第四話 絶頂《オルガスムス》と恍惚《エクスタシー》

 夕闇に紛れるようにして、ウォール・バンガーを停車させた。

 街道から離れた場所で岩場の中に紛れるようにして、さらに周囲にも大小の岩を並べて車体を隠す。いわゆる擬装カモフラージュだ。

 万が一、人が見ても岩場で朽ち果てたように映るだろう。赤茶けた大地と同化するような塗装は錆にも見えるし、夜の闇が濃くなれば、その姿を見ることさえ出来なくなるはずだ。

 夜にライトを明々とつけて走るのは敵を呼び込む危険があるし、地面の先も見通せない。だから焦って先に進むのではなく、しっかりと休むことにしたのだ。

 胴体の中は雑な仕事もあってか完全に密閉されてはいない。だから搭乗口や覗き窓を閉め切ったとしても、窒息の心配はなかった。小さな隙間さえ埋めてしまえば明かりは漏れないし、入り口を内側からロックすれば万が一、誰かに見つかっても侵入されることもない。夜の闇をやり過ごすにはウォール・バンガーの中に引き籠もるのが最良策であった。

 簡単に車体の点検をした後、直ぐに夕食の準備に取りかかった。

 チャージ式コンロを中央に置いて、フライパンに塩漬けの肉と豆の缶詰を開ける。塩気と水分はそれで十分、軽く沸騰したら粉末トマトで酸味を足し胡椒で味を整えれば、ポークビーンズの出来上がりである。とは言っても合成タンパク質を固めただけの偽物の肉はポークともビーフともとれない不自然な食感と味で、しかしそれでも熱い食べ物はくたくたの心と体を十分に満たしてくれた。

 ポークビーンズの半分は朝に残す。夕食としてはさすがに満腹とはいかないものの、これから先のことを考えれば色々と始末をしていかなければならない。

 床の鉄板コンパネを開けてポリタンクを取り出すリコットは少し笑顔だった。

「まさかこんなことになるなんて。ちょっと想像がつきませんでした」

「こんなこと?」

 だって、とクスッと笑う。

「あんなに大変で……ずっと死ぬかと、いえ、死んでも仕方ないと思っていたのに、こうやってウォール・バンガーで走って、夜はご飯を食べてる……なんて言うか、ピクニックじゃないけど……」

 楽しい? と聞くと、リコットは照れたように頷いた。

 それはルシルも同様だった。ポリタンクに半分ほど入った水をコップに注ぐリコットを眺めながら、こんな旅なら悪くないと思えた。

 実際に走ったのは数時間、しかも慣らすために速度は時速四十キロくらいと低めだった。距離としてはどれほども進んでいない。

「たしか同胞団の首都リスタルは、メイザルから南方に二千三百キロだったわ。ウォール・バンガーを拾ったのは何て街なのかしら。ちゃんと南には向かっていると思うんだけど……」

「方角は合っていると思います。でもどこかでちゃんと確認しないと。このままのペースだと一日ずっと走って最短で四日くらいでしょうか」

 ルシルも頭の中で計算してみる。一日走るといっても休憩や食事、睡眠も必要だ。もちろんリコットはそれも見越しての四日である。

 話し合って明日からは朝が明けきる前に出発し、夕方まで走って暗くならないうちに休む場所を探す、という目標を定めた。時速五十キロ以上で走り続ければ、何もなければ四、五日あればリスタルに辿り着かなくても同胞団の勢力地に入ることが出来る。

 一番の問題はルシルがそれに耐えられるかどうかだ。

 でも……行くしかない、か……。いえ、大丈夫、あたしなら行ける!

 ルシルがうんと頷くと、リコットは笑みを浮かべてそれに応えた。二人は乾杯するようにコップを胸元に掲げて、中身を飲み干した。



 夜の寒さは格別だった。陽が落ちた途端に気温はいきなり急下降し、食事を終えてしばらくすると、もう寒さで震えるほどになっていた。天井のライトは固い光を投げかけているが、そこに暖かさはまるでない。

 リコットをおもむろにスタンドライトをセットした。秘密、と笑ったアレである。それを壁に向かってつけ、側面のつまみを回す。すると徐々に胴体の中全体がほんの少し暖かくなり始めた。

