第四話 血煙に踊る

 ウォール・バンガーの運転席を出てその背中に回ったリコットは、連結された二台目の車体に移り、その上のコンテナに沿って銃座のある最後尾まで来た。

 そこで信じられないものを目にした。ゴンドラに乗ったキィンが機関銃で誰彼構わず撃ちまくっていたのだ。それも笑いながら。

「ハハハッ! 死ね! 死ね!」

 小刻みな振動を全身に受けながら、引きトリガーを引き続ける。銃口から閃光がほとばしり、そのたびに飛び出してくる兵士が倒れていく。

 敵からの銃撃など関心がないというように、身を隠すこともしない。ようやく相手も武器を持って現れ始めたが、撃たれればそこに向かってただ撃ち返した。何かが動いているのをみれば、躊躇わずそこに狙いをつける。

 頭の上で火花が散って、リコットはたまらず体を低くした。

「キィン、危ないわ! もう戻って! キィン!」

 しかし激しい銃声が続き、声は届かない。ウォール・バンガーが大きく揺れて、ゴトンと装甲車をひっくり返すのがわかった。

「お前らはイルダールのクズだっ! 出て行けぇっ!」

 キィンが機関銃の方向を変えた。テントの方にではなく、村人の住居に向けてだ。

 扉が開いて兵士とは違う姿の男が現れた。間髪入れずにそこを銃撃する。あなた! という悲鳴が上がり、そこにもキィンは容赦なく撃ち込んだ。

 どっと倒れた女に向かって小さな影が駆け寄ってくる。パパッ! ママッ! 悲鳴が泣き声と変わる。その周囲で激しい土煙が立ち上り彼らの姿を覆い尽くす。泣き声はそれきりしなくなった。

「そんな……キィン……何をやっているの……」

 リコットは呆然とキィンの後ろ姿を眺めた。嬉々として撃ちまくるキィンからは、もはや知性や理性などは感じられない。魅了されたように動くものを片っ端から狙った。

「ハハハッ! 逃げろ逃げろ!」

 またしても兵士ではない男女が現れ、それに向かって火を噴いた。そこに駆け寄ってきた少女と思しき影にも撃ち込む。

「死ね! 死ね! ハハハハハッ!」

 人影が無くなると、その瞬間、キィンはズボンのウエストから中に手を突っ込み、まるで犬のように舌を出して、ハァハァと呼吸を乱す。自慰をしているのだ。

 それを見てリコットが愕然とした。

 何? これは……キィン、何、なの?

 キィンがハッと何かを見つける。今度はテントのほうだった。タタタッと銃声が聞こえ、キィンの周囲で火花が散った。どこかに弾が当たったのか鮮血が飛び散る。

 しかしそんなこともお構いなしに、キィンはそこに銃撃した。そして別の何かを見つけ、今度は村人の住居に向けて発砲する。

 後ろから大きな音がして、リコットが振り返ると、装甲車の運転席からハンドルをもぎ取っているのが見えた。

 あと少し、頑張って、ルシル!

 リコットの耳に悲鳴が飛び込んできた。若い女と分かるものだった。慌ててそこを見ると、血煙を上げて何人かが倒れるのが分かった。

「もう……やめて……キィン……」

 リコットは叫ぼうとしたが、哀しくて声はでなかった。時々銃弾が近くを抜けていくが、それに対する恐怖よりももっと大きなものがリコットの胸を支配していた。

 車体が大きく揺れる。ドッと強い衝撃が走った。最後の装甲車に取りかかったのだろう。

 出火したテントの炎は徐々に広がっていき、それはひとつをまるまる飲み込んだ。火達磨ひだまるになった兵士が転がりながら出てくる。それをキィンが黙らせた。

 ウォール・バンガーの車体が軋み、大きく唸った。無限軌道キャタピラが限界のような不快な音を立てる。

 やがて大きな地響きが車体が揺さぶった。直後、ウォール・バンガーが走り出し、徐々にスピードを上げていく。横転した装甲車が腹を見せて通りすぎた。

「キィン……終わったわ……もういいの……ねえ、キィン……」

 しかしキィンは気がつかないのか、銃撃を止めようとはしない。

 テントの方にはもう人影はない。キィンは住居に向けてひたすら撃ちまくっていた。

 リコットは這うようにしてゴンドラに近づいた。留め金がひとつ、不安定にゴンドラをつなぎ止めている。

 その上の彼女の肩を掴んで揺さぶった。

「ねえ、もう終わりよ、中に入って、逃げるのよ」

 うるさい! とリコットを突き飛ばしたキィンは、異様な高揚感を湛えた顔で睨み付けた。

 息が荒く、顔は真っ赤。しかし邪魔をされた怒りを剥き出しにしながら、右手を股間に伸ばし中指でそこをかき乱した。

そして再び機関銃に向かう。

 ウォール・バンガーはかなりの速度が出ていた。恐らく七、八十キロ近くは出ているはずだ。無限軌道キャタピラが赤茶色の土煙をもうもうと巻き上げ戦いは遠くへと過ぎ去っていく。

 だがキィンは終わらなかった。彼女の心はそこに囚われたまま、還ってはこない。

「キィン、もう止めて……終わったんだから……早く中へ……」

 しかしキィンは聞いていなかった。彼女の高笑いが響き、土煙の中にすっかり見えなくなったところに、銃撃を続けた。

 そして……。

 リコットの中で何かがぷっつりと切れた。

「キィン!」

 足元にあった留め金を引き抜く。

 ゴンドラがゆっくりと前倒しとなり、キィンの体は宙にふわっと浮いた。

 まるでスローモーションになったかのようにキィンは後ろに流れていった。何が起きたか分かっていないような驚愕の表情を、リコットははっきりと見た。

 彼女の姿が土煙の中に消えていく。

 視界を赤茶色に覆い隠し、リコットは惚けたようにそこに座り込んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る