第二話 キャンプでの出会い

 少女は名前をアミナと言った。年齢は十六歳、しかし少し浮ついたような話し方がもっと幼く感じさせる。

 ルシルは自分たちの行為で命を拾ったというアミナの存在が嬉しくて、車体の上に招き上げた。リコットも手を貸して、アミナを歓迎する。背の高さはルシルほど、車体に登る時になかなか上がることが出来ず、そのあたふたした動きにむしろ好感を持つ。

「凄い、大きくて……高いのね」

 アミナは感嘆しながら上を少し歩き、丸っこい胴体を見上げたり、運転席を覗き込んだりしていた。

「ビルド……ワーカーっていうの? 街にはたくさんあったけど乗ったのは初めて。お礼が言いたかったけど、ちょっと近寄り難くて……。でも出てきたのがあなたたちで、ちょっとビックリした」

「あなた、どこから?」

 アミナは少しだけ顔を伏せた。

「エルキスタ。知ってる?」

 その名前をルシルは聞いたことがあった。ルシルの住んでいたメイザルよりもずっと東、恐らくウォール・バンガーを拾った街よりもさらに向こうだ。テラリスの勢力圏に近いところではその境界線に沿って少しずつ新興の街が出来ており、エルキスタもそういう誕生して間もない、ようやく形を成してきた街のひとつだ。

 新興の街は開拓特需によって建築ラッシュとなっており、当然のようにその作業のためのビルド・ワーカーも多い。

 だからアンダー・コマンドによる蹂躙は激しいことだったろうと予想が付いた。

「あの時、アンダー・コマンドからみんなを助けたいって思ったけど、色々とあって……へこんでいたの。でもあなたにあって、凄い楽になったわ」

「そうですね。役に立って良かったっていうか……あれで……良かったんですね」

 リコットが伏目がちに言う。しかしルシルは余り気にならなかった。リコットを見て、うんと頷くと、彼女からも笑みがこぼれた。

「そうなの? わたしのほうが助けてもらったのに。でも、ほんと、ありがとう!」

 アミナは二人の手をとってぶんぶんと振った。それが少し大げさでルシルは噴き出しそうになったが、あの時の惨状を考えるとアミナの気持ちが分かる気がした。

 その時だった。

「ねえ、あたいも混ぜてよ」

 突然に足元から声がかかって、三人は一斉に振り返った。

 そこには紫がかった黒い短髪で派手なピアスをつけた、目つきの鋭い少女がいた。黒いタンクトップと迷彩のダボッとしたズボン、それをゴツい黒のブーツに突っ込んでいる。身体つきは痩せ過ぎだが、ルシルのような肉付きの悪さはなく、むしろ絞り込んだ筋肉質であることが、彼女の二の腕などからかいま見得た。身長はリコットと同じくらいのようで、十七、八歳だろう見た目からは随分と小さい印象だった。やや大きめで押し潰されたような乳房が胸の先端を尖らせていて、恐らくブラジャーをつけていないのだろう、それを見やって恥ずかしいのかリコットが彼女から視線を逸らした。

 彼女は猫のような機敏な身のこなしで、まるでそれが慣れたことであるかのように車体の上に上がってきた。

「あなたは?」

「キィンよ。あんたたち、テラリスの豚共と戦うんでしょ? あたいも乗せてってよ」

 ルシルはその反応に困ってリコットと顔を見合わせた。リコットはただ肩をすぼめて見せただけだった。

「あたしたちは戦ったりしない。ただリスタルに行こうと思っているだけよ」

「嘘だよ。あたいは見たよ。あんたらがアンダー・コマンドを蹴散らすとこ! ありゃあ最高だった! こんなビルド・ワーカーがあるんならテラリスなんて目じゃない!」

 ルシルはため息をついた。キィンの目は異様に輝いていて、それが重苦しい。

「キィンさんは……同胞団、なの?」

 アミナが遠慮がちに聞く。キィンはそのつり上がった目を向ける。それでアミナはびくっと震えて竦んでしまった。

「だったら、何? イルダールは“イルダール人”のものだろ? 同胞団はイルダールのためにテラリスと戦っているんだ。イルダール人ならみんな同胞団に協力して……」

「どうだか……」

 そう返したのはリコットだった。ルシルが聞いたことがないような辛辣な口調で、刺々しく言い放った。

 キィンの鋭い眼が、今度はリコットに向かう。少したじろいだリコットは、しかし胸に手を当て、顔を背けて、しかしはっきりと言った。

「“イルダール人”とか言って、同胞団だって得体が知れないじゃない。自分たちがイルダールのあるじだって言わんばかりで、新しい入植者をないがしろにして……自分たちがイルダールを牛耳りたいだけで、やってることはテラリスより質が悪い」

