第11話 窮地

戦闘開始から15分余りが経った現在。

両軍の損害は以下の通り。

連盟軍(中露朝韓蒙連合艦隊)

潜水艦8隻

駆逐艦 11隻

軽巡洋艦 2隻

重巡洋艦 4隻

空母1隻

戦闘機38機

機甲兵42機

 損害率:約20%


日本軍(日本海軍第一艦隊)

潜水艦2隻

駆逐艦5隻

軽巡洋艦1隻

重巡洋艦3隻

汎用艦5隻

戦闘機12機

戦闘ヘリ21機

機甲兵37機

 損害率:約44%


数の暴力とは恐ろしいものだ。質で優っていても、圧倒的物量の前には無力だ。それが質も対して優越していないとなると、尚更だ。

今まで世界最大の艦隊として数的優位の玉座に踏ん反り返っていた我々が、数で押し潰されるのか。

眼前には敵の巨大艦隊が見える。我々の最期が、手の届く場所まで迫ってきているのだ。

『榊原隊城戸副隊長!回収完了!』

「城戸の機体は第3ブロックへ運べ!」

『攻巡『本紫』大破!後退します!』

『巡洋艦『菫』魚雷命中!撃沈します!』

『敵の旗艦から多数の巡航ミサイル接近中!』

「盾巡を前に出せ!残りは機甲兵と迎撃ミサイルにやらせろ!『本紫』は復帰できそうなら復帰!『菫』は切り捨てろ!」

『直上!敵航空隊!』

「CIWS!対空砲を使って撃ち落とせ!第二艦隊は何をしている!」

『ロシアの艦隊と戦闘中です!増援は期待できません!』

「第三艦隊は!」

『韓国艦隊との戦闘での被害が予想以上に出ており時間がまだかかるかと!』

『CIWSでの迎撃、間に合いません!』

『敵ミサイル着弾します!!!』

「衝撃に備えよ!」

ドドドドドドドドド‼︎

「まずいな、、!被害状況を報告しろ!」

『盾巡『竜胆』前面装甲の80%、右舷装甲の32%を喪失!『桔梗』は前面装甲消失!艦内は炎上が確認されていま、、うわぁ!!』

「どうした!」

『第3通信室!通信途絶!』

『こちら第二砲塔!伏兵です!伏兵が旗艦上部に!ステルス膜を張って密かに接近してきたものかと!』

「くそ、遂にか!敵の詳細は!」

『恐らくロシア軍の機体かと!数は6!』

「枕木隊は出せるか!」

『無理です!パイロットも機体もまだ準備できてません!』

『戦闘ヘリ、ロータス5機が援護に来る予定ですが、、!』

「ヘリじゃ無理だろうな!『滅紫』がいくら重層装甲だと言っても至近距離からの攻撃を受け続けては持たんぞ!!」

『司令!56番ブロック左舷予備機関室から浸水!!塞げ!』

「ブロックハッチを今すぐ閉じろ!前後方のどっちもだ!乗組員を気にしている暇は無い!!」

『第五、第八、第十一砲塔が破壊されました!』

「構うな!それより機甲兵を出して対応させろ!」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「こちらアレクセイ。シヴーチ中隊各員に告ぐ。これより敵艦隊本陣に乗り上げ奇襲をかける。これを素早く制圧し、艦上に我らの海軍旗をはためかせるのだ!アジア人に手柄を与えるな!」

