第8話 帝都へ至る道


 魔獣を討伐した俺たちは、冒険者組合から銀貨六〇枚の報奨金を貰い、狩猟組合からも害獣駆除の報奨金として銀貨三〇枚を貰った。


 さらには魔獣の胃から魔石と呼ばれる赤石が、これもまた銀貨一〇枚分で売れた。俺にはこの魔石がただの胃石にしか見えなかったが、モイモイが説明するには魔力のこもったありがたい石だそうだ。


 この日の朝方に帝都ゲルト行きの駅馬車に乗り込む。他の行商人たちのキャラバン隊の荷馬車二両と、冒険者の馬車二両が護衛に就き俺たちは出発した。


 ガタガタと決して乗り心地はいいとは言えないながらも、馬車に乗ること自体が滅多にない経験だ。荷台で揺られる俺やラハヤ、モイモイの顔もどこか楽しげであった。魔狼のクーは既に寝ている。


「古代ドワーフの遺物ってなんなんだ?」


「魔法が使えないドワーフが使っていた魔法の杖ですね。宮廷魔術師が良く研究してます」


 それが鉄砲のことなら、案外簡単に弾薬問題はどうにかなりそうだな。


「でも、それで滅びそうになったんだよね?」


 ラハヤの捕捉説明に、俺は先ほど思ったことを取り消した。今までトントン拍子で上手くなんて行かなかった。俺は既に二回、いや三回は死んでいるような目に遭っているのだから、安易な楽観は止めておくべきだ。何かが原因で火薬の知識が失伝していることもあり得る。


「ええ、大陸を支配していた古代ドワーフが、洞窟暮らしになるまで落ちぶれた要因と言われています」


「諸行無常……っとと。馬車が止まったな」


 御者の男が説明するには、日が落ちる前に野営の準備をするらしい。というのも夜に灯を点けたまま山の街道を行くのは、野盗に襲われる危険があるとのことだ。


 これから五日も移動に掛かるというのに、早くも味わいたくない緊張感だ。物騒な得物を持った冒険者八名が護衛に就くというから、街道の治安は決して良くないとは分かっていた。だが、俺としては紛争地域に派遣されたような心持ちである。血みどろ道中にならないように祈っておくとしよう。


 何事もありませんように……


「あんちゃんたちが客かい?」


 冒険者の男が話し掛けて来た。彼は重装備で大きなハンマーを背中に背負っている。


「今回は炊事車付きの行商人も一緒だから運が良かったな。八日の旅で不味い飯を食わなくて済む」


「あー、そうなんですか?」


「おうとも。飯が不味ければ俺たち冒険者が仕事途中で放棄するなんてのもある。飯の美味さは大事だぜ」


 面白い話を聞けた。一時の飯の美味さが大事だと言える彼らは、現代日本では考えられない死生観を持っている。美味い飯を食べることが彼らにとっては、依頼を受けるかの要因足り得るのだ。だからこそ、キャラバン隊の馬車の一つが炊事車付きだったのだろう。


 野営は馬車を円形に障害物とした真ん中で行われた。警戒を厳にしたということだ。


「あんたらは猟師だろ? 俺たちは魔獣や魔族を討伐してきたが、あんたらの話も聞かせてくれよ」


「自分たちで獲って食べるのは格別に美味しいよね。ね、お兄さん」


「ん? ああ、まあ、ただ出された料理とは違うわな」

 

 焚火を囲んでの談笑。料理人が料理を持ってきた。


 さきほど捌いた鶏の肉と芋が入ったポトフ。鶏の胸肉のフライドチキンに、人参やこの前食べた野生のアスパラガス。それに芋とキノコを加えてのバター炒め。今では食べ慣れた黒パンだった。


 そして嬉しかったのは麦酒ばくしゅが振る舞われたことだ。最初こそキンキンに冷えている訳ではなかったが、冒険者の一人の女魔法使いが氷魔法で冷やしてくれた。いやはや、異世界の食事事情は珍妙さにあふれている。


「お兄さん。麦酒には胡椒を掛けても美味しいんだよ」


 ラハヤが俺の麦酒に胡椒を振りかける。俗に言うスパイスビールの一種だろう。ぐびっと飲んでみるとこれまた美味い。


「お! こいつはうめえや」


 肉料理に合う麦酒だろう。丁度、冒険者の一人が串に刺さった焼き鳥を持ってきた。


 はぁ~! さいっこう!


