2-3 2018年8月30日 - 呼び出されたのはどうしてだ?

 だが俺には一つ気になったことがある。高加良が「当たりそうな気がするんだよね」とほのめかしていたことだ。そこには意図が感じられた。しかし、高加良を指名したのは先生だ。そこに高加良の意思はない。先生に当てるよう頼んだとも考えにくい。だとすると、たまたま、なのだ。

 予言なんて、できるわけないんだから。

 もうどうしようのなくて、午前中だけでも疲れ切ったところに、給食が終わって昼休みになってから、俺のスマホにメッセージの着信ががんがんと入り始めた。あまりに入るから無視していたけど、10分ぐらい経つとそろそろスルーできなくなって、俺はスマホを見た。

 Stringの通知が14件。時間的に先頭は別のクラスの土方だった。


  楠木は bocket はやっているか?

  やっていたら吉崎の友達申請を

  拒否しないでくれ

  そして「土方に誘われて受理した」

  と俺にメッセージをくれ


 吉崎。その名前が唐突に出ていた。

 吉崎は、まあなんだ、非行とまでは言わないけれど、素行の悪い奴だ。弱い奴へのいじめ日常的。授業も無視がデフォ。

 ここは田舎だから私立中学校がなく、地域の公立中学校には相沢さんのような優等生から吉崎のような崩れた奴まで「そこにいたから」という理由で全員集められる。俺は正直、早く吉崎との関わらないところに行きたい。それがなにが友達だよ。


                    吉崎と友達になるわけないだろ


 String でメッセージを返した。その一言でいい。

 次に届いていたのはこれも別のクラスの田代からだった。


  吉崎が bocket で友達申請したら、

  俺から話が来たってことにして、

  受理してくれないか お願い


 その次は同じクラスの福本からだった。


  bocket で吉崎から友達申請があるとおもう

  から、受けてくれ

  証拠画面をスクショ撮って送ってくれ


 嫌な予感がした。

 次々Stringのメッセージを見ていくと、14件全部、bocketで吉崎と友達になってくれというものだった。

 これはきっとなにか裏で回っている。俺が誘ったことにしてくれ、ということは、脅されてるって線もある。脅されている奴らには悪いけど、俺だって関わりたくない。「関係ないんで」「やめとく」「冗談じゃない」etc…… 届いたメッセージに一つずつお断りを返した。

 そしてbocketを見ると、友達申請が多数届いていて、その中に吉崎からの申請が届いていた。電話番号で追加したらしい。誰か教えたな。躊躇せず拒否した。

 その後は、考えを変えるよう勧める、あるいは脅すメッセージがいくつも届いた。同じ教室の奴からは睨まれもしたけど、全部無視してやった。

 こうして5時間目を迎えて、授業中は静かながらも、どこか空気が険悪だった。授業が終わったとき、何人かが俺の方を見て、そのうち、俺にStringでメッセージを送っていた福本が俺に寄ってきた。

「String、読んだか?」

 福本の口調は少々なじるニュアンスを含んでいた。だったらこっちだってけんか腰で行く。男子だし(女顔でも)。

「あんな話、のるわけないだろ」

「断ると、もっと悪くなるぞ」

 福本は脅しておきながら大事なところに触れない。

「だから、何があるんだよ? 本当のこと言えよ」

「bocketで友達申請を受ける、それだけだよ」

「なんか裏があるんだろ?」

 俺と福本が次の一言を探しているとき、教室のドアの向こうから、別のクラスの檜原(ひのはら)君が入ってくるのが見えた。

 檜原君は、成績では常に相沢さんの上を行き主席が定席なのだけれど、別に勉強なんかしなくても全部記憶できる奴で、余った時間を洋楽や文学にフル活用している。

 一つエピソードがあった。世界で一番有名な文学賞に受賞の噂が毎年立ちながらも逃してきた作家の新作が出たとき、読んだかと話している同級生の前でこう言い切ったらしい。「ジャズも聴かないで、あの作家の小説が分かるのかね?」

 かといって体育の成績が悪いわけではなく中の上。持ってる人間は何でもできるという見本だ。マンガ・アニメしか知らない同級生たちをまともに取り合わない。それを怒れる奴は学年にいない。

 それだけの人間がなにかと思ったら、まっすぐ俺の方にやってきた。

「ちょっといいかな。楠木君、お取り込み中かい? 今すぐ話がしたいんだけど」

 ラッキー! これで理由をつけて福本から逃げられる。

「檜原君、俺は空いてるよ」

 まあ福本は怒って当然だ。顔に出てる

「楠木、俺の話が先だろ!」

「どう聞いてもいい話じゃないから」

 それに比べて檜原君はどうだ。スマイルを浮かべている。

「楠木君、ここじゃなんだから、ちょっとついてきてもらえないかな?」

「ええ、いいですよ」

 福本が声を荒げる。

「なんで檜原ならいいんだよ」

 俺は福本につきあう気はない。

「信頼の差じゃね?」

 檜原はきびすを返すと俺を手招きした。俺は福本に「わりぃ」と一言告げてついていく。福本は叫ぶ。

「どうなっても知らんぞ」

 俺は後ろを見ないで返した。

「捨て台詞をありがとう」

 教室を出た檜原についていくと、俺たち三年生の教室が続くところの端にある階段にさしかかった。

 階段を見下ろすと、踊り場に、今日ずっと問題になっている吉崎がいた。いつもつるんでる取り巻き二人が一緒だった。

 通り過ぎたいな。って、檜原君、階段を降りないでよ。すれ違うでしょ。

 しかたなしについて行くと、檜原君は吉崎の前で止まった。

「吉崎君、連れてきたよ」

 え?