『『了解!』』

「作戦開始!」

これが日本海軍の最大戦力、第一艦隊の旗艦か、、。

息を呑む大きさ。船の上でW杯のグループステージが全試合同時に開けるほどの広さだ。

これはさすがに過ぎた例えだが、少なくともロシアにはこれ程の大きさの艦船は存在しないだろう。

甲板、、というには丸みのある外殻に覆われており、上半分だけ見れば、空母というよりも巨大な潜水艦のようにも見える。

「ドミトリー!近くの砲台は!」

『既に片付けました。』

「よし。中隊各員!ただちに杭を撃ち込め!」

『了解!総員パイルショットガン構え!』

『撃て!』

地響きのような音ともに爆薬付きの杭が撃ち込まれた。

「退避しろ!」

『退避ー!』

ズドン。

鈍い金属音と爆発が起き、たちまち白煙が立ち込める。

「どうだ!」

『ダメです!一つも貫通してない!』

ちっ。いくらなんでも硬過ぎだろうが。

インド戦線であのペタ級超重戦車にダメージを与えた兵装だぞ。

「とにかく司令部に指示を仰ぐ。攻撃を続けろ!」

『了解!』

「おい総司令。言われた通り敵の本陣に1番乗りだ。」

『よくやったアレクセイ。旗艦を我がロシアが下したという事実が重要だからな。』

「しかしだな、そいつは無理そうだぞ。」

『何故だ?!西部戦線の"冷徹機械HeartLess"と呼ばれたお前に出来ないことなど無いだろう!』

「ネームドが万能だと思うなよ?こいつは物理的な問題だ。装甲が厚すぎるし船自体もデカすぎる。海での戦闘は初めてだが、、正直困惑してるぜ。普通こういうもんなのか、、?艦首から艦尾が見えないってのは。」

大艦巨砲主義もびっくりだぜ。

『隊長!』

「どうした?!」

『敵の増援です!前線から戻ってきた小隊かと!』

「小隊?お前らで片付けろ!俺はこの船を一刻も早くブチ抜かなくちゃなんないんだよ!」

『いえそれが、、!中国軍より共有された情報によると、敵の小隊長はネームドです!それも『絶対零度absolute』だと。』

「何?」

考え得る限り最悪の相手だった。

アルバトフが唯一勝てなかった相手。

やれるのか、、?俺に。

「司令官!聞こえていたな!艦は後回しだ!」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

『だいぶ好き勝手やられてますね。生駒隊長。』

「ジリ貧だな。こう艦隊決戦ともなると、我々の出番はほぼ無いがー。わざわざ旗艦に乗り上げて直接破壊しようとするとは舐めすぎだな。この艦を。」

『旗艦『滅紫』。全てを灰塵に帰す日本海軍の象徴たる戦闘空母。』

『そう簡単には沈みませんよ。それこそ核が落ちてもね。』

『それは流石に沈むだろ、、』

「おい。無駄話をするな。向こうの戦力は、幾らだ。」

『はい。機甲兵が17機と、、いや、それのみです。火薬を使った杭打ち機のような兵装で装甲に穴を開けようとしています。機体はロシアの物ですね。』

「何人まで相手できる。」

『4機なら。』

『では私は5機で。』

「わかった。隊長機と残りは私がやろう。」

3機の機甲兵はすうっと甲板の上まで降りてくる。

「散開。」

途端。3機は甲板上を3方向に滑るように飛んだ。

戦場に言葉は要らない。

腰からヒートソードを抜き全速で接近する。

海軍付きのエース級の機甲兵パイロットの多くが近接兵装を多用するのには理由がある。

それは機甲兵の操縦が一定以上に達すると、すぐに破壊できない上にリロードの隙があり、そのうち遠距離での攻撃が億劫になるからだ。

その点、特殊鋼や電熱線、レーザーによって作られた近接兵装は基本的に急所に当たれば一撃必殺であり、すぐには壊れず、隙も少ない。

それに海上機甲兵の機動力を乗せれば、銃など必要なくなるのだ。

ことこの生駒凍原はその先駆者であった。

彼の武器は兵装そのものの性能では無く、武技、というべき代物。

居合と、剣を構えての機動突撃だ。

「遅いぞ。」

急いでサブマシンガンを構える敵機甲兵をたちをすれ違い様に斬る。斬る。斬る。

圧倒的な速度。滑らかな旋回。撫でる様な剣筋。さらにその切先はブレて対応を追いつかせない。

ひとえに、"絶対零度"と呼ばれる男の迷いのないレバー捌きと、繊細な指捌きが編み出す、神業である。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

『マカールがやられた!ドナートも!』

『隊長!!奇襲は失敗です!撤退を!うわあっ!!』

『ここは我らが!隊長だけでもっ!』

まずい。これ以上部下を死なせるわけには行かない!しかし敵前逃亡したとあっては軍法会議に掛けられかねん、、。

ええい!不甲斐ない!情けない!この期に及んで我が身可愛さか!!!