「なんだか悪くない気分だ」


「まあ、旅路は陽気でないとやってられませんよ」


「旅は楽しんで、出会った人とは思い出を共有しないと損だよ。お兄さん」


 ラハヤもモイモイも酒が入っている。


 お二人さんは酒を飲んでも良いお年頃なんだな。


 顔を上気させた二人。そこへカンテレのような弦楽器を持ち出した冒険者が演奏を始めた。小気味良いリズムと彼女が口ずさむポルッカのような民謡に、俺たちの雰囲気は最高潮に達する。冒険者たちは踊って歌い、俺たちや行商人は手拍子で盛り上げる。楽しいひと時だった。


 演奏が終わり、酔っぱらったラハヤが俺に寄りかかり、モイモイはクーをベッドに寝ている。何とも華美な初日だった。


 元の世界では経験したくとも経験できなかっただろう。異世界特有の貴重な経験に今は感謝だった。


 その翌日の夕方頃である。


 異世界特有の貴重な経験が俺を襲う。


 こんな経験したくはなかった……!!


 野盗襲来である。


 一列に山道を進んでいた俺たちの前に、野盗の一団が道を封鎖していた。さらに運の悪いことに後方からも野盗が迫り、客の俺たちと行商人たちは荷台に隠れている。


 外は冒険者と野盗の、時代劇さながらな殺陣たてが繰り広げられていた。野盗の悲鳴と、剣戟の音が響いて聞こえてくる。


 ちらっと外を見ると流血現場が見え、俺は引きつり笑いを浮かべるしかなかった。


「いやぁ、ほんとあれですね。ここまで野盗が能動的に襲ってくるのは稀ですよ。新しく付近に砦でも構えたのでしょうか?」


「呑気だなお前」


「ラハヤさんには負けますよ~」


 俺は眠りこけているラハヤを見た。昨日の宴会で飲み過ぎた彼女は、昼からずっと寝ていたのだ。この状況で良く寝れるな。


 昨日のバカ騒ぎの翌日でしっかり働いてる冒険者たちは流石というか、野盗たちと互角以上に渡り合っていた。と、この時点では思っていた。


「また野盗が来やがった!」


 どうやら野盗のおかわりが来たらしい。


「カーマイン! 狙われてるぞ!」


「ぐわぁぁあ!!」


「くそっ! カーマインがやられた!」


 後方を守る冒険者が悲鳴を上げている。彼らは押されているのか、誰かが負傷したのか嫌な予感がひしひしとしてきた。客とはいえ、俺たちがこうしているのも罪悪感がある。


「俺たちも行ったほうがいいんじゃ?」


「何言っているんですか。私たちは客ですよ」


「それどころじゃねえだろ流石に」


「じゃあ、その猟銃を使うんですか?」


「いや、これは駄目だ」


 猟銃は人に向けて使う物ではない。いくら強力でも越えてはいけない一線だ。山刀やナイフも然り。猟の道具に人間の血を吸わせたくはない。


 けれども、冒険者の彼らとは一時でも同じ釜の飯を食った仲なのだ。見捨てるのは、俺の良心に反する。もしも彼らだけで戦って俺たちが事なきを得たとしても、これから一週間近く彼らと旅をするというのに顔を合わせ辛くなるだろう。例えるならば、PKO派遣で友軍が交戦した際に活動拠点で待機を命じられた時のもやもやに近い。


「え、本気で行くんですか!?」


「ちょっと行ってくる」


 俺は生身だけの身軽な恰好で荷台から降りた。


「本当に行きましたよあの男。素手で」


 後方を守る冒険者たちは倍近い野盗を前に膠着状態だった。その内の一人の戦士風の男冒険者が、膝に矢を受けて仰向けにひっくり返っている。幸いにも彼は生きているようだ。昨晩に氷魔法で麦酒を冷やしてくれた女魔法使いも、魔力切れなのか肩で息をしていた。


