い出し、もう用は無いはずなのに。
となると、目的はただ一つ。
「「かが」に向かってる……?」
「なんですって?」逢鈴が驚いたように声を上げる。
「だってそうとしか考えられないでしょう。今は改造を施していない艦艇全てが任務にあたっているのよ? 私達の事が興味ないんだったら、残るは一番最初に改造された「かが」しかいないじゃない。他の艦艇なんて、今大急ぎで改修工事をしてるのよ?」
『これは不味いことになりそうだな! はっはっは!』
「吉川一佐、これ笑い事じゃないわよ……」
逢鈴が呆れ交じりに答えたのを聞きながら、愛海はほかの護衛艦に通信をかけてみる。そうすると、どの護衛艦も『攻撃の気配なし』と応答が返って来たのだ。
でも何故「かが」に? 余程のことがない限り、あの艦艇に近づく事なんて無いのに───、
「ん、待てよ?」
「かが」が出港する数日前、テスト航海を行うと聞いた愛海が舞鶴から呉へと連絡し、茉蒜と久々に話した事を思い出した。その時に「国家機密システム」という単語を呟いていた覚えがあった。
「国家機密システム……」
「何それ?」
ふと呟いた彼女の言葉に、逢鈴は首を傾げる。
「私も分からない。茉蒜も分からないって言っていた。でも国家機密だから、きっと重要な事を積んでいるはず。逢鈴、舞鶴の司令って誰だっけ?」
「千種司令。統合は田口幕僚長だけど、どうして?」
「千種さんか……あの方、こうなることを予測しておいて、あえて「かが」に国家機密システムを積ませたのかしら」
『だとしたら変だ、愛海。どうしてその事をアメリカ海軍が知っている?』
「日本に在住していた外国人がいたでしょ?」愛海は右手の人差し指を立てる。「日本にいたアメリカ軍人よ。スパイみたいな役割をしていたんだと思うの。アメリカ人を追い出したのと「かが」の改修工事が行われたのは条約が破棄されてから。情報が漏洩してもおかしくないと思う」
千種司令が何を考えているのかは分からない。ただ船に乗せるほど重要な事があるという事だけは断定できた。千種司令は至って真面目な人だ。それでいてお節介で世話焼きな子供好き。茉蒜や愛海とも中がいい為、愛海は彼の性格を充分理解していた。
「一週間もしたら舞鶴に帰るし、その時に聞いてみてもいいかな。逢鈴はどうする?」
「悪いけど私は御免。私、千種司令はあまり好ましい人と思っていないの」
「そう……」しょんぼりとした愛海の声を聞いて、『遠回しに「嫌い」発言したな、垂井二佐。何かあったのか?』と吉川が聞いてきた。
「過去にちょっとしたいざこざがあったのよ。嫌いな人が嫌いで悪い?」
『悪かねぇさ。俺もあまり上には好かれてないからな』
「私も好かれてない……」
後ろで聞いていた艦橋メンバーは「この人達も苦労しているんだなぁ」と同情の視線を向けていた。それと同時に、リモート員、吉永の付けるヘッドホンにモールス信号が流れてくる。
「艦長、他艦より伝達であります。「敵艦はたった今日本海域へ侵入、直ちに警告、場合に撚っては威嚇を行う。各艦はそのまま待機せよ。尚、上層部の命令により、ひうち、はやぶさは、速やかに舞鶴港へ入港せよ」……との事であります」
「了解。吉川一佐、聞いていた?」
愛海の問いかけに『おう、バッチリ聞いていたぞ。こちらも信号を送ってすぐ帰投する。前は任せたぞ、愛海』と返事が返ってきた。
「……後ろにつくのはいいけど、機銃スレスレに撃たないでくださいね。あと煽り運転も」
『なんだ、疑ってんのか?』
「疑うに決まってるでしょう! 過去に私の部下から聞いたわよ、哨戒任務にあたっていたげんかいが、あなたの乗っていたミサイル艇「わかたか」の弾が当たりそうになって怖かったって!」
『ああ、その事か。大丈夫だ、可愛い可愛い教え子にそんな事はしねぇよ!』
「ほんとかしら……」
ここで言う煽り運転というのは、呉基地にいるひうち型多用途支援艦四番艦「げんかい」が呉警備隊として警戒任務を行っていた時、後ろにいたミサイル艇「わかたか」がげんかいを煽るように左右にゆっくり走行しながら運転していた事がきっかけである。この煽り運転は噂として呉のみならず他の基地にまで広まり、愛海の部下がげんかいに乗艦していた為その噂はすぐ耳に入った。相変わらずな先輩のやらかしぶりに少し呆れていたが、まさかその先輩がこうして後ろにいるとは考えられない事である。
「まぁ、いいわ。右舷速抜いて左舷速十ノット、面舵いっぱい」
指示を聞いた操舵員の
『愛海』
吉川の声が受話器から聞こえる。
『気を張るなよ』
「……分かってる」
逢鈴が愛海の頭にポンポンと手をやり「かがの副長は確か、市井ちゃんだったわよね?」と声をかける。
「ああ、うん。確かそうだったはず。
「愛海ちゃん、あの子と話した事あるの?」
「一度だけね。茉蒜と市井二佐、ねーちゃんの同期らしいから。今はどこにいるのかは知らないって」
「ふぅん……」
「でも」愛海は遮るように呟く。「私、防衛大の時に見たのよ。卒業生の名簿に恋海の名前が載ってるのを」
愛海が防衛大二年生の時だ。本を読むのが趣味だった愛海が防衛大の中にある図書館で本を探していた時、偶然歴代の卒業生が載っている名簿を見つけたのだ。開いてみると、茉蒜、典子の名前の下に「汐奏恋海」と書かれており、初めは幻かと思った。
「逢鈴は、茉蒜や市井二佐が防衛大にいた時は班長やっていたの?」
「いいえ」首を振って逢鈴は答える。「私が班長を担当し始めたのは、ちょうど卒業した後だったわ。それ以外に副班長もやった事があるけど、それはあの子達が入ってくる前だもの」
「そっか、じゃあその時の班長に聞いたら分かるかな?」
「かもしれないわね。あらいけない、針路ずれてるわよ。CICに連絡して」
通信員がCICへ連絡をとる。CICにいる
愛海はその声を聞きながら、どこまでも続く海を見つめていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます