最善最悪の槍

 目の前に飛んできた矢を見据えるガストン。彼は目を閉じない。青い瞳はやじりを映し続けていた。

 道中ずっと担いできた短槍をガストンは構える。カチャンという音とともに矢は弾かれ地に落ちた。気がつけば槍の鞘は真っ二つに割れている。槍の先端で矢をはたき落とした結果だ。

「さすが国一番の槍使い!!」

 クラリスが低い声で賛辞を述べる。

 槍鞘の内側から現れたのは研ぎあげられ白いきっさきしのぎは光を跳ね返し目が痛いほどである。けら首の地金も柄も金色こんじきに輝いていた。

「矢ぐらい落とせなきゃ困るぜ。何十年もこれしかやってねえんだからよ」

 ガストンは言う。言っている間も視線は一時も敵から離れることがない。

「その槍は総オリハルコンですね」

 良いものを見せてもらったという喜びがクラリスの表情にでていた。

「めざといなあ、あんた。大昔、副賞でもらったんだ。こいつばっかりはどんなにヤクザな質屋も引き受けてちゃくれねえ。俺の相棒だ」

 とガストン。オリハルコンは禁制の品で、国軍以外で所持と使用が許されているのはごく一握りの者だけだった。四〇年ほど前に槍の御前試合に優勝したガストンもその一人だった。

「オリハルコンは魔を断つのだとか。さすれば、この敵に最善では?」

 クラリスの顔が期待に輝きはじめている。

「こりゃまあ、重宝なもんよ。軽くて切れ味抜群。包丁にでもすりゃ奥様も大助かりってな」

 軽口を叩きながらガストンは刀を構えて向かってきたスケルトンを一突きした。ほとんど手応えもなく槍は敵の背中を突き抜けた。その次の瞬間、スケルトンは消滅する。戦果の証である頭蓋骨ももろともに。

しかばね退治にゃあ最善かもしれねえが、冒険者の得物としちゃあ最悪よ。どんなに倒しても証拠なし。クズ銅貨ももらえねえ。幾ら仕留めたって自慢しても、ホラ吹きみたいにしか思われねえ」

「おじさん、早く!」

 ソフィアが黄色い声を出す。スケルトンの大群が押し寄せてきた。

「わかってる」

 ガストンは槍を振るう。切っ先が触れた瞬間、スケルトンの身体が崩れて消えていく。あっという間に第一陣は消滅した。その数、五〇体。身につけていた装飾品や宝石が地面に次々と散らばる。

「無双ですね、ガストンさん」

 ソフィアが言う。素晴らしい見世物を見物いるときの上気した顔、少し上ずった声で。

「いいかんげんにしとけ。お代もなしで働かされている俺の気にもなれよ!」

 ガストンは不機嫌さを隠さずに言う。この大女だって、その気になればスケルトンの何体かを倒せる力を持ってるはずなのだ。なのに、鎧だけ纏ってただ見てるだけだ。

 そういえば、と思ってガストンは昔の仲間たちのほうを見る。彼らも戦っていた。動きが悪くない。用意してきた盾をうまく使っている。前衛は小盾を使って矢と剣の攻撃を受け流し、後衛は大盾で身を隠して、光属性の魔法の詠唱をする。屍であるスケルトンは光の魔法で斃すことができるのだ。朝方からスケルトン退治をしていたのだから慣れたものだった。彼らも五〇体ばかりのスケルトンを片付けた。ガストンと違うのは戦果である頭蓋骨がきちんと残っていることだ。

「うらやましいぜ、あんたらぁ…」

 ガストンは大げさに身体を震わせた。

 墓地を覆う金属の蓋は開かれたままで、なかから黒い煙がたちのぼっている。

 煙は空高く登るとあたりの湿気を巻き込んで黒雲となった。光はしだいに遮られ、あたりは薄暮のごとき様相を呈した。

 黒雲は雷雲と化し、雷鳴が轟く。最初の稲妻がはしり、電撃が地を打った。そこにいたのは、パーティーの魔法使いたち。悲鳴をあげながら、彼らは燃え上がり、赤い炎となった。あたりに人肉の焼ける嫌な匂いが広がる。魔法使いは真っ黒な死体に変わった。

「なんて…」

 リーダーである剣士アレックスが駆け寄ろうとする。

 黒焦げの死体が起き上がった。

「まだ息があ…」

 息があると言いかけたアレックスが首を振り、言葉を呑んだ。落雷で真っ黒になって生きている人間がいるわけがない。と、なれば…。

「魔法使いしゃんたちは、あたちたちの仲間にちちゃいました」

 舌足らずの口調、甲高い声がした。地下への扉が開き出てきたのは、真っ白な顔をした幼い女の子――に見えるものだった。彼女の頭からは二本の曲がりくねった角が生えている。

「転移魔法を無効にしたのも、あたちなの。あんたたち、みんな死体になんのよ」

 角のある幼女は言った。皆は戦いの流れが変わったのを感じた。

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