第二話 シエラとローエ

「ウォール・バンガーが!」

 まるで胸の内側から破裂した死体のように、モクモクと黒煙を吹き出しながら天を仰ぐウォール・バンガーの痛々しい姿が窓越しに見える。

「ルシルとリコット……大丈夫かな……」

 シエラがいるのはコンテナが階段のように積み上げられた崖沿い、そこに建てられた休憩部屋として使われているプレハブハウスだった。

 その周囲でも銃声や悲鳴が飛び交い、ローエはシエラの足にしがみついてガタガタ震えていた。

「大丈夫だ、ローエはボクが守るから! 何も心配ないから!」

 そう言うとローエは涙目を上げてこくりと頷いた。

「でもどうすれば……逃げるにも外は危険過ぎるし……」

 窓が砕け、銃弾が飛び込んでくる。それが頭の上を掠めて、シエラは、くそっ!と身を屈めた。ローエを抱きしめ、必死に脱出の糸口を探る。

 そこに勢いよくプレハブハウスのドアが開け放たれ、ヌッと黒い影が入ってきた。ボロいベージュのブラウスと迷彩のカーゴパンツ、短髪の背の高い男はゴツいライフルを重そうに抱えていた。見覚えのない男だ。明らかに同胞団の雰囲気ではない。

 男がシエラたちを見てライフルを構えようとする。咄嗟にローエを突き飛ばしたシエラはそれとほぼ同時に男に飛びかかっていた。

 下からタックルをして男の腕を肩口で押し上げ、ライフルの銃口がローエに向かないようにする。瞬間的な判断は功を奏した。

「ローエ! 逃げろ! 早く!」

 そう叫んでみたもののローエはうずくまったまま、呆然とシエラを眺めていた。

 くそっ! どうすれば……。

 男の力は強く、少しでも気を抜けば振り払われる。シエラは左右に揺さぶりながらがっしりと相手の背中に手を回して組み付いた。

「この……ガキが!」

 どっと強い衝撃を腹に受け、シエラはそれだけで体を浮かせて背中を床に打ち付けた。男が膝蹴りをしたのだ。痛みと呼吸困難でシエラはうめき声すら上げられずに床で痙攣した。

 ちっ! と男が舌打ちする。男は何も持っていなかった。シエラが倒れる時にたまたまライフルのバックルを掴んで引っ張っていた。ライフルは男の手からすっぽ抜けて、今はローエの側にあった。

「に……に、げろ……ロ、エ……」

 ゲホッとはき出したものに血が混じる。ローエは固まって動こうとしない。

「銃が……あん? なんだコイツ、もの狂いか?」

 膝を抱え涙を流しながら親指をしゃぶるローエを見て、男が吐き捨てる。シエラは男の足にしがみつきながら、やめろ、ローエに手を出すな、と訴えた。

「うるせぇ!」

 拳がシエラの顔を襲う。衝撃が脳を突き抜けた。上唇が裂け、鼻の奥に強烈な血の臭いが充満する。目が回ってシエラは仰向けに倒れた。鼻と口からあふれ出した大量の鮮血が首元から胸まで不快に濡らし、床に広がっていく。

「じゃあ、テメエから相手をしてやるよ!」

 怒りと侮蔑の混じり合った表情で見下ろし、腰からギラリと鈍く光る巨大なナイフを取り出した。それは明らかに作業のための工具などではなかった。

 その鋭い先端を首元から突っ込んで、シエラの迷彩服を縦にすっぱりと切り裂いた。ズボンのベルトまで両断され、彼女の白い肌の大部分が露わになった。

 シエラの股を押し広げた男は、彼女のズボンを膝まで下ろし、自分はカーゴパンツのファスナーを開けて、強ばった男のモノを引っ張り出した。

 そしてシエラの体に覆い被さりはち切れんばかりに膨張したそれを押し当てる。

「くっ! っ!」

 男の怒張がなかを押し広げ、奥深くへと侵入する。少し体を揺すって強い締め付けを楽しむと、シエラの乳房を鷲掴みにして腰を打ち付けるように動かし始めた。

「ふう、ふう、ふう……」

 腰を突き上げるたびに内臓が揺さぶられ、その圧迫感と恥辱にシエラは唇を噛んだ。両手で口と鼻を押さえているのは、痛みと出血のほかに声を出して男に屈服したと思わせないための、せめてもの抵抗だ。

 上体を反らして見ると、その先にローエの姿があった。天地のひっくり返った中でローエはゆっくりとライフルに手を伸ばそうとしていた。その悲痛な顔を見て、シエラはたまらず声を出しそうになった。

 何をしているんだ! 早く逃げろよ! ローエに銃が撃てるわけないじゃないか! 何も出来ないのに! ボクがいないと何も出来ないくせに!