「君は客だろう! 何やってんだ!」


「あー、一応助太刀に……」


 重装備で大きなハンマーを背中に背負った冒険者が驚き、俺は後ろ頭を掻く。


 ……勢いで来ちまった。


 目の前の野盗は五人程。道幅の狭くなった山道での奇襲は、彼らが手慣れていることの証左である。


 今でも体が反応してくれるか不安だったが、俺は前に進み出て構えた。


「素手で何ができる! 馬鹿野郎が死ねぇ!!」


 右手にダガーを持った野盗が切りかかる。それを俺は、左手で野盗の右手首を持つと同時に顎を右掌みぎてのひらで押し上げると、左足を踏み込んで後ろに崩し、右足を野盗の右足に掛けて転がす。すかさず倒れた野盗の顔面に突きを二度、加減なしで加えて気絶させた。


 十年以上のブランクでも体は素直に動いてくれたな~。


 少し安心した。


「この野郎調子に乗りやがって!」


 俺の背後から長剣で切りかかる野盗を一本背負いで投げ飛ばし、倒れた野盗の顔面に突きを見舞う。


 なんだよ楽勝じゃねえか!


 どや顔になりつつある調子に乗り始めた俺に、これまた当然の如く災難は風を切ってやってくる。風切り音と共に飛んできた矢が、トンと俺の頭に刺さった。


「お客さん大丈夫ですか!!」


 仲間の治療を終えた女魔法使いが俺に駆け寄る。


「え? だ、大丈夫ですよ……」


 矢を引っこ抜き地面に捨てると、俺は羞恥に頬を熱くして顔を両手で覆った。久しぶりに格好良く決めるはずがどうしてこうなるのだ。やはりブランクか、俺はやっぱりおっさん化したのだろうか。恥ずかしさと悲しさが同時に込み上げる。


「あの、矢が刺さってませんでしたか?」


 ばっちり見られていた。


「あ、いえ……」


 あーくっそ恥ずかしいんですけど!!


 冷静に分析しても、やはり恥ずかしさに顔が上げられない。心底心配してくれる彼女の優しさが今は痛い。ラハヤに見られなくて良かった。今のは絶対に幻滅案件だ。


「ひぃ!! 化け物!!」


 残った野盗が俺を化け物呼ばわりして逃げ帰った。弓矢を持った憎き野盗も、恐怖におののき木の上から落ちて逃げ出した。


 何やら前方から焦げ臭い匂いが漂う。モイモイが戦っているのだろう。


「あ、後ろがどうにかなったんで……。あの、俺、行きますね」


 前方で六名ほどの野盗と対峙しているモイモイは何やら、魔力を高めているようで杖を高らかに掲げていた。


 ラハヤは怪我をした冒険者たちの治療に専念しているようだ。


「あ、お兄さん。後ろは大丈夫なの?」


「……まー、何とか」


『格好良く決めて来ました』と断言できればどんなに良かったか。ラハヤと目を合わせられない俺だった。


「炎渦よ! 汝の敵を灰へと帰せ! 火焔旋風フレイムホワールウィンド!!」


 その時だった。上級魔導士ハイメイジモイモイが本当におバカだと分かったのは――


 野盗の足元に魔法陣が展開し、炎の渦が熱風を伴った旋風を巻き起こす。泣き叫びながら巻き込まれた野盗たちを空の彼方に吹き飛ばした。それだけでは飽き足らず、顕現した炎の渦は周りの木々も焼き、盛大な山火事となって俺たちの前方を塞いでしまったのだ。


 ……ど、どうするんだよこれ。


「見ましたかあの威力!! パァーっと燃やしてやりましたよ!! はぁーはっはっはっは!!!」


「お前はバカか! この惨状どうすんだよ! 大惨事じゃねえか!」決め顔のモイモイに俺は流石に怒りを覚え「は、早く消火しないと!」ラハヤは消火しようと慌てて荷馬車に戻る。他の冒険者たちや行商人たちも大慌てだ。


 決死の消火活動は夜通し行われた。その結果、大事な水を全て失ったのは言うまでもない。異常に気が付いた帝都近くの関所から、兵士たちが早馬で来てくれていなかったら水なしで一週間サバイバルをする羽目になっていただろう。


 こうして俺たちは疲れ果てながらも、帝都ゲルトに辿りついたのだった。


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