威嚇

「ユービー2、どうだ?」

 雲より低く、されど海より高く。戦闘機の中で亮は、並行に飛ぶもう一つのYF─23Jに乗るユービー2、良介に話しかける。

『オリスカニーは初めて見たなぁ。写真では見た事あるけど』

「そうじゃない。この角度だと丁度お前がオリスカニーと被って見えないんだよ。戦闘機はいるのか?」

『いるな。しかもあれはF─22じゃないか。YF─23Jこれの元になった戦闘機と競い合った戦闘機だ』

「戦闘機戦闘機と聞いていると、ゲシュタルト崩壊を起こしそうだな」

 警戒態勢が続く。オリスカニーの甲板上のF─22は、未だ動く気配すらない。エンジンもかけておらず、キャノピーも閉めていない。

 敵意が無いということなのだろうか。亮は飛びながら少し考えた。茉蒜の言うように、アメリカから導入したこの新型戦闘機を試す為に戦争をしかけているのか、それともただ単にアメリカが戦争屋なだけなのか……。

『二人共、状況は?』

 茉蒜の声が聞こえる。『発艦する様子も無いし、何がしたいのか……』と呟いた良介の声も耳に入れながら、

「俺も何がしたいのかが分からん。それがハッキリしないと、俺達はどうすることも出来ない」

『まぁ、そうよねぇ。こっちからしかけてしまえば敵意むき出しだし、かと言って何もしないのもちょっとね……』

「通信はどうなっている?」

『応答無しよ』

 啖呵切った茉蒜のため息を聞きながら、亮はまた考える。甲板上にいるF─22の数は、見えているだけでも三〇機以上はあると分かる。残りの五〇機は格納庫に閉まってあるのだろうか、出撃させているのだろうか。

『ん?』

 良介がなにか気付いたように短く声を上げる。「どうした?」と亮が聞くと、

『艦載機が三十九機……?』

「数えたのか。それがどうした」

『俺、アメリカ海軍って数ぴったりに艦載機を乗せる律儀な奴らだと思ってたんだが、違うのか?』

『それってどういう───』

 茉蒜の言葉がそこで途切れる。

「艦長まで、どうしたんだ?」

『艦載機……待って。一機足りないってことはどこか上空を飛んでいるはずよ、二手に別れて探して!』

「とは言っても、俺達が向いている方向には何もいないぞ」

『その逆方向よ!』

 茉蒜は「かが」がすぐに方向転換できないことを分かっていてこの事を言っていた。

退! あいつら、私達の補給から潰す気なの!』

「何……ッ!?」

 すぐにUターンしてかがの方向へと飛んでいくユービー1。ユービー2、良介もそれを追いかけるように後ろへついて行く。

『あいつらの目的は日本の軍事力をなくす事。それをするには補給から潰すのが手っ取り早いのよ。クソッ、やられた……ッ!』

 珍しく悪態をついた茉蒜の声を、亮と良介は耳にしかと入れていた。

 

 ***

 

「補給艦? 分かった、探してみる」

 音羅があたふたしながら補給艦の位置を探っている間に、茉蒜はマイクで戦闘態勢を呼びかける。「かが」は対空戦にはあまり向いていない。いくら速射砲が増えたからと言って、全てが全て撃墜できる訳でも無い。

「なんで気づかなかったんだろう……」

「艦載機を乗せてあたかもこの艦艇に敵意を出していると見せかけ、その間に補給艦を轟沈させようと目論んだって訳。

 つまり私達は、まんまと米海軍の思うツボに嵌められたってことね。ちっ、汚い手を使うわね……」

 典子も珍しく不機嫌そうに声を上げる。この二人がこれだけ言うという事はそれほど危険な状態である事を、航海長の努、操舵員の姶良や真理は知っている。長年二人のそばで乗組員として共にしてきた通信員の葵でさえ、今まで二人のこの態度は見た事がない。

