第9話 変調

オレは椅子に座り、テーブルに肘を着いた腕を祈るような形に組み、その先に置かれた拳銃を見つめていた。


この拳銃は偶然に893の事務所で見つけたものだ。

本屋にあった専門書によれば、俗に言うトカレフってヤツの様だな。

銀色にメッキされた本体に、グリップの星マークが特徴だ。

なかなか強力な貫通力を持つ拳銃らしく、実際にゾンビに対して至近距離から撃ってみたことがあるが、噂通りの威力を発揮して一発で後頭部から脳みそサヨウナラしてたぜ。

なかなか爽快な武器ではあるが、これをメインウェポンにしていない理由がある。

弾丸が貴重なんだ。


警察が使用しているニューナンブってヤツは比較的手に入りやすいのもあって3丁と弾丸10発ほどは所持しているし、警官ゾンビとかに遭遇できればまたいつか手に入ることもあるだろう。

実際に今まで結構使っている。

ちなみに、なかなか当たらない上にコイツの威力では痛覚に鈍感なゾンビには静止力になりえないので相当至近距離まで近づいて頭を狙わなければならず、それでも一発で殺せない場合があるので大きなリスクが伴う。

要するに、ゾンビ相手には使えない武器なのだ。

まあ、簀巻きにしたゾンビで処刑ごっこする際に使えるくらいだな。

オモチャみたいなもんさ。


話を戻そう。


トカレフの弾丸。

コレの入手については、完全に運だ。

なんたって、893が持ってるだけあって、入手経路は密輸だからな。

893だって馬鹿じゃないから簡単に見つかるところに保管はすまい。

コレを手に入れたのだって、893事務所をウロついていた893オブデッドが偶然持っていたに過ぎないからな。

ダイヤル式の金庫とか、貸倉庫あたりに保管されてたら入手できなかったわ。


まあ何にしろ、頭を確実にフッ飛ばすには最適な武器であることは経験上間違いない。


オレはこれから、コレを使うのだ。

ゾンビにではなく、自分の頭に、だ。



視線を上げると、壁にかけてある鏡に自分の上半身が映る。


……ハッ! 何だそのツラ。ざまーねーや。

ゾンビかよッ。


真っ青な顔色。


げっそりとこけた頬。

そのくせ全体的に腫れぼったい。


血走った目。


紫色の唇。

所々が裂けており出血している。


皮膚の所々炎症をおこして赤黒くなっている。

そしてそこから謎の体液がジクジクと染み出している。


そして、髪の毛は所々ゴッソリと抜け落ちており、その部分はハゲていた。

これじゃ、例のハゲのことをもう馬鹿にすることもできないわ。




変調が始まったのは2カ月くらい前。


今思えば、通電していた電力が死んだ時期と被る。今なら、なるほどそういうことかと思うのだが。

この拠点の高層マンションがある街は隣町の原発のからの電力供給があったらしく、”あの日”以降も半年以上もこの街に電力を供給し続けていた。

このあたりもココに拠点を置いた理由だったのだが。


電力供給が死んだ時は少々ガッカリしたものだが、この高層マンションはソーラーパネルと地下の燃料発電機があるお陰もあるし、それを使うのがオレただひとりということもあって壊れるまでは持つから大して問題とは思わなかったし、故に拠点を出て行こうとも思わなかった。


……まあ、それが仇になったんだけどな。

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