 リコットは震える声で最後まで言い放った。

 しかしそれは事実である。イルダールでは地球資本のテラリスと初期入植者による同胞団の二つの勢力ばかりが注目されるが、実際にはどちらにも属さない人間のほうが遥かに多いのである。

 同胞団はイルダールの盟主を名乗ってテラリスからの独立を叫んでいるが、その実、同胞団に属さない入植者たちから何かにつけて活動資金を巻き上げ、それに応じない者には様々な圧力をかけている。やっていることはギャングとそう代わりはない。武装したゴロツキの集団である。だから新興の開拓村ではテラリスに支援を求めるところも多い。

 ルシルの住んでいたメイザルは、テラリス寄りの街で、ルシルの父親の会社も主な取引先はテラリスの息のかかったところが多かった。境界線近くにある街や村はどこもそうだ。

 しかしリコットのような街の修理屋では、南の開拓村では修理しきれない重機や道具が頻繁に持ち込まれており、同胞団を後ろ楯に支払いや修理、改造方法でよく揉めることがあったという。

 恐らくリコットの家もそういうトラブルは何度もあったはずだ。それは彼女の反応を見ても明らかである。

 だがキィンは鋭い目をもっと鋭くして、しかし睨み付けるのではなく、顎を上げて見下すようにリコットを眺めた。

「ずっと見てたけど、あんた、これ《ビルド・ワーカー》の整備士だろ? どうせ元はテラリス相手にヘコヘコしてた街の修理屋ってとこだろうけど、あんたらがテラリスにすり寄って食わせてもらっている間に、同胞団は命懸けで独立のために戦っていたんだ。テラリスの犬に成り下がった奴らが同胞団の何を知ってるって言うんだ?」

 キィンが詰め寄って、リコットは震えながら後退った。しかしその口に真一文字に結ばれ、頬をひくひく痙攣させながら、強い意志の籠もった瞳をキィンに向けようとして、ルシルは慌てて二人の間に入った。

「待って! 止めて、二人とも!」

 キィンは舌打ちし、リコットはそれで緊張が解けたようにうなだれて大きく息を吐き出した。ルシルは直感したのだ。あのままリコットを追い詰めたら、キレはしないだろうが、きっとまずいことになる。リコットはそれだけ意志も芯もしっかりした少女なのである。

「いい? あたしたちはリスタルに行くの。でもそれは戦うためじゃない。このウォール・バンガーなら四日も走れば到着する。仮に敵に襲われても突破できる。リスタルに逃げ込むことが出来たら……リスタルは同胞団の言う“首都”なんでしょ? じゃあ、安全よね?」

 キィンはしばらく黙っていたが、一度、目を閉じて息を吐いた。

「ああ、あたいだってリスタルに行くのが目的だ。だから乗せて行ってもらえればありがたい。別に今からアンダー・コマンドを殺しに行こうなんて思っちゃいない。向こうに着ければそれでいいからさ」

 ルシルはリコットに目をやった。彼女は肩を震わせて、顔を背けたまま。仕方なくアミナを見ると、ビクッと震えて、首は大げさに振ってみせた。

 ルシルは考えて、キィンに応えようとした時、それより僅かに早く、若い男の声が遮った。

「いいや、リスタルは止めておいたほうがいい。行くのならハルミドだ」

 ぎょっとして見ると、泥だらけで全身を緑色の迷彩服に包んだ男が車体の影から姿を現した。帽子を深々と被り、その表情は見えない。身長が高く、痩せているので余計のそう感じさせるのだろう。声は太く、そしてよく通った。胸には黒い円筒形の機械と、よく目立つ黄色の札のようなものを提げていた。

「誰、ですか?」

 ルシルが聞くと、男は初めて帽子のつばを掴んで顔を上げた。そこには意外と若い、三十代前半といったくらいの、優男と呼べる程度には鼻筋の通った男の顔があった。

「リスタルは戦場になる。行ったらみんな死ぬぜ? 悪いことは言わない、ハルミドに行くんだな」

「あんた誰? 横からあたいたちの話に割り込むなよ」

 怒気を含んだキィンの言葉に、彼はまあまあと両手を開いてみせた。

「俺もちょっと君たちと話がしたいんだ。どうだ? そろそろ焚き出しが始まるから、飯でも食いながら話さないか?」

 ルシルたちは顔を見合わせた。

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