悪役令嬢の誕生


「いま、首を落としても治せるかと訊いたぞ。聞こえなかったか?」

 体格のいい蟷螂族マンティスターが尋ねる。

「無理です、ムリ…」

 ソフィアが小声で答え、手を左右に振る。

「では、斬るのはやめよう」

 言葉の後、小さく枯れ葉を踏むような音がした。それを聞いた蟷螂族はいっせいに両手の巨大な鎌を下げる。

 続いて、「ヴォヴォ…」という筒のなかを風が通り抜けるような大きな音。

「なんだ、今のは?」

 少し気を緩めて、ガストンが言う。

「笑ったつもりだ。はねで喋っている身としては話すよりずっと難しい」

 蟷螂族マンティスターが言う。その声をよく聞けば、確かに背中から出ていた。

「羽をこすり合わせて喋ってんのか?」

「その通りだ」

「器用だな、あんた。そんでがくもある」

「これでも故郷の村じゃ知恵者で通っている」

 逆三角形のシルエットを持つ首をかしげて蟷螂族マンティスターが言う。その複眼には無数のガストンが映っていた。

「最高にクールな人たちですわ。無駄口をたたかず統率のとれた集団です」

 オリヴィアが言う。その口ぶりからすると、ガストンたちを無駄口ばかりの手前勝手な寄せ集めぐらいにしか思っていないようだったが、考えてみると確かにそうかもしれなかった。少なくともガストンから身勝手さが消えることはない。

「どうやって話したらいい? 隊長さん以外はオレたちの言葉を知らないようだが」

 ガストンが尋ねる。彼の頭のなかには、隊長が非番の時や倒れたときにどうするのかという懸念があった。単独で動けないようでは困る。

「簡単な会話なら笛でできます。やり方は後でうちのメイドから説明いたしますわ」

 オリヴィアは言う。

「安心した。あと、まず、隊長さんの名前を教えてもらえないか」

「私の名前はカテルだ。ほかの者の名前はおいおい覚えていってくれ」

 それから一同は簡単に自己紹介をした。最後にオリヴィアが名乗る。

「そして、私がオリヴィア・ワイズマンと申します。口さがない者からは『悪たれ令嬢』と呼ばれておりますが、これからは自分で名乗りましょう。『悪役令嬢』と。王家に仇成すと言われる者にふさわしい二つ名でありましょう。此度、『国王の忠実な下僕』を名乗る者からご丁寧な脅迫状とそれを裏打ちする襲撃を頂きました。ゆえにあなた方を雇ったのです。ワイズマン家は国外に疎開しようと思います。準備が整うまで、警護をお願いします」

 そう言ってオリヴィアは件の脅迫状を見せた。その封筒には五輪のバラが型押ししてあった。それは確かに王家の印のひとつ。そして、ソフィアの実家であるカモミール治療院に届き、イライザを戦慄させたものと同じ印であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る