第6章 噛み合う歯車 後編

 しばらく歩いていると、オークの洞窟と同様に開けた場所が見えてきた。中にはリザードマンが数体と、リザードマンよりも派手な鎧を着たリザードマン、そして剣ではなく杖を持ったリザードマンがいた。

「リザードナイトとリザードメイジだ。どっちも魔法を使ってくる」

 端末を見ながら遼二が呟いていた。遼二は懐から回復アイテムを取り出した。それを見た梓達は驚いた。

「なんだよ」

 不満そうに遼二は言った。梓達は目を合わせた。

「だって、アイテムはあまり使いたがらなかったじゃなかったですか」

 苦笑しながら和幸が返していた。

「もう、アイテム使うこともないからな。最後ぐらいは使ってもいいだろ」

 そう言われ梓達はハッとなった。

「そっか。この戦闘が終わったら、最後なんだね」

 どこか悲しそうに梓が言った。

「だから、悔いが残らないようにしたいんだ」

 そう言うと遼二は、新しい回復アイテムを使った。

「で、どうするんだ? 回復アイテムは使うのか?」

 遼二に言われ、梓達も回復アイテムを取り出した。その様子を見て遼二はステータスを確認する。全員のステータスが最大まで回復していた。

「一発勝負だ。行くぞ」

 端末をしまいながら遼二は言った。だが、視線の先に梓と和幸はいなかった。

「結局最後までこれか……」

 遼二はため息をついた。そして、残っていた遥を見た。

「あたし、絶対に負けないの。お姉ちゃんは、あたしだけのものなの」

 遥は蒼ざめながらも遼二に強い視線を送った。ただ、そこには今までのような敵意は含まれていなかった。それを聞いて遼二は肩をすくめていた。


 洞窟の奥の開けた場所は草でおおわれていた。その小さな草原ともいえるところにリザードマン達は立っていた。リザードマン達は一様に何かの気配を感じた。リザードナイトが何かを叫んだ。それを聞いたリザードマン達が一斉に洞窟の開けた場所の出口へと向かっていった。


 遼二が開けた場所に入った時にはちょうど戦闘が始まっていた。リザードマン達が、梓と和幸相手に戦っている。遼二もまた剣を抜いた。新しい敵が来たのを見たリザードメイジが魔法を唱え出した。そのリザードメイジに向かい、氷の弾が飛んでいった。リザードメイジは詠唱を中断し、身をかがめた。

(あっちは任せていて大丈夫そうだな)

 遼二はリザードメイジを見ながらそんなことを考えていた。そして、意識を再び目の前のリザードマンに向けた。リザードマンが振り下ろした剣を遼二は受け流した。リザードマンはバランスを崩しそうになる。遼二はバランスを崩しかけたリザードマンにとどめを刺そうとした。だが、遼二は視界の端に何かをとらえた。遼二は今まで戦っていたリザードマンにとどめを刺すことなく別のリザードマンへと向かっていった。バランスを崩したリザードマンは、なぜ人間が自分のことを見逃したのかわからなかった。が、深く考える前に飛んできた氷の弾により頭を貫かれた。

(次なの!)

 遥は銃を構えなおした。再び彼女の視線に魔法を唱えているリザードメイジの姿が飛び込んできた。遥はリザードメイジに銃口を向けた。その途端、リザードメイジが何かを叫んだ。遥とリザードメイジの間にリザードマンが割って入ってきた。遥は目を見張った。が、何もしないわけにはいかなかった。リザードマンに向け氷の弾を放った。リザードマンは氷の弾を受けひるむ。だが、その代償にリザードメイジは詠唱を完了させていた。そして、手下のリザードマン達と遼二達が戦っている場所に火球を飛ばした。

「お姉ちゃん!」

 遥は叫んでいた。その叫びに惹かれるかのように、先ほど氷の弾を受けたリザードマンが襲い掛かってきた。遥は涙を浮かべながら襲い掛かってきたリザードマンに銃を向けた。銃から氷の弾が放たれる。一瞬リザードマンはひるんだが、なおも遥へ向かい走ってきた。

「っ……!」

 遥は小さく舌打ちしていた。遥の眼前でリザードマンは剣を振り上げた。思わず遥は目をつぶった。だが、いくらたっても何も起こらなかった。遥は恐る恐る目を開けた。遥の前には、リザードマンの剣を受け止めている梓がたっていた。

「お姉ちゃん……?」

 遥は呟いていた。梓は一瞬遥に視線を向けると、リザードマンに向きなおった。梓はリザードマンの剣を弾き飛ばした。慌ててリザードマンはその場から引こうとした。が、それよりも早く梓の拳がリザードマンのみぞおちに叩き込まれていた。リザードマンは崩れ落ちる。梓は小さく息をついた。

