第十一話 ミミック、決心する


 ツバキが来てから二度目の食事が終わった。

 相変わらず、この屋敷の食事は美味い。美味すぎる。


 ミミックの頃はなにせ、人間しか食ったことがなかった。

 ミミックはエネルギー効率がやたら良いから、一度の食事でかなり長い間活動することができる。

 滅多に人が来ることはなかったが、俺は飢え死にすることもなく、何年もあのダンジョンで過ごしていたのだ。


 ダンジョンの外の世界も、俺は知らなかった。

 それどころか、他人と話したこともなかったんだ。

 ここ数日はずっと激動だったから、忘れていた。

 今俺は、ずっとできなかった、ずっと憧れていた、普通の生活というものを手に入れていた。

 まあきっと、これでも普通とは程遠いんだろうけど、それでも、とにかく俺は嬉しかったのだ。


「なあツバキ、これから俺は、どうするべきなんだろうか」


 寝室兼書斎の自室で、俺はツバキに尋ねた。

 ベッドに腰掛ける俺と、窓際に座るツバキ。

 外は今日も風が強く、月が大きかった。

 アンドレアに打ち消された吹雪のバリアは、いつのまにか張り直してあった。


「どうするべき、ということはあるまい。どうするのも、どうしないのも、ぬしの自由じゃろうに」

「そうは言っても、俺は魔王だ。いや、魔神なんだけど、魔王のポジションに座ってしまった。配下の二人も騙して、この屋敷も勝手に使ってる」

「……それで?」

「……俺は、魔王の役目を代わってやるべきなんじゃないだろうか?」


 それは、ずっと気になっていたことだった。


「ふむ、ぬしはそう思うのか?」

「ああ、まあ少し、な」

「なぜじゃ」

「それは……魔王がいないと、みんな困るだろ。たぶん」


 魔王とは、俺たち魔物を統べる王だ。

 実際ミミックやスライムみたいな末端の魔物にとっては、魔王の存在はそこまで大きくはない。

 けれど人間と魔物、この二大勢力を考えた時に、魔物側を支えているのは間違いなく魔王だ。

 直接的な統治とか、政治的な力ではなく、象徴。

 絶対的なトップの存在が、人間を牽制している。


 逆もまた然りだ。

 人間は勇者や各国の王がその象徴となって、魔物を遠ざけている。

 だからこの十年、魔王を失った魔物たちはかなり抑圧された生活を送っていた。

 これは魔王の記憶から学んだことだ。


「だが、勇者は魔物の迫害を許さなかった。妾たちをそれぞれの住処に帰し、細々と暮らすように促しただけじゃ。この十年、かつてのような魔物の跋扈する時代は終わったが、大人しくしていれば生きてゆける。それができずに殺されるのは、愚か者か、弱者だけじゃ」

「それはまあ、そうなんだろうけどさ」

「なにも妾は、ぬしの考えを否定しているわけではない。ただその考えが、今の立場になって感じた責任感のようなものなら、ぬしは本当にそれで良いのかと、そう思っているだけじゃ」


 ツバキは立ち上がり、俺の隣にストンと腰を下ろした。


「妾は魔王と顔見知りじゃった。いや、まあ、友人じゃった。あやつは妾に言っておったよ、自分と配合される相手には申し訳ない、とな。ぬしも知っているのではないか?」


 言われて、俺はマチルダの『記憶交差』で手に入れた魔王の記憶を、もう一度掘り返した。

 確かに、クリムゾン・ドラゴンとそんなことを話す、魔王の姿が思い出された。


 そうか、魔王はそんなことを言っていたのか。


「魔神になるために、一体の魔物の精神を消滅させる。魔王はそのことに罪悪感を持っておった。でもこうも言っておった。強い者が生き残って、弱い者が消える。これが世界の摂理だ、と」

「それは、さすが魔王だな」

「うむ。そして、ぬしより弱かったあやつは消えた。ただ、それだけのことじゃろう」


 ああ、そういう風に繋がるのか。

 でもそう言われると、ますます魔王が気の毒だった。


「昨日配合される前、妾も言った。負けても自己責任。ましてや魔王は、配合を望んだ本人じゃ。なにも文句は言えんよ。じゃから、ぬしだって自分で手に入れたその身体、好きに使えばいいのじゃ」

「……お前は、強いな。コスモ・フェアリーに勝っただけのことはある」

「ふん。あんなひよっこに負けるものか」


 得意げに薄い胸を張るツバキに、自然と顔が綻んだ。

 やっぱり、相談役を頼んで良かった。

 こいつが来る前と後じゃ、不安の度合いが段違いだ。


「で、ぬしはどうしたいのじゃ。その力があれば、大抵のことはなんでもできるぞ」

「そうだな。でも俺は、普通の暮らしがしたいんだ。ずっと、何年もダンジョンで、箱のフリして生きてきたから」

「ほお」

「仲間が欲しいな。一緒に話して、一緒に食べて、一緒に生きるんだ。家来と主人とか、そんな関係じゃなくて、そう、家族みたいなさ」

「まあ、あの二人がなんと言うかは知らぬがな」


 言われて、マチルダとロベリアの顔が頭に浮かんだ。

 確かに、あいつらはどうするんだろうか。

 まあそりゃあ、打倒勇者に向けて行動するんだろうけど、肝心な魔王はもういない。

 そしてそのことに、気付けてもいない。

 思えば少し、可哀想な気がした。


「何はともあれ、やりたいようにやることじゃな。幸いちからはある、住むところもある、妾もいる。何かを始めるにはちょうど良かろう」

「そうだなぁ。それじゃあしばらくは、自分の好きなようにしてみようかな」

 俺はかなり前向きになって、やりたいことを考えてみた。


 やっぱり最初は家族とか、友達が欲しい。

 それも、ツバキみたいに対等に関われる仲間が。


 そうだな……。


「ツバキ、そういえばお前は、なんで自分の特殊配合のレシピを知ってたんだ?」

「ん? あぁ、魔王がいつか、ちらっと言っておったのじゃ。どうやら、あやつの配合に手を貸していた魔物配合師がいたらしい。その配合師が、レシピを大量に持っている、と」

「ああ、シグムンドとかいう、あの配合師か」


 元勇者専属魔物配合師シグムンド。

 俺と魔王を配合して魔神を生み出した、魔王に協力していた人間。


 なるほど、これは、もしかすると……。


「ツバキ、良いことを思いついたぞ」

「ふむ?」


 やっぱり仲間になってもらうなら、頼りになる魔物が良い。

 それから、できれば俺みたいな、孤独なやつ。

 そういうやつを探して、誘って、それから。


「仲間を、配合で作ろう」

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