第8話 狂犬

僕はどうすればいいかわからなかった。

目の前では日下部副長の機体が敵機の攻撃に追い詰められている。

第二甲兵隊は前線で戦闘中、第一甲兵隊の先鋒隊は最前線に置き去り、、今すぐに動けるのは僕だけなのに。

動けない。いや、動いて何ができる?

僕は今日が初出撃だぞ。でも、動かないと。

動かないと。後ろの艦隊が、殺られる。

殺らないと殺られる。殺るか殺られるか、どっちか。

恐る恐る、トリガーに指をかける。

「照準を、照準を、合わせないと。十字を、正中線に。」

ブレる。

何をやっているんだ僕は。

ただ、狙って、引くだけ。

訓練課程でもあれだけやったじゃないか。

狙って引く。

ねらってひく。

ネラッテヒク。

ネラッテ、、

引いた。


ズドドドドドドドド。

薬莢が視界の片隅でボロボロ零れ落ちる。

腕を押さえて振動を制御しようとするが、押さえきれない。

「ど、どうする。どうしよ。」

光線は虚しく逸れていく。

カキンッ

「あ、弾切れ。」

そう言って顔を上げた。

途端。悪寒が走る。

目の前にはあの敵機の顔があった。

そして確かに視界は捉えた。

振り下ろされるヒートナイフ。

引き伸ばされる時間。

今目の前に有る死の存在。


あれ?死ぬの僕。

なんでここで死ぬの?

僕は整備兵で、本当はこんな所で死ぬはずじゃなくて。

おかしい。

「おかしい。おかしいよこんなの。」

「そうだろう、千秋。だから我々がやり直すんだ。」

あれ?なんだこの記憶。

僕は黒い背格好の背の高い男と、隣同士で立っていた。

「人は愚かな生き物だからね、争いがやめられない。"会議"は人類を既に見限った。神の代行者たる我々が会議に代わり、人類への懲罰を加える。」

「どうやって?」

「自滅させるのさ。奴らは最終戦争を起こし、それによって破滅する。自滅する。アザトースも遅かれ早かれそうなると弾き出しているしね。そしてその状況を我々が作る。この世界線に、新たな地平を顕現させるのだ。」

新たな、地平の顕現、、

視界が遠い。


ガッッキィィィイイン‼︎

気づくと、振り下ろされるナイフを弾いていた。

自分も、相手も驚いていた。固まったような時間が過ぎる。

次の一手は、1秒の後だった。

ヒートナイフを逆手に持つ。直線に差し込まれる敵の得物を刀身の腹で逸らす。さらに上に跳ね上げる。敵も逆手に持ち替え、こちらの突きを瞬時に払う。瞬間。敵の蹴り上げ。避ける、が、視界が塞がる。でも関係ない。

敵の足を裂く。途端。接近する敵。お互いナイフを突き出し、それを避ける。隙だ。予備のナイフを取り出しざまに斬りつける。間隔は5メートル。それは敵のむき出しのコックピットを裂くのに、十分過ぎる間合いだった。

一文字、敵機の胸部に線が走る。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「血。いっぱい。」

『どうしたヒョン!どうした31号!』

「あ、あ、あ、」

『何やってる早く確認を取れ!何があった!おいヒョン!声を出せ!報告をしろ!』

「赤い、赤いよ。博士。」

『出血したのか!どうにか答えろ!』

切先は届いていた。

そしてその先端は僅かにヒョン・サガンの太腿を裂いていた。

コックピット内が鮮血で染まる。

「痛い?痛い。痛い痛い痛い痛い!痛いよ博士!!」

『どうした?!何を喋っているんだ!ヒョン!ヒョン・サガン!』

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「この子は何処で。パウウェル博士。」

「知りたいかねタン研究員。こいつはな!この子はな!ルーマニアでな!はは!コンスタンツァの路地で生き倒れていたんだぁ!今にも神とご対面しそうな様子でな!名前はな、ヒョン、ヒョン・サガンと言うらしい!はは。韓国人だし、丁度良いだろう。はは!愉快な出会いだった。運命的ですらあった!さあ、ヒョン。ヒョン・サガン。君は僕のものだ!もう神の元へはやらん。お前は不死身の、兵士となるのだ。はは。」

博士?

ーーー

「おお!ヒョン。愛しい私の31号!実験が順調そうで何より。君が今のところ一番成功に近い。他の出来損ないとは訳が違うと、私の直感が言っている。明日は違う実験をしよう!」

博士。

ーーー

「これから少し痛むぞヒョン。だが我慢するんだ。お前は最強の兵器になるんだからな。兵器に痛みなど不要!克服する事で君はさらに価値のある存在に、、」

博士!