「大丈夫?」

 梓は遥に話しかけていた。遥は何度も頷いていた。梓は先ほどまでいた場所を見た。戦闘不能になったと思しきリザードマンが転がっていた。

「リザードマン盾にしろって、ずいぶん無茶こと言いますね」

 呆れながら和幸が遼二に言った。遼二は無言だった。非難の視線を和幸は遼二に送ると和幸は視線を遼二からリザードマン達に移した。リザードマン達は予想外のことに動揺しているのか、動きが鈍かった。和幸は刀を握りなおした。その和幸の脇を遼二は駆け抜けていった。和幸が止める暇もなかった。和幸は遼二を目で追った。そして、目を見開いた。

(リザードメイジの周りに誰もいない。今なら、いける)

 遼二にはそんな確信があった。案の定リザードメイジの護衛のリザードマン達の動きは遅れていた。遼二がリザードメイジに向け剣を振りかぶった時に、ようやくリザードマン達が動きだしていた。

「遅い」

 遼二は小さくリザードメイジに告げた。遼二は、遼二自身が驚くほど冷静だった。リザードメイジは慌てて杖を構えた。が、遅かった。遼二の剣がリザードメイジの腹を貫いていた。リザードメイジは目を見張る。リザードメイジは遼二の剣を抜こうと剣をつかんだ。それを見ると遼二は、無表情に二度三度剣を回した。リザードメイジは倒れた。ここで遼二ははっとなった。そして、驚いたように辺りを見回す。

「えっ、何?」

 遼二の豹変ぶりに、思わずリザードマン達は足を止めた。そのリザードマン達の頭に目掛け氷の弾が続けざまに飛んできた。リザードマン達が銃を構えている遥へと視線を変える。視線を変えたリザードマン達にリザードナイトが何かを叫んだ。一体のリザードマンが背後から遼二に斬られた。それを見てリザードマン達の注意が再び遼二へとそれた。

「今だ!」

 遼二は叫んでいた。はじかれたように梓と和幸がリザードマン達に向かって行った。その様子をリザードナイトは苦々しく見ていた。そして、突如大きく息を吸うと口を開いた。リザードナイトの口に赤い光が集まる。赤い光の正体は火炎だった。リザードナイトの口から火の息が遼二達とリザードマン達が戦っているところへはなたれた。周囲が炎に覆われる。これにより遥からは遼二達やリザードマン達の姿が見えなくなる。


 リザードナイトの火の息の中で遼二は、辺りを見回した。熱感は高温設定のガスヒーターの前にいる程度でしかなかったが、それでも熱いことには変わりなかった。全身がひりひりと痛む中、遼二は目の前に迫ってきたリザードマンを見て目を見張った。

(炎が効いてない!?)

 リザードマンは平然としていた。遼二に向かい襲い掛かってくる。すぐに遼二はリザードマンを迎え撃った。だが、体は思っているようには動かなかった。

(やけどのペナルティでもあるのか!?)

 舌打ちしながら遼二はリザードマンが振り下ろした剣を受け止めた。リザードマンの動きは炎に包まれる前と変わっていなかった。

「くそっ!」

 思わず遼二は悪態をついていた。遼二の声に応じるかのようにリザードマンが剣を押し込んできた。遼二の剣がはじかれる。とっさに遼二はその場から離れようとした。だが、それよりも早くリザードマンの剣が遼二の体をかすめた。痛みが遼二の体を襲った。遼二は顔をしかめた。そして、剣をリザードマンに向けふるう。その攻撃は、リザードマンの体をかすめただけであった。リザードマンのうろこが何枚か落ちる。その瞬間だった。リザードマンは突如苦しみ始めた。剣を落とし、しきりにうろこが落ちた部分に手を当てる。

(うろこでやけどのダメージが少なくなっていたのか!?)

 遼二は目を見張った。そして、やけどのダメージをこらえつつリザードマンに向かって行く。リザードマンはやけどのダメージの効果が大きいのか、遼二が近づいても悶えていた。遼二はリザードマンの体に剣を振り下ろした。リザードマンは遼二の攻撃を受け倒れた。リザードマンは二度三度体を震わせると、動かなかなくなった。遼二がリザードマンと戦っているうちに、火の息が薄くなっていた。遼二は素早く端末を取り出した。

(遥は巻き込まれていないから大丈夫。だったら……)

 遼二は梓を見て、次いで和幸を見た。そして、懐からビスケットを取り出すと近くにいた和幸に投げた。間髪入れず遼二はヒールの魔法を唱えだす。遼二の動きが止まったのを見た新手のリザードマンが遼二に向かって行った。舌打ちしつつ遼二は魔法を唱えつつその場から離れようとする。が、遼二が動いた瞬間、魔法陣はかき消された。

