第17話 悪霊怨霊パラダイス


 場所はまた廃砦。前と違う箇所を言えば、冒険者や猟師がまるで年に二回のイベントのように大勢集まっているということだ。数は優に三桁は超えている。各々が好き勝手に野営をしているのだから、現状を的確に表すなら大規模イベントに集まった参加者だ。例えばコミケに集まった勇士たちが適切だろう。


「ここまで多いとはな。どうする? 既に廃砦を探索してる奴らだっているぞ。情報の優越がある俺たちが廃砦に入っても、後を付いてくる奴がいるかもな」


 偶然に隠された通路を見つけました。なんて上手く行く訳がない。


「そうなっては私が破滅します! 何か別の方法を考えましょう!」


「別の方法なら、今いる人たちを逃げ帰らせるってのいうのも手だけど……。お兄さんはどう思う?」


 今いる者たちの全員が臆病者なら現実的な方策だ。だが、全員が全員そんな性格な訳がなく、ラハヤの考えは非現実的に思える。


「……少なくとも俺たちが大衆の監視の中で動く訳にはいかない。今この場に集まってる奴らはいわば商売敵だ。俺たちが奴らから認められれば多少は自由に動けるが」


 マッチポンプで甚だ心苦しいが、俺たちが破滅せずかつブラックリリーが捕まらないためには信用が必要なのだ。堂々と探索できる口実を作るにはこれしかない。それは一瞬だけでいい。どうせ、すぐに帝都から旅立つのだからこの難局を乗り越えられれば良いのだ。


「どうするにしても今晩は野営の必要がありますね……」


「お兄さん。野営の準備をするなら食料を確保したいと思うんだけど、一緒に来る?」


「ああ、それなら行こう。モイモイとクーは待機だ」


「ええ、分かりました。お気をつけて」


 俺とラハヤは狩りに出かけた。しかし、いつもと違い動物の姿はない。結局獲れたのは雷鳥のような鳥が二羽だけだった。相当この森に異変が起きていると見える。


「獲れたのはたったこれだけか……。流石に少ないな」


「お兄さん。日が暮れてるから戻ろう」


 日が暮れて怨霊たちが襲ってくるのは常識だ。


 そして、その常識を律儀に守り怨霊たちは襲ってきた。


「……お、お兄さんあれはなに?」


 ラハヤと俺の前に、泡を吹きながら目の焦点が合ってない鹿が現れた。その鹿は首をガクガクと揺らして『ヒィ~~ヒィ~~ンィ~~ヒィゴ~~!!』と鳴き声を発している。『ヒィヤァァァ!!』と悪鬼の如く叫ぶ鹿もいて、俺は腰が抜けそうだった。


 しかも、同じような鹿が八、九匹ほどが俺たちを囲っている。


『ヒィィ~ヤアァオオォォォ~!!』と鹿が叫ぶとまた同じような不気味な鹿が数匹姿を現す。完全に囲まれていた。


「お、お兄さんどうしよう……」


 俺に言われてもな。だが、とんでもなく異常事態だってのは分かる。


 銃袋から猟銃を取り出す。弾刺しから実包を取り出し弾倉に五発、薬室に一発装填する。出し惜しみなしの全力でなければ、この場は乗り切れない。


「この場を切り抜けてモイモイと合流しないとな」


 俺は一番近い悪霊鹿に向けて発砲。続けてラハヤが悪霊鹿を射抜く。絶命した鹿たちは、泡を吹きながら倒れて悍(おぞ)ましく痙攣した。


 じりじりと距離を詰める悪霊鹿を撃って倒すが、数が一向に減らない。


 それどころか、悪霊に憑りつかれた兎やら狸やら鳥たちが俺たちを囲む。ついにはラハヤが腰を抜かして尻もちを付いた。


「ラハヤさん!」


「ど、どうしよう。こ、怖くて、あ、足が……」


 半分体が溶けたような獣までが居る始末で、ラハヤが戦意喪失している。俺でさえ、叫び声を上げそうなほどだった。


「ここを切り抜けてモイモイと合流しよう。あいつはアホだが実力はある」


「う、うん。分かった」


 俺は発砲する。ラハヤも尻をつきながらも敵を射抜いた。


 倒れた鹿はミミズのような気持ち悪い触手に覆われ、どろっと溶けて消えた。それを見た時点で、俺は恐怖の余り膝が生まれたての小鹿のように震えた。情けないが怖い物は怖いのだ。


「……ラハヤさん。俺の背中に」


「ご、ごめん。……た、立てない」


 ラハヤが恐怖の余り涙目になっている。こんな彼女は見たことがない。ぶるぶると震えるラハヤは、立つことすらままならないようだった。


 ラハヤを抱えて走り出す。俗に言うお姫様抱っこの形だったが、感慨にふける余裕などない。逃げる俺たちの前に、新たな悪霊や怨霊に憑りつかれた鹿や猪たちが姿を現した。その数は優に二桁は超えている。