「なんだねヒョン!不安だろうが大丈夫だ!私が付いてるし、すぐに良くなる!そして素晴らしい結果がきっと得られる!さあここに座って。」

ーーー

あ、あ、あああああああああああは、くし、

「我慢するんだヒョン!男の子だろう!おい!モルヒネを投与し続けろ!」

「もうこれ以上の投与は危険です!」

「博士!失血量が15%を超えています!中止しなければ貴重なサンプルが死んでしまう!」

はく、し、いだいよ 

「馬鹿者め!ここでやめたらいかんのだ!わたしには神が付いているのだぁ!」

あかい、まっか、あかくて、いたくて、

ーーー

「逃げろ!」

「31号はどうするんだ!」

「何バカ言ってんだ!を見ただろ!俺らも殺されるぞ!」

「パウウェル博士は!」

「置いていけ!どっちみち助からん!」

はくし、はくし、手を繋いでおさんぽ、まっかな、おさんぽ

「31号、、!な、なんてことを!こ、こっちへ来るな!化け物め!お前は狂ってる!」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「はは、は、ははははははははははははははははははははは!真っ赤だはははははは!」

『ヒョン?おいどうした!』

「わはっ!ははっ!くくっ!ははは!はくしぃ!だのしいねぇ!おざんぼぉ!」

『おいおい!おかしくなっちまったのか?!どうにかしろよ研究員!』

『31号!31号ヒョン・サガン!私の声が聞こえますか?』

「ねぇ博士。まだ僕遊び足りないぃいい!」

ヒョン・サガンにはもう、誰の声も聞こえていなかった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

敵の動きが止まった。

僕の切先は予想より浅く入ったが、どうやら思ったよりずっと中の人間にダメージを与えていたようだ。

『おい九条。動かねぇうちにそいつを捕まえてろ。』

「あ、はい!」

腕を後で掴んで、逃げられないように抑える。

その時、少しの好奇心が働いた。

"自分が初めて殺した(かもしれない)パイロットを見てみたい"

僕はそれを生死を確認するのは当たり前のことだと自分の中でこじつけて、そっとねじ切れたコックピットのドアの隙間を、覗き込んだ。

ズームする。

ドアの破れたような切断部には血が付着している。奥には破壊されたモニターと操縦桿、その奥には、、人の足。

「うぷっ」

見たことをすぐ後悔した。

その太腿は綺麗に表層が裂け、血が噴き出していた。

しかしそんな情景は1秒もかからずに吹き飛ぶ事になる。

僕は空を見ていた。

「あれ?」

違う。見てるんじゃない。見させられている。というか、

機体の頭部は180度、可動域を超えて逆を向いていた。

さらに、衝撃。

そこに次ぐ衝撃。

攻撃を受けているのはなんとなくわかるが、何が起こっているのかがさっぱりわからない。

ブチッ、バキバキ。

嫌な音がする、モニターは右腕部の接続が無くなった事を示している。

その時ようやく理解した。

「これはまずい。」

人間、よくわからないこと、理解できない事象が起こると、答えを探すのを放り出して固まることがある。しかし戦場ではそれが命取りだ。

操縦桿を持ち、サブカメラに切り替える。

最悪の光景だ。これなら訳が分からない方が、何も見えない方が良かったかも知れない。

敵機は頭をがっしりと抑え、破壊されていない方の脚を振り上げていた。

それがこのコックピットを狙っているであろうことは容易に想像できた。

残念ながらこの絶望的な状況から逃れられる術はない。見えたところで何もかも遅かったのだ。

敵機は綺麗なトーキックでコックピットに正中線で蹴りを入れた。

いくらパイロットを守るために補強されているとはいえ、秒速45メートルで突進してくる全長8メートルの鉄塊を受け止めきれるほどの強度は存在していなかった。

そのつま先は、言葉で形容できない音を立ててコックピットにめり込んだ。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「糞っ、完全に後手後手だ!」