冷静になれ。

敵は手練れ3機。こちらは12機。中には新兵もいる。ここで奴らを全員がかりで時間稼ぎしても意味がない。

ならば導き出される最適解は。

「ドミトリー!残存兵力をまとめて一時撤退しろ!ここは俺が抑える!」

『隊長!それは出来んですよ!あんたを失くすのは連邦全土の損失だ!』

「黙れ役立たず!!!!奴らに対抗できるのが俺以外に居るかよ!!」

『しかし!』

「邪魔だと言っているのだ分からず屋め!」


『、、承知しました。行くぞ!お前ら!』

『ご武運を。』

『必ず戻ってください!』

、、、うるせえよ。


「さて、、遊ぼうぜ。絶対零度absolute。」

追加装甲を外す。パイルショットガンを下ろし、腰からヒートアックスを取り出す。左手には60口径サブマシンガン。

防御を放棄する代わりに速度と火力を両立し、短期決戦での制圧を目的とした最終装備だ。

まずは敵の腰巾着のような2機が迫る。

相当な手練れのようだが、俺にとっては遅い!

サブマシンガンで弾幕の盾を作りながら急接近する。反撃は来ない。どうやら敵は自軍の旗艦が傷付くのを警戒して遠距離兵装を使わないらしい。

なら、容赦はしない。

煙幕を射出。射撃を続行しつつ二歩後退。

敵との距離は45メートル程だった。

ならば煙幕を抜けるまで凡そ6秒。

二機一緒なら散開して両側から差してくるはず、、。

「だったらここだ!」

右足で踏み込む。腰部を捻り、遠心力でアックスを振り抜く。

メキッと音を立てて、刃は敵の腕とシールドを破壊してコックピットの下まで達した。

「一体無力化ぁ!」

休む暇はない。既に右から新手の接近。

そして敵の持つ得物とその切先を、アレクセイは見た。

左足を前に、右足を後ろに。時計回りに旋回。敵の剣がコックピット前の装甲を削る。

スラスターで動く海上機甲兵は二足歩行で動く陸上機甲兵と違い、直ぐには止まれない。

敵はさながら、料理人の前に出された魚のような恰好。その背骨に、アックスを振り下ろす。

腰部から下を切断された敵機は、白煙を上げながら甲板を滑っていった。

「二体目。無力化、、!」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

『すいません隊長!機体が持ちません!脱出します!』

『ぐわあああ!私も脱出します!申し訳のしようもありません!!どうかご無事で!』

間抜けな部下の報告を聞き流しながら眼下の機体を見やる。

強い。

間違いなくこの戦場では指折りの戦士だろう。ロシアが誇る2人の機甲兵パイロット。

圧搾機械シールドマシーン冷徹機械ハートレス

力で戦局をこじ開けるのが前者なら、後者は技で正確に勝利を切り開く。

どちらがやりやすいかといえば、勿論。

「後者だ。」

猪突猛進系よりも、技巧を凝らして戦う奴の方が、わかりやすい。何故なら俺も同じだからだ。技は理論だ。理論により固められた柔軟性が無い偏屈な戦い方。それが技だ。

故に読み合いになる。故に隙が生まれやすく。

故に、俺が勝つ。

ゆっくりと得物を敵に向ける。

切先が揺らぐ。

「スラスター出力最大。」

いざ参る。

一呼吸の瞬間。飛び出す。音速に近い速度で両機は接近する。敵機が半歩下がる。これは突き、からの払い、そして上方斬り。避ける。

避ける。避ける。全身に巡らされた82機のスラスターを全て制御する。甲板からの距離を2cmに保つ。神経を集中させる。薙ぎ、払い、振り、相手の攻撃を全て読み切る!

