第四話 開拓の最前線 

 十分に睡眠時間をとったにも関わらず、全員が起きて揃ったのは夜が明けてからけっこう過ぎた頃だ。

 朝食もみんなでいっしょに摂る。夜中から明け方にかけて気温が急激に下がったこともあって、熱いインスタントのコーヒー一杯が体を温め潤していく。

 それから出発までは早かった。のんびりはしていられない。ただ焦りは禁物だ。特に精神的な余裕を持って、ウォール・バンガーを進ませる。

 時速六十キロをキープし、周囲を十分に警戒しながら悪路を南下する。警戒するのはアンダー・コマンドよりも墓穴だ。唐突に出現するそれは、似たような荒れた大地が視界の果てまで続く大地ではなかなか発見しずらく、目の前に突然現れると避けるのは難しい。それに無限軌道キャタピラでもウォール・バンガーほどの重量やトルクがあると、急ブレーキをしても制動距離は長くなる。

 ルシルは運転中はとにかくモニターを睨み付けながら、それに神経を使わなければならなかった。

 三時間ほど走った後、ルシルはリコットに運転席を譲った。みんなが見つめる中、大きなハンドルを恐る恐る握ったリコットは、そっとアクセルを踏み込んでウォール・バンガーを進ませる。

 実際のところ、ビルド・ワーカーの運転自体は車と同じ、特に難しいことはない。面倒なのは腕を使った作業、そしてそれを含めて複合的に動かさなければならない時だ。

 一時間ほど走って少し慣れた頃、今度はキィンを座らせる。キィンは顔を紅潮させ、やたら興奮した息づかいで噛みつく勢いでハンドルに取りついた。

 やはり一時間ほど走らせ、それでようやく昼の休憩をとった。

 リコットとキィンの運転は実に対照的だった。

 慎重にアクセルを踏み、回りを気にしながら速度を決して上げないリコットに対し、キィンはいきなりアクセルを踏み込んで無限軌道キャタピラを空回りさせ、速度を七十キロ以上出して車体を蛇行させて、ひとつ間違えれば滑って横転しかねない有り様だった。

 ルシルはリコットにもっと自信を持って走ることを諭し、キィンにはとにかく落ち着いて運転することを説いた。

 特にキィンの運転に関しては他のみんなもそうとう懲りたのか、後に不満が爆発し、ルシルはそれの集中砲火を浴びることになった。

「冗談じゃない! あいつのせいで死ぬのはまっぴらだ!」

「せめてもう少し加減というものを知ってほしいものですわね」

 キィンの運転が終わった直後には、シエラとクロアにそう言って責められた。ローエは怯えてシエラの腰にしがみつき、リコットは目を回しながら、壊さないで、を連発していた。

「ははっ! すげぇや! このパワー! さすが改造ウォール・バンガー! アンダー・コマンドなんてどこからでもかかってこいだ!」

 キィンはその後もずっと興奮しっぱなしで、午後を少し回った頃には、昼食で食欲を満たしたこともあって、さっさと横になって眠ってしまった。

「こうして大人しくしてくれてれば、キィンも悪くは思わないんだけどな……」

 シエラの意見にルシルたちも賛成した。



 旅が三日、四日と過ぎていくと、やはり緊張感が薄れ、次第に惰性的になってきた。

 運転の練習は続けたが、特にキィンはみんなから念を押されて余り派手な運転をしなくなった分、イライラすることが多くなった。

 何も起きない、ただひたすら走るだけの日々。それは想像以上に大変なものだった。

 大きな岩や窪み、特に墓穴などを注意しなければならないが、集中力が続かない。ルシルでも目の前に迫った大岩を見落として急ハンドルを切ることもあった。小さな窪地に無限軌道キャタピラを滑らせて、あわや、という場面にも遭遇した。

「何も起こってほしくはないけど、このまま何もないのも楽なものじゃないわ」

 ついリコットに愚痴を言ってしまう。大丈夫、と優しく腕を撫でるが、リコット自身も余り必要のないウォール・バンガーの部品をいじったり、休憩時間に何度も油を塗ったり水の確認を行っていた。

