第九話 ゆうしゃ、不安に駆られる


「オズワルド様!!」


 『王城ヴァレリアン』の一室に、慌てた兵士の声が響いた。

 部屋の中にいた四人の男女が、一斉に扉の方を向く。


 ここは『王都アヴァレスト』。

 人間の暮らす領域の中では最も大きく、そして最も栄えた国である。

 その王城の貴賓室には、かつて世界を支配せんとした魔物の王、『魔王』を打ち倒した勇者と、その仲間たちが滞在していた。


 兵士に名前を呼ばれたオズワルドは、全員が人類最強クラスを誇る勇者パーティの中でも、一際体格の良い、頑強で落ち着いた男だった。


 『大剣士オズワルド』


 人々は彼をそう呼ぶ。

 彼の振るう剣は山を切り裂き、ドラゴンの首を落とし、その一撃は魔王にも傷をつけた。


「なんですか、騒々しい」


 答えたのは神官の格好をした女だった。

 大きな帽子を深々と被り、目を隠している。

 白と黒を基調にした祭服にはルーンが刻まれ、黒い髪が腰まで伸びている。


「た、大変です!! あ、あ、アンドレア様が!!」


 途端、寡黙なオズワルドの目が細くなった。

 腕を組み、部屋の端に黙って立っていた彼が、一歩前に出る。

 重量感のある群青の鎧が音を立てた。

 兜の奥で、鋭い両目が兵士を睨む。


 聖騎士アンドレア。

 それはオズワルドが最も信頼し、可愛がっていた弟子であった。

 現在は師の元を離れ、シルバリオン王国の騎士団を率いていたはず。


「アンドレアが、どうした」

「昨日、魔物討伐に向かわれたのですが……!!」

「だから、それでやつがどうした」

「あ、アンドレア様は何者かに討たれ……戦死されました……」


 オズワルドの目が見開かれた。

 彼を中心にして強風が起こり、部屋の角に置かれていた壺が弾け飛ぶ。

 掛けられた絵画にはヒビが入り、シャンデリアが落下しそうなほど揺れていた。


「そんな……! アンドレア君が、どうして……!」


 青紫色のローブを着た、魔法使い風の女が口を押さえた。

 ショックと悲しみに、丸い大きな目が潤んでいる。


「情報は確かなのかい? 彼がそう簡単に死ぬなんて、どうしても信じられない」


 上半身だけを守るライトアーマーとマントを身につけた男が立ち上がり、落ち着いた様子で尋ねた。

 どこにでもいそうな体格と、柔和な顔。

 それでいて芯の強そうな緑色の目が特徴的なこの男こそ、世界を救った英雄『勇者パーシヴァル』である。


「共に出撃した騎士の、唯一の生き残りが証言しています! アンドレア様だけでなく、騎士団はその者以外全滅……。しかもその騎士が言うには、壊滅は一瞬だった、と……!」

「一瞬……」

「なんて、残酷なことでしょう……」


 女性陣二人が顔を背ける。

 勇者はオズワルドに近づき、頭一つ分背の高い大剣士を見上げて言った。


「行くのかい?」

「無論だ」

「だったら僕も行こう」

「いや、お前は来るな。俺の問題だ」

「危険だ! いくら君でも、アンドレア君を倒した相手のところに一人で行くなんて!」

「どんな輩の仕業か、確かめるだけだ。それに、俺とお前が二人でここを離れれば、それこそ危険というもの」

「……けれど僕には、親友を放っておくなんてことは……!」

「親友なら、俺のちからは分かっているだろう。安心しろ。俺は、お前よりも強い男だぞ」


 そこまで言って、オズワルドは一人、部屋を出ていった。


「オズワルド……無茶はしないでくれよ」


 勇者パーシヴァルは唇を噛み、友の無事を祈って目を閉じた。


 魔王が倒れて十年。

 魔物の数こそ減らずとも、世界は平和だった。

 しかし今、新たな脅威が生まれているのかもしれない。


 勇者は腰に提げた『聖剣デュランダル』を握りしめる。

 かつて魔王を葬った、世界最強の剣だった。


「魔王……君なのか?」


 その日、大剣士オズワルドは単騎、王城を出立。

 ミミックによるサムライエルフ配合、その同時刻のことであった。

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