敵艦隊への突入機会も喪失、その上敵のエースの突破を許した!第二甲兵隊は半数が中破、第一甲兵隊こちらも2人が戦闘不能。

「どうするべきだ。」

直方は考える。

『直方!』

「副長。どうかしましたか!」

『戦闘不能になった。敵のエース、予想以上だ。九条もなんとか対応したが堕とされた。俺の失態だ。』

「撃墜されたのですか?!」

『どうだかな。機体は回収されたみたいだが、コックピットがひしゃげてた。』

「畜生!」

『今は防衛甲兵隊が艦上で交戦してるが、ありゃ時間の問題だ。園田とお前の力が必要だ。戻って、』

「わかってます!」わかってる。

もう既に園田、直方の両機は全速力で来た方向へ引き返していた。

ーーー

なんだこれは。そこら中、防衛用の機甲兵の、残骸、残骸、残骸。

戦場となった第二空母『緑青』の上はさながら狂犬の食卓と化していた。

そして最後の一騎を平らげたその純白の機体はゆっくりと首をもたげる。

直方は、先ほどまでとは明らかに違う雰囲気を纏うその死神を正面から見据えた。

「園田。支援攻撃を頼む。」

『、、わかった。』

「散開!」

二手に分かれる二機。敵を中心軸に、円を描くように移動。

「園田!」

声と共に園田機が煙幕を発射、たちまち艦上が灰色の雲に包まれる。すかさず直方機は直線上に散弾を発射。手応えは無し。ならばとクラスターを射出。瞬間。爆風。爆発。たちまち煙幕は吹き飛ばされる。そして間一髪で避けた敵機が炙り出された。でかした。ヒートソードを取り出し、正中線へ吶喊。敵は既に連続攻撃に対して後手に回らざるを得なくなっていた。近接。ヒートソードが敵の胸部を掠めるが、敵は怯まずナイフを突き出す。それを軽く避け、

バリバリッ

厚紙を無理矢理破くような破壊音。

敵の得物は首の付け根辺りからまっすぐ胸部までを引き裂き刺さっていた。おかげで左腕のマニュピレーターはもう動かない。

あの時間で、あの瞬間で、ナイフを持ち替えて振り下ろすだと?

やはり尋常ではない。だが、

「かまわん園田!やれ!」

園田機は直方機を死角に接近を果たしていた。直方機は敵機のナイフを持つ腕をがっしり掴む。

「チェックメイトだ。」

園田機の左腕に握られたヒートソードは、低姿勢の居合から、神速で放たれた。

その刃は敵機の残った足と腕を一息に両断する。

勝負は決した。

所謂"達磨"状態と化した敵機は、無惨に転げ落ちる。かと思われた。

その瞬間、彼方から突然現れた韓国軍機甲兵が、まるで獲物を横取りするトンビのように、その達磨を引っ掴んで飛び去ってしまった。

園田機が構える。

『隊長。追う?』

「良い!もう良い。報告では敵のパイロットは裂傷によって両腿から大量出血していたらしい。それを庇わずにそのまま戦い続けたんだ。流石に出血多量で死ぬだろう。」

そうであってくれ。

直方 翼は、そう切に願った。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「艦長!艦の放棄を宣言してください!この艦も直に沈みます!」

「ええい!どけ!艦長なのに艦を捨てられるか馬鹿!」

「巡洋艦『龍山ヨンサン』『瑞草ソチョ』大破!撃沈は時間の問題です!」

「空母『釜山プサン』中破!滑走路が使い物になりません!」

「駆逐艦『江華カンファ』海域を離脱します!」

「ミサイル!右舷命中!!」

「畜生畜生畜生!ぐぬぬ、、ぜ、艦内の全人員に告ぐ、私は艦隊総司令官、カン・ドウォンだ!我々韓国第一艦隊は継戦不可能となった。この艦も沈む!よってこれより旗艦の放棄を宣言し、直ちに脱出を命ずる!以上!」

どうしてこうなった!!!

あの邪魔が、邪魔が入らなければ、、、日本の第三艦隊と悪くても痛み分けという、華々しい初陣を飾ることができたのに、、!

最新鋭のステルス艦だけで構成された日本の隠匿艦隊、正式名称『遊撃艦隊』、通称『幽霊船団』本当に存在したとは、、

しかしこれで終わりではない、、!

我々にはヒョン・サガンがある!

アレさえ回収できれば、、我々はまだ十分、、

「艦長!脱出を!」

「俺は残る!」

「艦長が居なかったら誰が!海軍!引っ張るんですか!!ほら立って!」

「嫌だ嫌だ嫌だ!」

「良い歳してあんたは子供かー!」

『カン司令官。』

「キムか!どうだった!」

『問題ない。ヒョン・サガンは回収した。』

「よぉし!!!副司令!早く艦を脱出するぞ!」

「・・・」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

-遊撃艦隊旗艦『真紅』艦橋ブリッヂ-

「遊佐には悪いなぁ。」

「何がです?日出艦長。」

「見せ場を全部奪っちゃったことにだよ。」

「絶対悪いなんて思ってないでしょうし、艦長のことだからこれも計算ずくなんでしょう。」

「何?つまり僕は、第三艦隊がある程度の戦闘の後、謎のエースパイロットが現れてピンチに陥るところまで予想してこの完璧な救世主的ムーブをしたって言いたいのかい??」

「いや、そこまで思っ」

「よくわかってるじゃないかぁ!さすが灰田中佐!」

「一回死んだ方が良いと思いますよ、、ていうか、『燕脂』が運んでるあの荷物。なんなんですか?」

「なんだと、思う?」

「…さあ?」

「ゲームチェンジャーだよ。」

日出春樹はそう言うと、口角を上げた。

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