「これは?」

「発熱機能があるイルダール用の特別なライトなんです。でも光がキツいから、こうして壁に向けておかないと」

 会社に置いてあった似たライトを思い出してみても、それがどんな機能があったのかわからない。壁に当たる光はキツいが、それがもたらす暖かさは優しく広がっていった。

 コンロに鍋をかけて湯を沸かし、それで体を拭く。運転席にいると土埃に汚れることはないが、汗と、錆とペンキの臭いが染みついた体を少しでも綺麗にしたかった。

 リコットは恥ずかしいのかこちらに背中を向けて、三つ網みをほどいたくしゃっとした髪の毛をかき上げて、首もとを洗っていた。

 しかし美しい背中の曲線や、上げた腕の脇から大きな胸がぶるっと震えるのを見る度に、ルシルに言い様のない興奮をもたらせた。

 ゆっくりと近づき、脇腹から手を回して抱き寄せる。スベスベした背中のピンと張った肌が吸いつくようにルシルを迎えた。

 リコットはヒャッと声を上げ、上気した顔を向ける。眼鏡を外した顔は不思議と大人びて見えた。

「ル、ルシル、あの……」

 彼女は少ししどろもどろになり、しかし数秒、瞳が交わるとそれが意味することを理解し、静かに目を閉じた。

 二人の唇が重なる。微かに濡れた音が耳に響く度に、ルシルの女の芯が疼く。リコットは目を閉じてそれに応じていたが、ルシルは薄目を開けていて、彼女の目尻が下がりとろんとする様を堪能した。

「舌を……」

 そう囁くと、リコットは一度だけ目を開け、言われたまま口元に舌を覗かせた。小犬のそれのようなピンク色のものを強く吸う。唾液で十分に濡れたそれは柔らかく、ルシルの唇の間で悶えるように蠢いた。

 顔を前後させてしごく。驚いたのか最初は乱れた呼吸が、次第にリズムを打ち始め、口はゆっくりと開いていった。根元まで吸いよせるようにして、自分の舌を絡める。二つの舌は、これから行われる二人の逢瀬おうせを予見するかのように激しく求めあった。

『おい! 舌を出せ!』

 ルシルの頭の中に下卑た男の声が響く。馬乗りされ、胸元を引き破られ、荒々しい息が顔を責める。

 あの忌ま忌ましい一瞬が脳裏をよぎって、不意に舌を離した。

「ルシル……どうしたの……」

 今にも泣きそうな顔で、しかし眠りに落ちる寸前のような甘い声で、リコットが聞く。

 ルシルは黙って近くにあった毛布を床に敷くと、そこにリコットを寝かせ、そして体の半分を埋めるように彼女に重なった。

「力を抜いて……」

 幼子に言い聞かせるように囁くと、リコットは一瞬、ぶるっと震えた。祈るように胸に手を添える。

 仰向けで重力に流れた胸は、しかし若さ特有の張りと弾力でその形は崩れていない。揉み上げると小さな乳輪には不釣り合いに、乳頭が迫り出した。絞り出すように乳房を揉みしだくと、それは小指の先ほどもつき上がった。片方を指で弾きながら、もう片方に吸いつき、舌で弄ぶ。それでリコットはひっくひっくとしゃくり声を上げて体をくねらせた。

 先端から弛みの根元まで、乳房に念入りに舌を這わせる。そして脇腹を通って下腹部まで、舌を止めることなくしゃぶりつく。香り立つような弾力のある肌は、舌の先に快い感触を与えた。一度、自分の貧弱なやわい胸をもんでみて、余りの違いにルシルはもう自分に同じ感触を求めることを諦めた。

 舌が股の茂みにまで到達する。その頃にはリコットの体にはうっすらと汗が滲み、胸を大きく上下させていた。

 アンダー・ヘアはコイン一枚分くらいしかなく、まだ発達途中なのだろう処理した痕もない。その下で半分埋もれた女核クリトリスを、優しく皮の中から引っ張りだした。

 舌が核に絡まり弄ぶ度に、リコットは、ひぃっ! と大きな悲鳴を上げた。しかし阻止しようと伸ばしてきた腕を払いのけ、脚を閉じさせまいとその間に体を滑り込ませた。

 膝を持って両足を大きく広げ、その中に顔を埋める。彼女の恥裂はまだ未発達で、女の部分はまだ少女のようにスリットがあるだけで、小陰唇ラビアのはみ出しもなく、指で広げたスリットの内部は何かに濡れ、肉々しいピンク色に輝いていた。それは蜜壺の秘口から僅かながら染みだしている、濃い滑りの体液のせいだった。

 それを指で掬って糸を引く様を楽しんでから、再び核に吸いついて刺激し、そのまま舌を谷間に沿ってゆっくりと下ろしていく。

「ダ、ダメ……そこは、ダメ……」

 リコットの抗議を無視し、ルシルはその舌を泉の奥へと侵入させた。その瞬間、秘口はキュッと閉まって体がのけぞった。

 塩ッ気のあるくぐもった匂いを鼻腔に十分に含んで、舌を前後に、中身を探るように動かした。その都度、リコットの体が痙攣する。脚を閉じて両手でルシルを引き剥がそうとする。その余りの力にルシルは一度、戦線を離れるしかなかった。しかし彼女が脱力し、ギュッと結ばれた足の指を見つけて、彼女に与えた攻めがどれほど有効だったかを実感した。