「大変な事になってるんですね、艦長?」

 丁度艦橋内の階段から上がってきたのは、支援管制官の曽奈そな洋子ようこ二等海佐だ。茉蒜とは永遠のライバルとも言える洋子は茉蒜の三つ下で、最近二佐に昇級したばかりだった。基本的に航空管制室、CIC、艦橋と全て担当しているのだが、三つのうちどれかに呼ばれなければ本人が勝手に艦内を動き回っているため、亮や雅美、良介でさえ姿は見た事ない。おそらくこの艦内では三番目に偉いであろう人物である。

「洋子、なんであんた……」 

「広瀬空司令が今色々と動き回ってて忙しいから、様子を見てきて欲しいって。私は基本的に色々と回って勤務している人ですから。それ以外に何があるんです?」

「口の利き方には気をつけた方がいいわよ、曽奈ちゃん。ただでさえあなた達仲悪いんだから……」

「おぉ、市井先輩まで。怖いですねぇ」

 二つ縛りにした焦げ茶色の髪の毛を揺らし、洋子はわざと怯えた振りをしてみせる。茉蒜はそんな洋子に対して、まるで妹を構っているかのような可愛さを覚える。茉蒜と洋子、本当は仲がいいのだ。しかし茉蒜の方が素っ気なくしてしまう為、周りからは仲の悪い二人だと思われているようだ。この誤解は晴らせないものかと、洋子は何度も思っていた。

 典子からあらかた事情を聞いた洋子は、「オリスカニーねぇ……なんでこのタイミングで補給を狙うんですかね」と少し不思議がっていた。

「どういう事? 曽奈二佐」

 洋子と同い歳である姶良が首を傾げる。

「んいや、補給艦を潰す為だったら、直接港に行って、出港前の補給艦を潰さない? ってお話。あたしが米海軍だったらそう指示するね」

「どういう事?」

 姶良が続けて問いかける。

「もしもあたしが米海軍だったら、ってお話だよ? とりあえず港をほかの米艦艇と手分けして潰して、補給を出来ないようにする。そんでもってついでに、日本に空襲みたいな感じで街の方へ向けて射撃、発砲。海元にある基地が破壊されて、日本人の海自官死者多数。そうすれば、手っ取り早く軍事力を無くせるでしょ?」

 その場にいる誰もが凍りついた。もしそんな風になったらたまったものでは無い。しかし、今の米海軍がそれをしていないだけでも一つの救いとも言えた。

「意外と怖いこと言うのね、洋子……」

「あっはは! 艦長ほどじゃないですよ〜!」

「なんだと!」

「でもそう考えてみれば不思議ね。港に行けば資材を破壊できる、ついでに補給艦も潰せる……なのに、どうしてやらなかったのかしら。私達が出港していたから?」

 顎に手を当てた典子が、同じく不思議そうに声をあげる。

「見つけた。ここから後ろに約五〇〇メートル先、今から行くとしたら五分くらいかかる」

 音羅が補給艦の位置を特定したようで、モニターを見ながら淡々と言う。

「艦長、ユービー1と2、発艦させてんでしょ?」

「え? ええ。今頃追いついている頃じゃないかしら」

「そんなに速いんですかね、あの戦闘機? アメリカの試作機をモデルにしたとは聞いてますけど、強いかどうかは操縦士の力量次第ですし、何とも言えないですね」

 受話器を手に取った茉蒜は、

「ええ。だけど誰にも負けないって……そう信じてるから」

 その言葉には何も言わず、洋子は亮達と連絡を取る彼女を見つめる。その面影がやはり、工藤俊作と似ている。

 課業外とプライベートでは、敬語を外すほど非常に仲がいい二人。時には一緒に出かけるほどだ。しかし体型からして茉蒜の方が妹に見えるため、身長一六五センチの洋子は茉蒜よりも歳上と勘違いされることが多い。そう言われても、何故か満更でもなさそうに見える茉蒜がとても不思議だった。

 身長をからかわれることは、茉蒜にとって頭を撫でられることと同じくらい嫌なことなのだ。それを知っているからこそ、典子でさえからかうことをしないのに、洋子がすると何故か真逆の反応をする。典子も典子でその点だけは不思議に思っていた。

