第三十一話 ミミック、衝突する


 最初に感じたのは、閉じた瞼を焼くような熱さだった。


 トンネルを出た先に、屋敷は無かった。

 瓦礫と化した残骸の山が、ただ燃えていた。


 庭にいたはずの魔物たちの多くは、血を流して倒れていた。

 フェンリルの毛皮は赤く染まり、バーングリフォンの翼は切り裂かれ、ダークゴーレムはボロボロに砕けて動かなかった。


 屋敷を囲っていたはずの吹雪も今は無く、代わりに辺りには火の粉が散っていた。

 夕暮れのように染まった庭の真ん中には、一人の人間が立っていた。


「なんだよ……これ……!」

「フェンリルちゃん達が!」


 ハルコが倒れた魔物たちの元へ飛んで行く。

 ウルスラは、今まで見たことのないような怖い顔をしていた。

 その目が、かつて屋敷だった瓦礫の山をジッと見つめている。


 俺と、それからマチルダだけが、その人間を見た。


 群青色の分厚そうな鎧が、冷たく佇んでいる。

 背中の剣はマチルダの身体と変わらない程の太さだ。

 獣を模したような迫力のある兜の隙間から、無表情な顔が覗いている。

 年老いてはいない。

 まだ若いと言ってもいいくらいの男だった。


「魔物が増えたか」


 男が発した声が、物理的な衝撃となって俺たちを襲った。

 魔獣のような気迫が肌にまとわりつく。


 怒りよりも先に、戸惑いと悲しみが襲ってくる。

 一体こいつは誰なんだ。

 なんでこんなことになってるんだ。

 ツバキとロベリアは、どこだ。


「アンドレアを殺した魔物は、貴様か?」


 アンドレア?

 そいつは、前にここに攻めてきた騎士団の団長だったはずだ。

 だとしたら、殺したのは確かに、俺だ。


「貴様ぁぁぁあああ!!!」


 隣にいたマチルダが、目にも留まらぬ速さで男に突っ込んでいった。

 虚空から現れた大剣を振りかざし、まっすぐ振り下ろす。

 男が背中の剣を抜き、正面からその一撃を受け止めた。

 金属のぶつかる鈍い音がして、周囲の瓦礫を吹き飛ばした。


「うるさい魔物だ」

「十年ぶりだなぁ!! 自分から斬られに来るとは良い度胸だ!!」

「だが、アンドレアをやったのは貴様ではなさそうだ。力が弱い」


 男は空いていた左手でマチルダの顔を掴むと、勢いよく地面に叩きつけた。

 鉄仮面にひびが入り、頭から血が流れる。

 投げ捨てられたマチルダがこちらへ転がり、ウルスラが抱きかかえた。

 すぐさま回復に入る。

 ありがとうウルスラ。



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『オズワルド・オールフォード』

種族:人間 伝説の大剣士


HP(生命力):SSS

MP(魔力): S

ATK(攻撃力):SSS

DEF(防御力):SSS

INT(賢さ): A

SPD(俊敏性):SS


固有スキル:【勇者の覚悟】【光の加護】【英雄】【剣聖】

習得スキル:【剛毅:崩し効果アップ大】【剣装備攻撃アップ大】【憤怒:怯み無効】



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 【魔王の慧眼】がステータスを表示する。

 さすがにかなり高い。

 覚醒黒龍と同じか、それ以上だ。


 それに【勇者の覚悟】?

 勇者だって?


「大丈夫かい、マチルダ!」

「ぐっ……不覚を……取ったか……」

「あの人間は何者なんだい? 知っているようなことを言っていたね」

「……ふん、やつは勇者の仲間だ。大剣士などと呼ばれ持て囃される、忌々しい人間だ!」

「大剣士オズワルド……彼が」


 オズワルドは表情を変えず、俺たちの様子を窺っている。

 間違いなく、この惨状はこいつの仕業だ。

 だが、ここにはツバキとロベリアがいたはずだ。

 まさか、やられたなんてことは……。


「ツバキさん!!」


 遠くでハルコの叫び声がした。

 見ると、さっきのマチルダとオズワルドの衝突で吹き飛ばされた瓦礫の下から、血を流したツバキが這い出てきていた。


「ツバキ!」


 駆け寄って、手を掴んで引っ張り上げる。

 思わず抱き締めると、微かに意識があるのが分かった。


「何があったんだよ! おい! 大丈夫か!?」

「……喧しいのう、耳元で。ぬしより先にウルスラをよこさんか……阿呆め」


 消え入りそうな声でそう言って、ツバキは血を吐いた。

 普段は白い巫女服が、今ではドス黒く染まっている。


「ウルスラ! ツバキを頼む!」

「もちろんだよ!」


 マチルダとツバキを並べて、ウルスラは二人同時に回復魔法をかける。


 ロベリアはどこだ。

 無事なのか。


「かつての魔王の手下ども。まさか生きていたとはな。だがそれだけでは、アンドレアが一瞬で消されるなどあり得ん」


 オズワルドは言いながら、ゆっくりとこちらに近づいて来た。

 ロベリアの無事が確認できていないが、こいつを放置するのはもっとまずい。


「それ以上近づくな!」


 両手に黒炎をまとって、構える。

 格下だ。

 俺は大丈夫。

 でも仲間たちはそうはいかない。


 オズワルドが足を止めた間に『包囲障壁ラウンドバリア』を全員にかける。

 何重にもかける。


「小細工だな」

「ロベリアはどこだ! 答えろ!!」

「勘違いするな、魔物。俺はお前たちにとって、紛れもない侵略者なのだ」


 刹那、急接近して来たオズワルドの剣が、一直線に俺の首元を狙った。

 平気だ。

 見てから避ける。

 それで充分だ!


