第二十二話 ミミック、共感される


 配合装置のスイッチを、力強く押し込む。


 カプセルの中の黒龍とオリハルコンスライムが稲妻と黒炎に包まれ、装置を伝う管が暴れ出した。

 割と見慣れてしまった、配合の瞬間だ。


 触媒は不要。

 どちらの人格が残るか分からないが、さすがに、黒龍だろう。

 なにせあの強さと、ドラゴンの威厳だ。

 オリハルコンスライムは終始プルプル震えていただけだったし。


 そんなことを思いながら、ウルスラと並んで配合結果を見守る。

 念のため、次元龍になった黒龍が暴れるのに備えてバリアを張った。


 装置の奥の台座に、黒龍よりずっと小さな、猫ほどの大きさのエネルギー体が出来上がっていく。

 黒龍やクリムゾン・ドラゴンは大きかったが、この次元龍はかなり小さい。

 もともと戦闘向きのモンスターではなく、ドラゴンといっても特殊な存在なんだそうだ。


 濃い藍色の鱗の隙間に、ところどころ黒い水晶が混じった身体。

 翼は小さく、手足は短い。

 口の隙間から覗く牙も可愛らしく、シルエット以外は到底ドラゴンとは思えないこのサイズ感。

 これが、次元龍か。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


『』

種族:次元龍 SSS


HP(生命力):D

MP(魔力):SSS

ATK(攻撃力):C

DEF(防御力):D

INT(賢さ):SSS

SPD(俊敏性):A


固有スキル:【次元渡り】【龍の加護】

習得スキル:【猪突猛進】【MP自動回復大】



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 さすがに変わったステータスだ。

 固有スキルの【次元渡り】、あれが今回の目的物。

 だが、今の問題は……。


「やあ、次元龍くん」


 ウルスラの第一声に、次元龍はゆっくり目を開けた。


「う、うーん……はっ!」


 カッと見開かれた次元龍の目と視線がかち合う。

 次元龍はぽかんと口を開け、数瞬固まった。


「あーーーーっ!!!」


 大音声。

 俺とウルスラは咄嗟に耳を塞ぎ、なんとか耐えた。


「ななな、なんだ!」

「随分元気だね」

「か、か、か!!」


 か?


「勝ったーーーっ!!」

「うるせえ」

「痛っ!」


 思わず次元龍の頭を殴ってしまった。

 ドラゴン特有の、頭の中に直接響く声。

 この声で叫ばれると、うるさくて仕方ない。


 しかし、これはひょっとして……。


「ドランさん! ウルスラさん! どうも、オリハルコンスライムです!」


 結果オーライ……なのか?



   ◆ ◆ ◆



「僕は感動したんですよ! ウルスラさんとドランさんの会話に! 同じ擬態系の魔物として!」

「は、はあ……」


 こいつ、聞いてたのか、あの話……。

 知能が高いのだろう。

 スライムの時には人語を話せなかったとは言え、理解はしていた、ということか。

 しかも鍾乳洞の中だけでなく、配合場までの道中の会話も全て、聞いていたらしい。

 けっこうウルスラに弱音を吐いてしまってたから、かなり恥ずかしい。

 

 俺たちは三人でまとまって、ゆっくりと屋敷に向かって飛んでいた。

 次元龍は、一度行った所でないとトンネルで繋ぐことはできないうえ、今は配合直後でスキルも使えない。


「僕もあの鍾乳洞の中でずっと、鉱物に擬態して生きていました。でも僕にはアルラウネやミミックと違い、獲物を襲うということができません。ただ、敵に見つからないように身を潜めて生きる。防御力以外はてんで弱いから、どこか他の場所に行くこともできない。種族としての宿命。これがオリハルコンスライムの人生。そう諦めていたところに、あなたたちが現れた。そこであんな話を聞いてしまったら、感激して、ウズウズして、仕方ありませんでした」


 元オリハルコンスライムは目に涙を溜めて、身体を震わせていた。

 そうか、こいつも俺たちと同じような、いや、それ以上に過酷な生活を送っていたんだな。


「それで、お二人は僕と黒龍を配合して、次元龍を作ろうとしているって言うじゃないですか! 僕はもう、お二人をお手伝いしたくって堪らなくなりまして! だけど相手は、あの黒龍でしょう? 半分諦めていたんですけど、どうやら、勝てたみたいです!」