 洋子が海上自衛官になったのには理由がある。それは実の曾祖父である海軍軍人の井上成美いのうえしげよし元海軍大将がきっかけだった。井上成美は、練習戦艦「比叡」の艦長や、二等巡洋艦「宗谷」の乗組員であり、海軍軍人の中で最後に大将に昇任した人物だ。しかも、かの連合艦隊司令長官である山本五十六や米内光政の右肩に仕えていたのである。幼い頃からそれを聞かされてきた洋子は、いつか曾祖父のようなかっこいい人になりたいと小学校から思い始め、元から成績の良かった洋子は典子や茉蒜が防衛第四年の時に防衛大生になった。

 茉蒜は血縁が工藤俊作と関係があるため、俊作の顔を知っている洋子はどうしてもその面影が似ている、という訳だ。洋子の二つ下の汐奏愛海しおかなでまひろ二等海佐は、実の祖父が海軍軍人な為だと、以前聞かされていた。

「洋子、仮眠取る時ちょっと艦長室に来てくれる?」

 そう茉蒜に言われ、彼女の方を向く。課業中は何があっても欠伸をしない茉蒜が、今日は珍しく口に手を当てて欠伸をしている。相当眠いのだろう。

「ん、いいですよ」

 大した話は出来ないけど、という言葉は飲み込んで、洋子は茉蒜から視線を外す。今日の海はざわついている。匂いからして、もう時期雨も降る。ざわざわとした空気に気圧けおされながら、洋子は少し遠くにいるオリスカニーを細目で見ていた。

 ───その時だった。ドォォンと激しい音が響き渡り、艦内が大きく揺れる。バランスを崩した茉蒜が艦長席から落ちそうになるも、洋子がギリギリで彼女の身体を抱えるようにして掴んで止める。

「一体何が……」

 状況が掴めない茉蒜はそう一言呟く。つかの間、CICから通信が入ってきた。

『CICより艦橋へ! 艦長、左舷速射砲に米海軍の弾が命中! 一基やられました!』

「他の被害状況は!」

『ディーゼル員が一名負傷! 意識はあります!』

「応急処置を急いで! 看護長への連絡を忘れずに!

 それにしても、とうとう仕掛けて来たわね……どうしてこんな時に!」

 典子は前を向いたまま不服そうに呟く。

 パラパラと雨が降ってきた。もう時期海も荒れるだろう。

『ユービー1より艦橋へ! 艦長、大丈夫か!』

 続けてユービー1、亮から通信が入り、「生きてるわよ! それより見つけた!?」と少し声を荒らげた。

『あぁ、お前の予想通りだ。F─22が一機、補給艦「ましゅう」に向けて向かっていた。俺が後ろをつけた、発砲許可を!』

「了解、許可するわ。状況に応じて撃墜も許可する。オリスカニーは任せて、そっちは頼んだわよ」

『……了解!』

『了解しました!』

 二人分の返答が聞こえ、茉蒜は受話器を元の位置に戻す。

「まさか艦長になって戦争をする事になるなんて……思ってもいなかったわ」

「あたしも戦争に巻き込まれるなんて思ってもいなかったや!」

「ごめんねみんな……もう少しだけ、着いてきてくれる?」

 艦橋メンバーの方を向いて頭を下げた茉蒜に、

「一緒に乗り越えましょ」と姶良、「いえ、これくらいは!」とはなだ、「死ぬまでついて行く」とみのり、「ようやく役に立つ時が来ました」と音羅、「艦長らしい謝罪だな。そう言われたならついて行くしかない」と努。

「死ぬ時は貴女と一緒。それは防衛大の時からの約束でしょう?」

「いつもお世話になってるし、戦略ならあたしに任せてください! ここにとっておきの物があるんですよ!」

 そう言って手に持っていたとある書物を茉蒜に見せる。顔を近づけて見る茉蒜。横から典子が顔を出し、同じくそれを見る。

「ああ! なんでそんな貴重なもの持ってんのよ!」

 

 その書物の題名は───。

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