 一瞬、緊張がほどけて呼吸を整えるリコットを股から眺めながら、いざ戦線に戻ろうとした時、再び過去の記憶が蘇った。

なかはどうなってんだ、ええっ? お嬢様よう、確かめてやるぜ!」

 下腹部の中をかき回す痛みが、ルシルの胸をじくっと刺激した。本来なら封印したい記憶。しかし今のルシルは違った。

「膣はどうなってるの? 確かめてあげる」

 囁くように言うと、右手の中指を蜜壺の入り口に当てる。そこは蜜が漏れ溢れて、ルシルの探求を今か今かと待ち構えていた。

 指はするりと中に入った。厚い肉に絞られるような圧迫感のあるそれは喉元のようなきつい入り口だった。“下の口”なんてよく言ったものね、とルシルは凌辱された時の男の言葉を思い出した。

 それを過ぎれば想像以上に広い空間だった。中指の腹に当たるのは深いひだが無数にある厚い風船のような内壁、その周囲にも同じように襞があったが、感触だけでは形状すら計れない。

 凄い、こんな風になってるのね。

 ルシルは根元までずっぽりと入った中指を動かして、そこからの感触から内部を探った。そして腹側を強く押し上げ、グリグリとかき回すと、リコットがビクビクと痙攣し、体がのけぞるのが分かった。

 ここが一番感じるところみたいね、さあ、リコット、覚悟して……。

 ちらりとそんなことを思うと、今度は一気に責め立てた。中指だけでなく親指を女核にあてがい、膣天井と同時に攻撃する。リコットはたまらず毛布を引きちぎらんばかりに握り絞り、締めつける両足の指先はどれほど力が入っているのだろう、爪先は完全に内側に折れ曲がって震えていた。

「ル、ルシ、ダ、メ……」

「もっと声を出していいのよ……」

 ルシルは興奮した。こんなリコットは見た事がない。余り慣れていないだろう快楽に蹂躙されそれに必死に抵抗する様は、ルシルの劣情を最高潮にした。

 リコットを犯しているのだ。

 少なくともルシルはそう思った。そしてそれは計画されたことだった。ウォール・バンガーで走り出し、運転に余裕が生まれ始めた時、真っ先に考えたのがそれだった。振動がモロに伝わるチャチなシートが、ルシルの女の部分をずっと揺らしていたのが原因かも知れない。

 もちろんルシルにとっても経験値は決して高くはなかった。初夜のようにただ温もりを求めて抱き合うだけでなく、リコットを絶頂まで導きたかった。犯したかった。だからルシルは敢えて思い出したのである。パーティの夜、自分がどうやって男たちに凌辱されたのかを。戦争が始まって兵士たちにどんな風になぶられたのかを。それは強姦によって自分自身を価値無き者にまで貶めてしまったルシルの達観ともとれる客観視によって可能となった。

 その視線は恐らくリコットを襲った男たちと同じものだろう。ただ決定的に違うのは、ルシルがリコットのことを愛していて、リコットもそうだろうということだ。

 声にならない呻きがリコットの口から漏れ、極限まで緊張した体が突然、爆ぜた。

 体がくの字に浮き上がったかと思うと、全身が激しく痙攣する。膣が強烈に締まって指を弾き出す。その時、秘口の上からジョロっと液体が漏れ溢れた。失禁か、それとも潮か、その間もずっと痙攣は続き、その様子を眺めていたルシルは彼女の異変に焦燥感すら持った。

 その痙攣も頂点を迎えたのか、やがてぷつりと張りつめた線が切れたかのように、リコットの体は落下した。

 彼女の顔は恍惚として、瞳は焦点がなく、口からよだれが一筋、流れ落ちた。胸を大きく上下させて息をしているが、その反応の無さが内部で起こった爆発の大きさを物語っていた。

 ルシルが涎の跡を舌で拭うと、リコットの腕が首に巻きついてきた。

「ル、シル……好き……」

「あたしもよ、リコット」

 安心しきった表情でリコットは瞼を閉じてゆっくりと呼吸を始めた。ルシルはしばらく彼女の背中に手を回してそれにつきあっていたが、リコットが完全に眠ったことを確認すると、彼女の腕をほどいて上体を起こした。

 一呼吸ついて、横たわるリコットを眺める。ウォール・バンガーの胴体の内側は、スタンドライトの発熱でかなり温度が上がっていた。しかしもう臭いも何も気にならなかった。お互いの肌が汗で濡れ、それが光を反射してキラキラしているのを見るにつけ、ルシルはこれから自分がしようと思っていることを想像して気持ちが沸き立った。

 そう、リコットは果ててしまったが、ルシルはまだこれからなのだ。

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