第11話 錬金術師の依頼

 

 職人街のはずれに妙な建物があった。前衛的なオブジェやら酷い臭いを漂わす花が植えられている。家主が劇的なリフォームに、微妙な表情をした時と同じ顔を俺はしていただろう。


 見るからに怪しく、他の建物と比べて異質過ぎる。巨大な木をくりぬいて家にしたような外観だだ。もちろん本物の巨木を利用した訳ではない。わざと似せて作っている。


 玄関の扉にある小さなベルを鳴らす。チリンチリンという音を期待していたのだが、期待に反して何故か重い鐘の音が鳴った。これは何故だろう。見た目からの常識が違い過ぎて笑わざるを得ない。


「どうぞ中に入って!」


 家の中から女性の声が聞こえて来た。頭の逝かれたエルフは女性らしい。


「失礼します」と言って入ると金髪碧眼で貧乳のエルフがいた。


 そのエルフは液体の薬品が入ったガラス瓶を腰にぶら下げて、ガスマスクのような仮面を頭の上に乗せている。彼女の周りにあるのは錬金術用の道具や薬品だ。


「ハ~ロ~」


 ふよふよ浮いている綿毛の塊のような白い物体が、俺に挨拶をする。実に奇妙な生き物で小さな目がある。この世界は毛玉も飛んで英語を喋るらしい。


「ああ、えっと。ハロー」


「サブロー。そこの頭変木の樹液が入った瓶を取ってくれるかしら?」


 彼女はどうやら俺を古川三郎と勘違いしているようだった。


「いや、俺は三郎さんとは違いますよ」


 振り返り驚愕した彼女は「あなたは誰?」と訊ねる。どうやら古川三郎と面識はあるようだが。


「鹿室志道と言います。ラーファさんにお願いがあって」


「あなたはサブローの知り合い?」


「知り合いと言うか、彼は俺と同じ人種で……」


「……サブローがてっきり帰って来たのかと思っていたわ」


 古川三郎はエルフのラーファと親しい関係だったのだろう。


「サブローさんは随分昔に亡くなっていたようですけど……」


 言った直後に俺は失言をしたと思った。俺の言葉を聞いた彼女が涙を流して号泣を始めたのだ。元の世界に恋人がいたであろう古川三郎が、この世界でも恋人を作っていたなんて思いもよらない。


「……サブローが亡くなっていたなんて」


「今日は依頼があって来たんです」


「……無煙火薬のことかしら?」


「あれ、何故分かったんですか?」


 ラーファが俺の背中にある銃袋を指さした。


「サブローが似た物を持っていたから。あなたみたいに後生大事に包んではいなかったけれど、私の目にはそれがサンパチシキと似ている物だと分かるわ」


 一種の透視能力か、彼女には物の本質を見極める能力があるのか。それは分からないが話は早い。


「それを作ってほしいんです」


「当然だけど、タダって訳にはいかないわね。私だってサブローのために研究して作れるようになったのよ。あなたには相応のことをやってもらう」


 俺は身構える。頭の逝かれたエルフという前評判がそうさせた。


「幻獣を一頭獲ってきて。ユニコーンの角を持ってきてくれれば無煙火薬を作ってあげるし、全身ワキガの糞ドワーフに作り方を教えてあげる」


 ドワーフのことになると途端に口が悪くなるようだ。頭の逝かれたというのも、ドワーフがエルフに対して使う蔑称に思える。


 しかし、作成方法まで教えてくれるとは。


 俺は理解できないだろうが、ドヴァさんなら理解出来るだろう。随分と話の分かるエルフだ。


「作り方までいいんですか?」


「だってもうサブローはいないじゃない。なら私だけの秘密は終わり」


 ラーファが寂しそうに言った。彼女は無煙火薬を自分だけの秘密にして、古川三郎を自分の元へ繋ぎとめていたのだ。なんと純情でいじらしい人なのか。


「だからユニコーンを狩って来てくれたら全部教えるわ」


 ユニコーンといえば一角を持った白馬である。猟師の血が見たこともない獣を獲って見たいと騒ぐ。だが、決して楽ではないはず。今までの経験上はそうだった。


 このユニコーンとやらが雷を落としてきても何ら不思議はない。山火事を引き起こした奴もいるのだから、様々な可能性は考慮すべきだ。


「言い忘れてたわ。非処女と非童貞はぶち殺されるから気を付けてね」


「あ、はい。気を付けます」


 何という獣だ。男の天敵ではないか。ユニコーンと対峙すれば童貞だとバレて社会的に死に、非童貞は物理的に死ぬ。…………一人で行こうかな。いや、でもなぁ。


「それと秘密の狩場はこの地図に記されてるから貸してあげる。無くさないようにね」


「ええ、ありがとうございます」


 斯くしてユニコーン狩りを依頼され、宿屋へ戻ると罠を仕掛け終えたラハヤとモイモイが戻っていた。二人とも食材の入った袋を抱えている。魔狼のクーも背中に食材の袋を背負わされていた。ここは安宿で料理が出ない。自分たちで作るしかないのだ。


「あ、お兄さん。お帰り」


「ただいま」


「シドーさん、シドーさん。罠猟って一日じゃ終わらないんですよ。知ってました?」


 初の罠猟に行ったモイモイが何故か得意げに話す。ない胸を張るほど自慢したいらしい。


「知ってるに決まってるだろ」


「全く面白くない男ですね」


「うるせぇ。それよりも手伝って貰いたいことがあるんだよ」


 ミディアムヘアの灰金髪を、ポニーテールにしたラハヤが厨房から顔を覗かせた。


「うん。何でも言って」


「ユニコーン狩って来いって言われた。何があるのか予想できんから同行してくれ。もちろん獲った獲物の報奨金は三人で割る」


 俺はラーファから貸してもらった地図を机に広げた。


「シドーさんって大口の依頼を受けられるぐらい凄いのですか?」


「成り行きでこうなっただけ。お前も借金抱えてるんだから手伝え」


「それはもちろんです! あ、こうするのはどうでしょう? 報奨金は三人とここにいるクーで割るというのは」


 性質の悪いゴブリンみたいなことを言い始めた。それは結局、俺とラハヤが四分の一ずつ貰って、モイモイは四分の二を掠め取るということだ。頭を小突いてやりたくなった。


「阿保ぬかせ。いつも通りの分配だ」


「お兄さん。行くのはいいけど、私たちの仕事が終わってからでいい?」


「もちろん」


「いやぁ~。これで大金が手に入りますねぇ。角が一番高く売れるんですよ」


「角は依頼者が欲しがってる。残念だったな」


「……割に合わない仕事になりそうです」


 気落ちしたモイモイが自室へと戻って行く。どうやら調理を手伝わないらしい。

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