 唯一、休憩の時にとる食事だけが心を潤してくれた。それでも食べ物はさほどバリエーションもなく、少女たちが考えつくメニューなど直ぐに払底した。

 もう調理することも止め、缶詰は鍋に放り込んで温めるだけにした。

「こんな戦争になる前は、お腹一杯ご飯を食べられたのに……」

 リコットが呟くと、ローエはまるで自分の分を盗られるかのように慌ててシエラの後ろに隠れ、それをなだめるシエラの姿に、今度はキィンが厭味を言う。そして悪くなった雰囲気にクロアが油を注ぎ、火消し役をルシルが担う。発端はともかく食事時になると同じような光景が繰り返されるようになった。

 仕方なくルシルは、走っている最中でも周囲に危険なものがないのを十分に確認して、外に出ることを許可した。

 胸の扉を開け、外の空気を入れる。風は冷たいが意外と砂埃は入ってこない。その時は外に出て思う存分に背伸びをし、少しストレッチをして体の緊張をほぐし、後ろの車体まで行ってコンテナを背もたれにして休んでみたり、一番後端にある銃座で過ぎていく景色、といっても赤茶けた荒野ばかり、を眺めてみたりした。

 銃座はキィンの定位置だった。足元の留め金ひとつで固定されている足場は不安定で、いつ壊れても不思議ではない。そんなゴンドラにキィンは時間があれば立って、遥か後方に遠い目を投げかけていた。

 リコットの提案でルシルは運転を替わってもらい、外に出た。みんなが外でくつろいでいるのを眺めながら後ろまで歩き、キィンの姿を見つけて話しかけた。

「ずっと荒野ばかり。このまま進んで本当につくのか心配になってくるわ」

「方角はあってる。そのうちにつくさ」

 キィンはまるで興味がないかのように、そう言い捨てた。

 ねえ、とさらに声をかけると、キィンはまるで生気のない顔で振り向いた。リコットたちは少しずつ憔悴の表情を浮かべるようになってきたが、それとは明らかに異質なものだった。

「どこで銃を習ったの?」

 同胞団、と無関心に返す。ルシルは話の掴み所がなくて困惑した。

「もう戦った? 人を……殺したの?」

「何度かね。殺したよ、沢山じゃないけど」

 そして振り向いたキィンの顔は怪訝な表情を浮かべていた。

「何が言いたいんだよ。あたいがテラリスの豚どもを殺したからって何かあるのか?」

「いえ、ただ、あたしもリコットも普通に暮らしてただけだから。突然、こんなことになって凄く困っているっていうか……」

 それに、ふんっ、と鼻を鳴らす。

「みんな、それなりに良い暮らしをしてたんだな。特にあんたとリコットは見てたらわかるよ。あたいらは旧世紀の鉱山みたいに鉱石を掘り出すために何日も虫けらみたいに潜ってさ。それで日銭を稼いで何とか食いつなぐんだ。病気にもなれない怪我も出来ない。死んだって身元すらロクに分からなくて、墓穴に埋めたりするんだ。それも一日で死人が何人も出たりしてさ。死んだ連中の持ち物は雇い主の採掘権者のものさ。ほんとうに、死んだら何も残らないってことさ」

 ルシルは鉱山での仕事や暮らしが酷いものであることは伝え聞いてはいた。しかし実感としては全くわからなかった。ましてや一攫千金を夢見て、開拓特需のイルダールには未だに入植者を斡旋し、大量に送り込んでいる。

 この戦争で情勢がどう変わるかはわからないが、恐らく終戦を迎えたとしても状況は元に戻るだけだろう。或いは同胞団が負ければ、それは聞いた限りでは濃厚だろう、テラリスの支配力がより増して、もっと悪くなるかも知れない。

「そんな状況を変えようと、同胞団は立ち上がったんだ。病気や怪我を負った人間を助け、鉱山で働けない者は近いところで新しい職を探す。そりゃあ、こんな開拓惑星に仕事なんてそうそうあるわけないさ。でも同胞団はそれでもやってきたんだよ。あたいたちもそれで……」

 ティリダからも似たような話を聞いた。そして同胞団からもはみ出た連中がテラリスでアンダー・コマンドとして訓練されたことも。どん底の中で最後の頼みの綱である同胞団から見放されれば、その遺恨は大きいだろう。

 しかしキィンにそれを言っても始まらない。ルシルはここでキィンと無様な言い争いをすることは避けた。

「ねえ、キィンの家族は今……」

 しかしキィンは遠くを眺めながら、口を噤んでしまい、ルシルはそれ以上を聞くことは出来なかった。

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