4-2 2018年9月6日 - いつまで続くのかしら、この三文芝居

 そのとき、道から公園に入ってくる二人の人影が見えた。

 ここは児童公園だ。小さな子どもとその保護者が来る場所で、俺たちのような思春期の人間は本来は来ない場所だ。

 こんな場所に入るのは俺たちだけだろうと思っていたら、俺たちより一つ二つ上の高校生とおぼしく男子二人が入ってきて、俺たちに近寄ってくる。

「君たち、何しているの?」

 話しかけた男子の顔は極めてにこやか。少々笑い気味。

 人づきあいに慣れない佐倉さんの顔から表情が消えた。話しかけた男子はそれを見て、俺たちは『友好的ですよ』と言いたげに笑いかける。

 先に言ったように、年の頃は俺たちの一つ二つ上で高校生だろう。二人とも私服。いったん学校から家に帰った後か。話しかけた男子は1950年代の女優の顔が入ったTシャツとスキニー、ちょっと髪の毛が明るい。もう一人はミリタリージャケットとカーゴパンツの両方がカーキ、これは狙ってるな。二人ともなかなかのイケメンで、女の子受けは良さそうだけど、遊び人のにおいを隠そうともしない。

 もう一人が高加良に、笑みを浮かべて文字通り見下す。

「男子一人に女子三人、こんなきれいどころ集めてさあ、そんな贅沢していいの?(笑) 俺たち入れて三対三でちょうどいいんじゃない?」

 俺たち男女のペア二組だし……俺が女子の勘定に入ってる!

 ここはバシッと言ってやらないと。

「あの、俺、男ですから! 男女二人ずつでバランスとれてますから!」

「君~、友達守ろうってのは分かるけどさぁ、柄じゃないでしょ? 駄目だよ~、君みたいなきれいな子が『俺』なんて言っちゃあ(笑)」

 Tシャツ男子は女の子をひっかけたいという欲望丸出しで作ったスマイルを俺にゼロ円で提供する。中学校の連中はなんだかんだ言って俺が男だとわかっているから本気で誘ってくるやつはいないが、これは「本気」だ。俺の身体中にさぶいぼが出そうだ。

 相沢さんは顔に敵意丸出しだし、佐倉さんなんか表情が消えて以前の「怪物」に戻っている。俺含めて「女子三人」から好意を得られているようには見えないのだが、ナンパを仕掛ける二人は小娘を落とすのはチョロいとばかりに余裕綽々。どうすればいい?

 そんな中、高加良は落ち着いて、俺が手に持っているダイエットコーラを見た。

「楠木さん、さっきお手洗い行くところだったよね? 邪魔が入っちゃったけど、女の子なんだから、遠慮しない方がいいよ」

 こら! 「さん」とか「女の子」とか言うな! 別に便所に行く気も無いし。

 ……あ、そういうことか。ここは話に乗ろう。

 男子二人に、ばつの悪そうな顔を見せて、少々科(しな)を作るぐらいで。

「そうなんです。お二人が来る直前に、お手洗いに行こうとしていたところで。ちょっと失礼しますね」

 俺がゆるゆるとその場から離れると、ミリタリージャケット男子が後ろからついてきた。

「なに逃げんの? 別に悪いことしないからさあ」

「本当に、そこのお手洗いに行くだけなんです。戻ってきますから」

「変な奴が来ないように見張っててあげるからさあ」

 ミリタリージャケット男子は、俺が人を呼ぶのを警戒して、すぐ後ろをぴったりついてくる。望むところだ。来い!

 児童公園の隅っこに、壁が薄い公衆便所がある。安い作りで、入り口に扉はなく、男子の小便器は外から見える。

 俺は間違えることなく男子の小便器の前に立った。小なら貯めてなくても少しは出る。俺はズボンのチャックを開け、小便器に小水をちょろちょろと落とした。ミリタリージャケット男子は見た。俺の股間を。

「やべえ! こいつマジで男だ!」

 素っ頓狂に裏返った声に、Tシャツ男子の動転した声が重なる。

「嘘つけ! それが男の訳ねえだろ!」

「マジで『ある』んだって。こんな変態、つきあってられるか!」

 ミリタリージャケット男子が公園の出口で手招きすると、Tシャツ男子も連れだって公園から逃げていく。

 俺はズボンのチャックを閉めて二人に怒鳴り返してやった。

「こら! 人を変態とか言うな!」

 いや、逃げてくれて正解なんだけど。ただ、気持ちが、ね?

 俺が気落ちして公衆便所からベンチに戻ってくると、高加良はケラケラと笑っていた。

「誤解が解けてよかったじゃないか」

「あんなもん、他人に見られたくないわ」

 相沢さんは呆れたように俺を見る。

「というより、そもそもあんたが女の子らしくなければ、あんな奴らも寄ってこなかったでしょうけれどね」

「その件なんだけど、この中で誰かbocketで引っかかってないか?」

 俺たちはそれぞれのスマホを見せ合った。その中で高加良のスマホに「女の子と街を歩いてたら、まとめてナンパされた。マジへこむ……」とあった。

「高加良のせいじゃねえか!」

「この呪いを送った奴が悪いんだろ」

「高加良を守れなかった私のせいだって言うの? もっと弱くて好きな子を守れないあんたが?」

「それを言われたら言い返せないけどさあ……」

 三人で責任のなすりつけ合い。まあ、無事に終わった後だからできることなんだけどさ。

 そんな俺たちを見て、佐倉さんがおずおずと。

「私なんかじゃ、男の人も声をかけませんよね」

 まったく疑問に思っていない佐倉さんの表情。俺たち三人は一瞬固まったと思う。いかん。佐倉さんに責任や気まずさを感じさせてはいけない。

「まあ、bocketの呪いで起きたことだから、佐倉さんは気にしなくていいよ」

「気にしてませんから」

「……うん、そうだよね」

 相沢さんは冷ややかに。

「いつまで続くのかしら、この三文芝居」

 いや、いいんだ。佐倉さんの笑顔が見られれば。

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