 ドゴォォォォォォォォォオオン!!!


 地面に衝突した剣が轟音を立て、大地を揺らす。

 食らったらさすがに危ないか、これは。


「避ける、か」


 オズワルドはスッと小さく息を吸った。

 瞬間、俺の横を通り抜け、後ろでバリアに守られていたウルスラ達に剣を振るった。

 意表を突かれ、止められない。


 バリィィィィィィイン!!!


 耳に突き刺さる音で、バリアが割れる。


 なんて威力だ、強度不足だった!

 まさかあの【剛毅】ってスキルの効果か!?


 二撃目が、驚いた表情のウルスラに向けられる。

 回復に専念していたウルスラは、防御態勢が取れない。


「やめろ!!」

「させませんわ!!」


 寸前、ウルスラとオズワルドの間に魔法の壁が展開した。

 壁はあっさりと砕かれるが、その隙にウルスラはマチルダとツバキを抱えて後方に飛んだ。


「ロベリア!」


 モンスター達の死体の山から、血だらけのロベリアが現れた。

 ひとまず無事らしいが、かなり傷を受けている。


 オズワルドは大義そうに兜を触ると、俺たちを順番に見渡した。

 俺に攻撃が当たらないと見るや、すぐに周りにターゲットを移した。

 こいつは、明らかにヤバい。

 配合のために戦った魔物達よりも、殺意が桁違いに高い。


「ハルコ!!」

「はい!」

「みんなを逃して穴を閉じろ! こいつは、俺が抑える!」


 今はこれが最善策だ。

 守れるように修行してきた。

 技術を磨いた。

 だけど、過信はしない。

 俺以外を逃せば、なんとかなる。


「は、はい!」


 ハルコは次元のトンネルを開くと、みんなをそこへ呼び込んだ。

 ありがとうハルコ。

 行き先は任せた。

 今は無傷のお前と、ウルスラが頼りだ。


「ドラン様は!」

「大丈夫だ、今はお前たちだけ逃げろ、ロベリア!」

「ですが!」

「命令だ! 行けロベリア!!」


 俺が言い放つと、ロベリアは観念して穴の中へ消えた。

 続くウルスラたちをオズワルドが襲うが、先に回り込んで、剣を両手で受け止める。


「足手まといを逃すか。聡いな」

「お前の相手は俺だ! アンドレアを殺したのもなぁ!」

「……ほお。そうか」


 全員がトンネルに入るのを確認して、オズワルドを投げ飛ばす。

 力は負けてない。

 頼むぞ、魔神。


「上級の魔物が徒党を組み、こんな辺境に集まっている。頭目と見られるのはかつての魔王の手下、魔女帝とフォールヴァルキリー。だがそれらも大したことはない。アンドレアとその軍を、一瞬で壊滅させるには足りない」


 オズワルドは地面に降り立ち、剣を構える。


「そこへ現れた正体不明の貴様は、アンドレアを殺したのは自分だと言う。そして、俺の攻撃を受け止める」


 言うや否や、再びオズワルドの剣戟が襲い来る。

 見える。

 ツバキと剣速は大差ない。


 振り下ろされる剣の腹を、『業火の鉄拳ブラストナックル』で横から殴る。

 体勢を崩したオズワルドの胴に、もう一発拳を叩き込んだ。

 オズワルドはフリーの左手でそれを防ぐが、そのまま後方に吹っ飛んだ。


「貴様は何者だ。魔王亡き今、貴様のような魔物がなぜ存在し得る」


 オズワルドは、自らの剣の柄を強く押し込んだように見えた。

 ガキン!

 と低い音がして、剣の形状が変化していく。

 太かった剣が、真ん中で二つに裂ける。

 大剣は見る見るうちに二本のロングソードに姿を変え、オズワルドの両手に収まった。



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『オズワルド・オールフォード』

種族:人間 伝説の双剣士


HP(生命力):SSS

MP(魔力): A

ATK(攻撃力):SSS

DEF(防御力):SS

INT(賢さ): A

SPD(俊敏性):SSS


固有スキル:【勇者の覚悟】【光の加護】【英雄】【剣聖】

習得スキル:【神速:攻撃速度アップ大】【剣装備攻撃アップ大】【憤怒:怯み無効】



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 【魔王の慧眼】が再び発動した。

 防御力が落ちた代わりに、俊敏性が上がっている。

 おまけに、スキルまで変わった。


「答えないなら、それもよし。我が弟子アンドレアの騎士道、滅した罪は重いと知れ!」

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