 と、心の中で叫ぶ。しかしローエには届かない。もし男に知られたら……。

 徐々に激しくなっていく熱い鼻息がシエラの顔を撫でる。男の紅潮した顔が、もうすぐ上り詰めるだろうことを予感させた。

「あ、ああ、もう……」

 男が体を振るわせた瞬間、タタタッと軽い音が響き、その上半身が浮き上がった。血煙が舞ってシエラに降り注ぐ。強張りがシエラの中からすっぽ抜けると、男の体がぐらりと床に崩れ落ちた。急激に萎えていく男根の先端から白く濁った粘液がダラダラとあふれ出して、その周辺を酷い臭いで汚していった。

「ロ、ローエ?」

 体を起こして見ると、ローエは床に尻をつけたまま、しかししっかりとライフルを構えて銃口をこちらに向けていた。その瞳には狂気ではなく怒りが込められていた。

 姉の姿をみるとローエはライフルを取り落とし、気が抜けたように脱力した。

「ローエッ!」

 飛び込むようにして彼女を抱きしめる。そこには不思議と今までと違うしっかりした存在感を持った彼女がいた。

「凄いじゃないか! あんなことが出来るなんて……よくやった、ローエ!」

 そう言って肩を掴んでぶんぶん揺する。ローエは一瞬何かを言おうとして一度それを飲み込み……そしてゆっくりと笑って言った。

「お姉ちゃん、ありがとう」

 それが余りにも自然だったのでシエラはぽかんとして、何か目が覚めたような、霧が一気に晴れたような、そんな覚醒に似た感覚を得た。

「ローエ……ローエ、ローエ!」

 お互いに体を強く抱きしめ合う。シエラには体中の痛みも外の喧噪も、まるでペーパーモバイルに映る動画のように色褪せて感じられた。お互いの感触、肌の暖かさのみがこの世界の全てだった。長く失われた大切なモノをようやく取り戻したような、誇らしい気持ちが溢れた。

 長く抱き合い、そしてお互いに顔を見合わせて、えへへ、と笑う。

 そのローエの顔がいきなり破裂した。肉や骨の欠片が飛び散り血飛沫を全身にかぶる。ねちゃっとした温かいものが顔を伝い落ちた。

 顔の三分の一を失ったローエは、笑みを浮かべたまま力なく床に倒れ込んだ。

「あ、あ……ああ、あああああっ!」

 シエラが逆上し叫ぶ。真っ赤な両手を掲げ、ようやく取り戻したもの、そして失ったものを床に見て、それは長い長い絶叫となった。

「あああああっ! あああああああっ!」

 怒りが込み上げる。目に入る全てが、耳に入る全てが、憎悪をかき立てる。

 声が聞こえたのだろうか、プレハブハウスに男がふたり入ってくる。格好は違うがシエラを犯した男と同じだ。

 シエラは素早かった。落ちているライフルを取って二人を撃ち殺すのに何の躊躇いもなかった。

 外で鳴り止まない銃声や悲鳴、怒号が誘う。シエラは立ち上がった。切り裂かれた服やずり下げられたズボンが邪魔だ。躊躇なくそれらを脱ぎ去った姿は、白い肌にところどころ血でペイントされた原始的な部族の戦士のようだった。

 奇声を発してプレハブハウスから飛び出す。階段から見下ろした資材置き場に武装した者たちがいた。

「お前ら、お前らはーっ!」

 ライフルの引きトリガーを引く。発射された弾丸が、ひとり、またひとりと撃ち倒していく。

「死ね! 死ね! 死ねぇっ!」

 相手からの反撃も気にせず撃ちまくる。肩を掠めて皮膚が裂けた。橫腹を弾が貫通して血が噴き出す。右の太ももも一発穿った。

 しかし痛みは気にならなかった。ただ動くものを見つけては撃った。そのたびに相手が倒れていく。

「あはははははっ! みんな死ね! 死ねぇっ!」

 相手が死ぬたびに込み上げる、笑い。シエラはそれを堪能した。殺したひとりひとりをローエに捧げている気がした。

「あははははは、は……?」

 男がひとり、資材の陰で肩に筒を掲げていた。それがボッと煙を吹き出す。何かが高速で迫った。ロケット弾だ。

「死ねっ!」

 シエラはその男を撃ち倒したが、発射されたものが腹にめり込み、後ろに跳ね飛ばされた。その途中、床に伏したローエの姿が視界に入る。

「ロー……エ……」

 彼女に手を伸ばそうとした瞬間、腹のロケット弾が炸裂して、プレハブハウスごとシエラの体を粉々に吹き飛ばした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る