 なんで吉崎に?

 どうして檜原君と吉崎が仲良く話してるの? 手を組んでるの?

 頭に疑問符だらけの俺を置いて三人プラス一人は互いに分かっているようでにこやかに笑っている。

 言い訳する気がないほど脱色した髪をツンツンに立てた吉崎は、右手をズボンのポケットに入れ、左手を俺にむかって上げた。

「よう、俺っ娘。久しぶりだな。元気か?」

 元気です。と言えるわけもなく引きつった顔をして黙っていたら、吉崎はその意をくんだようで自分から語りかける。

「最近bocketを始めたんだってな。俺が友達申請したの、拒否したろ? 友達になろうとしている人間を拒否するのは一番性根が悪いんだぜ」

 性根が悪いという言葉をこんな文脈で聞くとは思わなかった。俺は一呼吸置いて声がうわずらないように答える。

「今まであんまり関わりがなかったから、急になにしたのか分からなくて」

「これから仲良くしようっていうのに、断るのかよ」

 その声は実にフレンドリーで、仲良くが一番という道徳に照らし合わせれば悪人は俺の方だった。

「とは言うけど」

 そのとき。

 ジャラ!

 吉崎が手を入れている右ポケットから金属音がした。

 右ポケットの中は、この状況だと、凶器もあり得る。

 でも後になったら、それは俺の思い過ごしということにされて、金属音すらなかったことにされて、俺は憶測で吉崎を陥れたことにされるのだろう。

 どうすればいいんだ?

 なにも言えないでいると。

「おい、意識あるか? 黙ってんじゃねえよ」

 そして。

 ジャラ!

 俺は手のひらに汗をかいていた。

 吉崎は問う。

「スマホ持ってきてるか?」

 たまたま、ポケットにあった。取り出そうとして、手にかいた汗で滑るのではないかと怖くなり、腕を上げるのが遅くなった。

 スマホを出した俺を見て、吉崎は、承諾、と受け取った。

「仲良くしようぜ~」

 俺のスマホに通知が入る。無視が許されないここで見ると、吉崎からのbocketの友達申請だった。

 俺は「OK」を押した。

 吉崎は口角を上げてうなずいた。

 そのとき、チャイムが鳴った。6時間目が始まっていた。

 吉崎はいつも遅れているからかまわないだろう。檜原君は一回遅刻しても許されるだろう。評価を下げるのは俺だけだ。

 遅れて教室に入ってきた俺を、クラスの皆は、特に福本は、冷ややかに見ていた。きっと俺の顔に落胆が出ていたのだろう。

 6時間目は、授業中だというのに、方々からStringとbocketにメッセージが入っていた。もう、これ以上の被害はイヤだ。無視してやる。

 でも、それは通じなかった。

 6時間目が終わり終礼が終わると、福本に加えて田尻が俺のところにやってきた。周囲も、俺らを見てる。そこに高加良が俺の横について、二人でクラス全体と向かい合う形になった。

 福本が俺に言う。

「檜原との話はどうだった?」

「吉崎と友達にさせられた」

 田尻は俺の目の前でスマホを操作した。

「ここまで来たらさあ、クラスでbocketやってる生徒全員と友達関係になれよ」

 田尻の声に含まれている、怒気。

 クラスの大半が、俺を見る。

 俺のスマホには友達申請が届き続ける。

「だからさあ、なんで急にbocketで友達になれって脅すんだよ? 訳分からないだろ」

「ここにきて言えるわけないだろ」

 正面からの、拒否。

 そこで高加良が俺に声をかけた。

「楠木、俺から説明するから」

「言うな」

 後ろで見ていた笹森の制止だった。

 高加良は周囲の雰囲気を読まずあっけらかんとして言い切る。

「言ったら?」

 笹森が声にドスをきかせた。

「嬲るぞ」

 嬲るって…… 俺ならともかく(いや、嫌だけど)、高加良を嬲っても楽しくないと思うんだが。

 でも、その冗談も通じない空気がクラスに流れていた。ただ高加良だけが泰然としていて、空気に今にも亀裂が入りそうに見えた。

 これはもうダメだ。俺から謝ろう。

「高加良、もういいよ。みんなさあ、俺、友達申請受けるから、送ってくれよ」

 するとあの高加良が慌てた。

「楠木、しなくていいから」

「いいんだよ、こうなったら。俺も、対立するのは嫌だからさあ」

 俺のスマホに続々と友達申請が入る。俺は一つずつ「OK」を押していった。数十通届いたから、押し終わるまでに数分。

 それを高加良は隣から無言で見ていた。

「ありがとな。また、明日な」

 終わったところで声をかけたのは福本だった。その顔は、どこか笑っていた。

 俺だって自分が馬鹿だとは思いたくない。俺は笑われるに十分なことをしたのだろう。だけど、どうしてだ?

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