「ほお、それは凄いね」

「でしょう! いや、ホントは僕もびっくりしたんですけどね、微かに覚えているのは黒龍の、うーんなんて言うんですかね、絶望と言うか、無力感と言うか。とにかく黒龍は、確かに恐ろしいやつだったんですが、あまり生への執着を感じませんでした。その点で、僕のお二人に協力したい情熱が、勝ったということなんじゃないかと!」


 次元龍は聞いてもいないことを、ものすごく詳しく説明してくれた。

 それにしてもこいつ、めちゃくちゃよく喋るな。

 まあ、一人くらいこんなやつがいても良いか、賑やかになるし。


「それはよく頑張ったね。ありがとう」

「はい! 僕も嬉しいです!」


 ウルスラに頭を撫でられて、次元龍は満足そうだ。

 まあ確かに、こいつが黒龍に勝ってくれたことは、俺たちにはかなり都合が良いと言える。

 幸い俺たちのことを気に入ってくれているみたいだし、協力が期待できそうだ。


「ですが、ドランさんも大変ですね。ミミックからいきなり、魔神だなんて。こんなことを言うのは失礼かもしれませんが、魔王はどうして、ミミックに負けてしまったんでしょう?」

「いや、俺もそれは疑問に思ってるよ。魔王は生への執着も強かったはずだから、本当に理由がわからないんだ」

「単にドランくんの精神力が、規格外に強靭だったということもなさそうだしね」

「いや……まあそうだな」


 否定できませんね、それは。

 なにせついさっきまで、ウルスラに泣きついてたわけだし。


「まあ、今それを考えても仕方ない。魔王が戻るわけじゃないからね」

「戻ったら戻ったで、俺は困るんだよなぁ、結局」

「複雑な心境ですね。僕も、自分が消滅していたらと思うとゾッとしますよ」


 次元龍はブルっと身体を震わせて、ドラゴンの姿で器用に肩を竦めた。

 感情表現の豊かなやつだ。

 たぶん、良いやつなんだろう。


「ところで、いつまでも次元龍と呼んでいるのは、なんだか寂しいね」

「ああ、そうだな。何か名前をつけてもいいか?」

「はい! ぜひお願いします!」


 ツバキの時以来、二度目の命名タイムだ。

 センスが問われる。

 実は苦手なんだけど、今回はウルスラもいるから、良い案が浮かぶんじゃなかろうか。


「それじゃあ、『じげたろう』はどうかな?」

「えっ! ……ま、まあ、一つの候補ということで!」


 ウルスラには期待できないことが確定した。

 これは、俺の責任重大だ。


 じげたろう(仮)が、縋るような目で俺を見る。


「うーん、じげ……じげん……ジゲン?」

「『じげん』から離れてくださいよお! 絶対可愛くなりませんから!」

「難しいこと言うなあ……」


 だったらオリハルコンスライムの方から、少しもじろうか。


「……『すらたろう』」

「『たろう』も禁止です! 安直にもほどがありますよお!」

「『すらのすけ』はどうかな?」

「いや、ウルスラは黙っててくれ」

「酷いじゃないか。けっこう可愛いと思うけれどね」


 そもそも、『すら』を使うとそれこそ『ウルスラ』と響きが被る。

 うーん、難しい。

 逆に、ツバキって名前がものすごく良い名前な気がしてきた。

 センス良かったんじゃないか、あの時の俺。


「そもそもお前、男なのか?」

「そうですよ、もちろん」


 そうなのか。

 うーん、そうか。


「どうしたんですか?」

「いや、『ハルコ』なんて呼びやすくて良いかなって思ったんだけど、男だよな、やっぱり」


 ちょっと可愛すぎるか。

 まあ声を聞く限り子供っぽいから、悪くないと思うんだけど。


「ハルコ……」

「いや、いいよ。別のを考えるからさ」

「ハルコ! 良いですよハルコ! 可愛いですね! 気に入りました! それにします!」


 おお、どうやら意外と好評らしい。

 ウルスラも頷いている。

 思いつきでも言ってみるもんだな。


 じげたろう改めハルコは、俺とウルスラの前に躍り出ると、腕を上げてこう宣言した。


「それでは次元龍のハルコは、今からあなた方の仲間です。僕にできることなら、なんでもします。一緒に楽しく、この人生を謳歌しましょう」


 俺とウルスラは視線を交わす。

 色々あったけれど、なんだかんだ苦労した甲斐はあったんだろうと思えた。


「よろしくお願いします!」

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