失礼なやつ

「取りあえず、艦内案内するから。広いし、離れないようにしてね」

 かがの艦内で、歩きながら茉蒜は悠長に言う。

「お言葉ですが艦長、提督……元へ、司令は?」

 良介の言葉に、「いない。今回のテスト航海で司令するのは私と副長しかいないわよ」と即答する茉蒜。

「こんなチビが艦長か……」

「失礼ね浅野三尉。私あなたより年上なんだけど」

「年上だからこそです。あなたのようなチビ艦長ではとても不安です」

「ちょっと亮!」

 雅美が止めに入る。茉蒜は「いいよ別に、好きなだけ言ったらいい」と冷たく返した。

 とは言え、内心は結構傷ついていた。チビ艦長と何回も言われた末、それも本人自身悪気がないのだから。

「さて。ここがみんなの部屋ね。左の扉から順に、田口ちゃん、浅野君、岡田君ね。私はここに居るから、荷物置いてきてくれる? さすがに荷物持ったままだと重たいし、その後に案内するから」

「分かりました!」

「ご命令とあらば」

「亮、そんな堅いこと言うなよー!」

 三人がそれぞれの部屋に入っていったところで「あ、そうそう」と茉蒜は思い出したように声をあげる。

「その扉、自動扉故に自動ロックだから」

 プシューッと扉が閉まり、三つ同時にカチャンと子気味のいい音がする。

「……え?」

 三人同時に口を開き、部屋を出ようとする。

「あとそのロック、私の持ってるあなた達分のカードキーじゃないと開かないから」

 続けて茉蒜が言ったと同時、「か、艦長! 開けてくださいよぉ、それは理不尽ですって!」と雅美が不安げな声で言う。

  茉蒜はすぐに三人の部屋の扉を開け、少し意地悪そうに笑っていた。

「ふふ、冗談よ。はいこれ、失くしたら非常時以外出られないから注意ね。まぁ私がマスターキー持ってるからいいけれど」

 三人にカードキーを渡し、「荷物は置いた?」と問いかける。

「言われなくとも、置くだけなんですから数秒もかかりませんよ。過保護なんですか?」

 亮が不服そうに呟くと、茉蒜は少し考えて口を開く。

「稀にいるの。決して私が過保護なわけじゃないから安心して。乗組員の命は保証するけど」

「そのような発言をなされるから、俺達は信用を無くすのです。理解力が乏しいですね」

「浅野三尉、なんて?」

「いえ何も」

 二人の会話を見ていた雅美と良介は同時に思う。

『この人たちくっつくパターンじゃね?』と。


「さて。ここが司令室ね」

『司令室』と書かれたプレートの部屋のカードロックをマスターキーで解除し、静かに開ける。

 広さは艦長室よりもかなり狭い。中央に長方形型のテーブルが置かれており、大体五人ほど入れるスペースしかない。

「……映画で見るよりかなり狭いかも」

 雅美が呟くと、「あら、どこの艦艇もこんな広さよ?」と茉蒜は言い返す。

「何かあったらここで指令するから、その時は艦内放送で知らせるわ」

 カードロックをかけ、次の部屋へ案内する。

 次に案内された部屋は操艦用の艦橋。操舵輪やジャイロコンパス、テレグラフなどを扱う船の中枢部だ。はなだや姶良が、三人に向けて敬礼してくれた。

「操舵員長の山下姶良だよぉ。階級は三曹。この艦橋の中では一番階級が低いんだ〜」

「支援管制官、准尉の海嶋はなだですっ! こう見えて、あなた達よりも階級が低いのよ?」

 二人がそう挨拶をする。

 姶良は二十七歳、はなだは二十六歳。三人にとっては先輩と後輩のような存在だが、階級はどちらとも三人よりも下だ。歳上に敬語を使われることに違和感を持ちながらも、「それでそれで〜」と、姶良は一人の男性を指さす。

「航海長の宮﨑みやざきつとむ。二等海尉だ、よろしく頼む」

 航海進路を書いていた鉛筆を置き、焦げ茶髪の努は三人に向けて挨拶をした。

「情報員、木曽川きそがわ音羅ねら。一等海尉」

 その隣、音羅と名乗り愛想悪く挨拶した、癖毛の多い髪を一本にまとめあげた人物は不機嫌そうに顔を顰め、三人を見つめる目はどこか虚ろだ。

「木曽川一尉、挨拶くらいきちんとしないとダメじゃないの」

 音羅の隣にいる女性が声をかけた。

「むー……だって興味あらへんもん」

 ぷいっと顔を背けた音羅にため息をつき、

「ごめんなさいね、音羅はいつもこうなの。大丈夫、仏頂面な時は特に悪い印象は持ってない証拠だから」

「ちょっとみのりさん?」

「私は通信長の井上いのうえみのり。三等海佐よ、よろしくね」

 おそらく長いであろう黒の髪の毛をひとつにまとめて団子にした緑目のみのりは笑いながら三人を見据える。

「どれも個性的な子達ばかりねぇ……」

「みのり、近いわよ。三人とも引いてるわ」

「おっとこりゃあ失礼!」

 三人から離れていくみのりをよそに、指摘をした女性はひとつため息をついて、掛けている眼鏡を指で押し上げやがて口を開いた。

「副長の市井典子よ。よろしくね」

 前部艦橋にいるのは、艦長含め八人。意外と少ない、と三人は思った。

「あの、どうしてこんなに艦橋関係員が少ないんですか?」

 疑問に思ったのか、良介が口を開く。

「第二次世界大戦の「加賀」とは違って、この戦闘空母はコンピュータが発達しちゃって、乗組員もそこまで必要がなくなったの。だから、この空母に乗っているのは……約三五○人ほどしかいないのよ」

 副長の典子が茉蒜の代わりに説明すると、「なるほど……それでこんなに人が少ないのですね」と納得したように呟いた。

「艦橋が広いように見えるものそのせいね、きっと。後部艦橋に行けばもっと広いわよ」

「あー……あそこはやばいねぇ。航空管制室なんか特に」

 苦笑いで呟いた茉蒜に「そんなにやばいんですか?」と雅美が質問する。

「やばいよ。案内するわ。あとよろしくね」

 そう言い残し、茉蒜は艦橋の皆に手を振り後にした。

「……みのり、どう思うと? あの茶髪の男の子」

 四人が出ていったあと、音羅がみのりへ向けて問いかける。

「え? えーっと……浅野君、だっけ?」

「そ。あの子、どっか才能ば隠しとー気がするんよ。それにあの顔立ち……まるで艦長が言っていた小さい頃に会ったって言っとった……」

 音羅がうんうんと考えだすあまりに、「まぁ、人違いだといいねぇ」と苦笑いをこぼして言うみのり。

 みのりのそばにいる典子は、その話を耳だけで聞きながら同じく何かを考え込んでいる様子だった。

「副長も気になるのですか?」

 みのりは典子に声をかける。

「ええ、まあね。なんせあの子は……」

 そこまで言ったところで、典子は口を閉じて何も言わなくなる。

 みのりはこの時、典子が何を言いたかったのかを薄々感じ取っていた。だからなのか、みのりはクスッと笑い、「親友ってのは大変ですね」と、意地悪そうに典子に言った。

「……ほんと、なんであんな子の面倒見なきゃならないのかしらね? 同期として苦労するわ」

 口角を上げ、典子はそう呟いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る