「ああ、くそっ! どうしたらいいんだ……!!」


 じりじりと俺は後退する。腰の抜けたラハヤを降ろすなんて酷いことは出来はしない。


 俺たちの周りは、悪霊に憑りつかれた獣たちで溢れ返っていた。


 ラハヤの盾となるように覆い被さる。痛いのは嫌だが、死なないならこうするしかなかった。


「お、お兄さん!」


「大丈夫! 俺が盾になる!」


 奇声を発し首を振りながら迫り来る獣たち。


『キィィエェェェ!!』


 辺りが昼間のように明るくなったかと思うと、悪霊に憑りつかれた獣たちが光に包まれて消滅した。

 

「そこのお前たち無事か!?」


「……その声はキセーラ!?」


 凛とした声。それは神聖処女隊のキセーラ・マクセルだった。これで助かったとは素直に喜べない。なぜなら彼女たちエルフがいるということは、この騒動が広範囲に影響を及ぼしているということだ。ブラックリリーがもし捕まれば、俺たちに罪をかぶせてくることも考えられる。手も足も引っ張られてしまう。


 しかしながら、そのようなことを考える暇さえない。


 突如ラハヤの腰から紐で吊るされた二羽の鳥が、奇声を発しながら俺とラハヤに襲い掛かったのだ。


『ケェェェェエエ!!』


「……ひぃっ!!」


「あ゛だだだだっ!! 痛ってぇっ!!」


 ラハヤが青ざめて俺の胸に顔を埋め、俺は頭をつつかれた。この鳥は死んでいるはずなのに、これではB級パニックホラーだ。


 二羽の鳥がキセーラによって射抜かれ、浄化されて消えた。悪霊とか怨霊とか幽霊とかの類は、俺のいた世界ではフェイクの存在だった。それがこの世界では実在して危害を加えてくるのだから恐ろしい。


「大丈夫か!? 早くこっちへ来い!」


 木を足場に駆けるキセーラを追い、モイモイが待機している場へ出た。エルフたちが結界を張り、冒険者たちや猟師たちが逃げるのを支援している。阿鼻叫喚の冒険者や猟師たちは、かわいそうなぐらいに震えていた。深きものどもを見た探索者のようだ。


 結界の中にいる彼らは恐怖の余り放心し、モイモイも震えながら虚空を見つめている。ラハヤにとって仕留めた鳥に襲われたのが、正気度にクリティカルヒットだったのだろう。ぶつぶつと呟きながら空を見上げていた。


「廃砦へ向かった者は戻ったか?」


「キセーラ様。廃砦へ向かった者たちも保護しております。ですが、こうも怯えてしまっては……」


「誰かハープでも弾いて落ち着かかせてやれ」


 キセーラの指示を傍らで聞きながら、魂の抜けたラハヤとモイモイを見て俺は溜息をついた。二人とも幽霊の類が苦手だったとは、今回の依頼は相性が悪すぎる。俺ですら正気度が直葬されかねなかった。


「シドー。なぜお前がここにいるんだ?」


「それはこっちの台詞だろ」


 こうして話している間も、結界の外は悪霊怨霊に憑りつかれた獣や鳥でごった返している。どったんばったんの大騒ぎだ。ここへ逃げて来る冒険者たちの悲鳴が、背景音楽と化していた。現状の酷さに頭が痛くなってくる。


「私は神聖処女隊を辞めて帝都へ移動していたんだ。そこで本国から派遣されたエルフたちにこの騒動を聞き、手を貸すことにした。ここまで大騒動だとは思わなかったがな」


「……廃砦に行っている者はいないんだよな?」


「ああ、そうだ」


 エルフに保護された者たちは戦意喪失。廃砦に行っていた者たちも逃げ帰った。これなら小細工を弄さなくてもいい。問題は当てにしていたラハヤとモイモイが戦えなくなってしまったことだ。


「……俺一人で行くっきゃないか」


 辺りは既に暗闇で、暴発や誤射の危険性をなくすために猟銃から実包を抜く。脱包という操作だが、ただでさえ大混乱な現状では最重要だ。


「その黒い杖は使わないのか?」


「ああ、夜は使えない」


 俺は立ち上がって、焚火の近くで放心する仲間たちを一瞥すると廃砦に向かって歩き始めた。とことこと聞こえる足音に振り返ると、クーが後ろを付いて来ていた。


「クーは一緒に来てくれるのか?」


「……」お座りして首を傾げるクーに、俺はしゃがんで頭を撫でようと手を伸ばす。今回ばかりは頭を撫でさせてくれるようだった。


「待て。私も行く」


「結界の維持はいいのかよ?」


「今自由に動けるエルフは私だけだ。適任だろう?」


 俺としては監視がついたようで素直に喜べなかったが、頼もしいのもまた事実。心境は複雑だ。


 こうして俺とクーとキセーラの即席パーティが結成され、廃砦へ足を踏み入れた。

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