そして見る。

敵の右足が数センチ後ろにズレるのを。右膝の関節が3度曲がるのを。これは脱力からの横一文字が来る。俺にはわかる。

だから、この一撃に賭ける。

手首を返す。切先が上を向く。

気づいてももう遅い。最小限で最大限の致命傷を与える、これが完成された技。そして刃の放物線は、敵機の中心部を捉えた。即ち、コックピット。そこを撫でるように斬り上げた。

シュパ。そんな音と共に、金属片が巻き上げられる。


しかし、血液は飛び散らなかった。コックピットはもぬけの殻。

どうやらすんでの所で脱出したようだ。


ドッ ゴゴゴゴゴゴゴ!!

凄まじい音。

「なんだ?!」

後方。そして自分が今いる旗艦から見て前方で爆発音がした。


直ぐに爆風が来る。

飛んでくる金属片からカメラを守りつつ遠くを見ると、敵艦隊から黒煙が上がっている。

あの方向は、、中国の北方艦隊か?。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

-日本海軍第一艦隊旗艦『滅紫』艦橋-

「よりによって旗艦に命中ですか。これは運がいい。」

副司令官、斑鳩は映し出される映像を見て口角を上げる。

「北方艦隊旗艦『玄武』!引いていきます!」

「他の所属艦も撤退しています!」

これで敵の陣形は崩れる。反撃の糸口が見えてきた。あとは第三艦隊と第二艦隊が間に合えさえすれば、、このまま後退すべきか、留まって味方を待つべきか。

「統制局の田中大尉と管制局の内海大尉に繋げ。」

あとどれくらい耐えられるのか判断しなければならない。

そして味方があとどれくらいで到着するのかを。

『こちら田中。』

「率直に聞く、この艦はあとどれだけ耐えられる。」

『長くて30分です。ミサイルは迎撃してるので兎も角、魚雷を喰らい過ぎていますからね。』

「それ以上は。」

『あとは轟沈するしかないかと。失礼ながらこの戦闘、状況を変える一手でもなければ、敗北必至かと。』

「やはり、、そうだな。ここに留まるともたないか。」

『あ、あの管制の内海です。第三艦隊は現在隠岐島沖90キロメートル地点を通過。第二艦隊は被害を受けつつも奥尻海峡を通過した所です。』

「・・・・」

管制局の報告にその場が静まり返る。


「艦長、これは、、」

静寂の後、斑鳩副司令が苦虫を噛み潰した様な顔をしながら言う。

これは。

「間に合わないな、、」


「汎用艦『ひょうご』沈みました!」

「汎用艦『わかやま』大破!航行不能!」

「駆逐艦『梅紫』『若紫』轟沈!」

呆けて居られる暇は無い。

畜生。

「右舷前方方向敵潜水艦、魚雷一斉射出!数20!距離60!」

まずい!

「30°回頭!」

「間に合いません!」

「良いからやるんだ!」

「やっています!」

ドドドドドドドド!!

水飛沫が上がる。

五本命中!

「副司令!」

「はい。」

「攻撃は任せます。」

「任されました。しかしこの後どうするので?」

考える。増援の可能性希薄。艦船数は絶望的。

しかし退けない。

導き出される答え。

マイクを近づける。

「全艦、全兵に指示を出す!命令は一つ。何を犠牲にしても良い!本艦を死守しろ!」

それはもう、勝利の放棄に近いものであった。

そして信じて戦う兵士への冒涜にも近かった。

しかし、少しでも"象徴"を生存させることで、敵に意志を見せる。最後まで戦う意志を見せつけることに賭けた選択であった。

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