2-1 2018年8月30日 - 心が死んでる佐倉さん

 bocketを始めて2日目、朝起きるとスマホにはメールの他にbocketからの通知が届いていた。高加良と相沢さんからのボケが計2件。学校で聞かれるかもしれないから開く。相変わらずくだらない。高加良だってそんなにいつもいつも爆笑ネタを提供しているわけではないし、相沢さんにいたっては笑いのセンスは壊滅的だ。その二人から毎朝ボケが届いても、日常のつぶやきを読むのと同様の感想しか持たない。知ってるから相手の顔が見えて面白いけど、ネタとしての面白さはないんだ。

 高加良は積極的に勧めていたけれど、こんなアプリを始めても俺の日常はなにも変わらない。

 ほら、読むのも時間がかからないから、家を出て登校する時刻も今までと同じだ。

 俺は家が学校から近いから徒歩通学。もうちょっと遠ければ自転車通学できてかえって楽だったんだけど。同じ中学に向かう生徒を路上で見かけるけれども、呼びかけて会話を交わすほどの仲でもなく、相手もそれは分かっていて、お互いに距離を保ったまま学校まで無言で歩いていく。

 だけど今日は、通学路の半ばで、横道から俺の10mほど先に佐倉さんが出てきた。

 佐倉さんの家が俺の通学路の途中にあるのか、深い関係じゃないから知らない。そういえば、遅刻する生徒はだいたい決まっているけど、佐倉さんが日常生活で校則を破ったという話は聞かないから、もしかしたら普段は早い時間に余裕を持って登校しているだけなのかもしれない。

 そんなこんなで同じ道を歩いて、こんなに長い時間も佐倉さんを見ていたのは初めてだった。

 かわいい。

 俺が学校一の美少女であって欲しくないという欲目もあるかもしれないけど、そんな欲目なんてないと強弁できるほど、かわいい。

 通学路が曲がり角にさしかかったとき、ふと佐倉さんの横顔が目に入る。肩でそろえた髪と大きく開いた目と角がなくなめらかな輪郭が真っ先に顔の印象を作る。そこには「清楚な」を超えた華がある。なんというか、人間って動物だからしょうがない感じがなくて、アニメの美少女っぽい。鼻は細めだけど日本人の平均よりは高め。その下にあまり開かなそうだから食べるの遅そうだなと思わせる口。薄すぎず厚すぎない唇は明るい色。でもテカってないから、きっとメイクはしてないだろう。メイクなんて要らない。十分完成形だ。身長は女子にしては高く165cm前後か。細身だけどわずかながらメリハリを感じさせる。胸も、決して巨乳じゃないけれど、真っ平らな同級生も多いことに比べれば、たしかに「存在する」。俺が女装したって、このかわいさは真似できない。

 だけど…… 表情がよくない…… というか悪い。

 全てに無関心というか「等閑視」という難しい言葉を使いたくなるというか、感情が抜け落ちた空っぽな様から表情が動かない。

 人間らしくない可愛さと人間らしくない感情の欠落の融合。

 これは『怪物』だ。

 街行く人も、たまに佐倉さんを二度見する。ただ単に見惚れて、ではなく、少々怪訝な目で。こんな、良い方にも悪い方にも珍しい容姿をした人はそういない。

 俺も見ちゃう。見て、やましい気持ちになる。

 だから学校の門が見えたときには気まずさから逃げられると思ってほっとした。一瞬だけ。

 校庭から生徒の「やめて!」とか「見逃してくださいよ」という声が聞こえてくる。その横では教師が数人、特に目立つのがジャージを着た体育兼風紀指導教師が、生徒の鞄を強引に取り上げて開けていく。

 抜き打ちで持ち物検査やってるのか!。

 生徒は校門側で立ち止まるのだけれど、もうそろそろ予鈴が鳴るから、どうしても行かざるを得なくて、教師がしかけた網に引っかかっていく。

 俺は今日は変なものは持ってこなかったから大丈夫だ。それでも中を見られていい気はしない。好き好んで見せに行く変な奴いないよ。

 と思ったら、その変な奴がいた。

 「奴」という字は男のことだから、ちょっと違う。佐倉さんだった。佐倉さんは全くペースを落とすことなく教師の近くに歩んでいく。

 俺の横で立ち止まっていた男子生徒が前に歩き出した。俺も、同じことを考えてペースを落とさず歩き続けた。

 ここで後ろをついていけば、佐倉さんの持ち物が分かる。

 野次馬根性の男女数人が後ろにいる中、佐倉さんは体育兼風紀指導教師に捕まり、鞄を取り上げられた。

 まあ、性格に問題があっても、まさか学校にエロビデオDVDなんて持ってこないよね。

 って、え?

 エロビデオDVDを思い浮かべたのは、思い浮かべたのではない、目の前にあったのだ。教員が佐倉さんの鞄から掴み上げたそれはDVDのジャケットで、若い女性がすっぽんぽんでカメラに我が身をさらしており、裏には女性の恍惚とした表情の下方にモザイクがかかっていた。教員は慌てて生徒から隠そうとして、ジャージの下に入れようとたらネコババしてるように見られることに気づいてやめて、脇の下に隠した。

「佐倉、なんでこんなものを持ってきた?」

 ねめつけるような、でもどこかうわずっている教師の言葉に、佐倉さんは眉一つ動かさず、視線も教師を見ているのか分からない表情で、きれいな口で

「間違えました」

 と抑揚なく言った。

 教師は、まるで人形が言葉を発したことに驚いたかのように絶句した。周囲で生徒達がざわめく。教師は佐倉さんからざわめく生徒達に視線を向けて我を取り戻し、右手で拳を作ってブンと横に薙いで

「これは没収だ。お前らも見るな」

 と一喝した。

 生徒達は足早にその場から走り去り、持ち物検査をしていた教師は生徒達を捕まえられず、多くの生徒が持ち物検査を免れた。俺も免れた一人だ。

 しかし、今日はひどいものを見た。佐倉さんの美しい顔が実は特殊メイクで剥いだら爬虫類だった、というものを見せられたのとどちらが幸せだったろう? 佐倉さんと関わりなくてよかった。心の底からそう思う。

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