「なっ……!」

 遼二は目を見張った。リザードマンが剣を振り下ろしてくる。遼二は剣を構えようとしたが、和幸が間に割って入ってきた。リザードマンの剣と和幸の刀がぶつかる。

「遼二、早く魔法を!」

 和幸は遼二に向かい叫んでいた。遼二は小さく頷いていた。再び遼二の周りに魔法陣が薄く形成された。ほどなくして魔法陣が濃くなる。

「ヒール」

 遼二は梓に向かいヒールを唱えた。梓の周りが淡い紫色の光に包まれた。淡い光はすぐに消滅した。遼二はステータスを見た。梓の体力は回復していた。遼二は安心すると懐からビスケットを取り出し、口に含んだ。

(体力は回復。後は……)

 遼二は心の中で呟くとリザードナイトを見た。リザードナイトは何かを叫んでいた。

(今度は何だ……!?)

 遼二は辺りを見回した。どこかで足音がした。遼二は音がする方向――後ろを見た。視線の先にあったのは、遼二達が入ってきた通路だった。今回も通路は、オークソルジャーと戦った時同様壁のようなもので塞がれていた。足音は塞がれた通路の奥から聞こえていた。壁の中からリザードマンが現れた。

「なんで!? ここには入ってこれないはずじゃないの!?」

 梓が叫んでいた。

「いや……ひょっとしたら、“部屋の中から出る”ことはできなくても“部屋に外から入る”ことはできるんじゃないのか? ほら、背後からの不意討ちとかゲームじゃよくある手だ」

 遼二は淡々と言った。そして、梓の表情に気づいた。梓の表情は蒼ざめていた。小さく舌打ちしながら遼二は、後ろへと駆け出していた。


 遥の銃から放たれた氷の弾が一体のリザードマンをのけぞらせた。だが、遥に向かってくるリザードマンは一体だけではなかった。二発目の氷の弾はかろうじて放たれた。初めに氷の弾を当てたリザードマンとは別のリザードマンに氷の弾が命中した。この二度の攻撃で遥とリザードマンの間合いはほとんどなくなった。小さく舌打ちすると遥は銃をしまい、刃先が三日月のように曲がった小型のナイフを取り出した。取り出すと同時に遥は、ナイフで先頭にいたリザードマンに切りつけた。のどを切りつけられたリザードマンは、何が起きたのかわからず呆然としたまま倒れた。

「次なの!」

 遥はナイフを構えなおした。額の一部が凍り付いたままのリザードマンが剣を振り下ろした。遥はリザードマンの剣をナイフで受け止めるともう片方の手に持ったナイフでリザードマンの剣を持つ手を刺した。リザードマンは剣を落とした。リザードマンが丸腰になったのを見た遥はナイフを下から切り上げた。リザードマンは動きを止め、そのまま倒れた。遥は次のリザードマンを攻撃しようとした。が、どこからか炎の矢が飛んできた。

「わっ!?」

 遥の手からナイフが離れた。遥は両手を振りつつ正面を見た。そして、目を見張った。

「なんで……なんでリザードメイジがもう一体いるの!?」

 遥の叫び声を聞いたリザードメイジが再び魔法を唱え始めた。遥は銃を構えた。が、遥とリザードメイジの間に残っていたリザードマンが割って入った。リザードマンが遥に向かい剣をふるう。とっさに遥はリザードマンの剣を銃で受け止めた。だが、リザードマンの力は強く、遥の銃ははじかれた。

「ひっ……!」

 小さな悲鳴が遥から出た。遥は目をつぶった。だが、衝撃はやってこなかった。恐る恐る遥は目を開けた。遼二が、リザードマンの剣を受け止めていた。遥は剣を受け止められたことに驚いているリザードマンに向け銃を向けた。その途端、遥の銃口が猛烈に震えだした。

(あたし……引き金引くの怖くなったの!?)

 遥の脳裏には遼二に当てていた記憶と、そのことを梓にきつく怒られた記憶がよみがえった。だからこそ遥は、遼二に当てるということが習慣となりかけていたため引き金を引くことが怖かった。遥の視線の先には笑みを浮かべながらも眉を吊り上がらせた梓の姿があった。遥の震えが強くなった。その時、前が光った。リザードメイジが炎の矢を放ってきた。炎の矢のうち何発かは味方であるリザードマンに当たった。が、耐熱性の鱗が全身を覆っているリザードマンにしてみれば、気にするほどのダメージは与えられていなかった。だが、遥とリザードマンの間に割って入った遼二は違った。

(まずい……防具が革製だから、燃えるかも)

 炎の矢が体をかすめた時、遼二はそんなことを考えていた。だが、かすめるだけでは済まなかった。炎の矢のうちの一発が遼二に命中していた。

「っ!?」

 遼二は出かけた悲鳴をかろうじて飲み込んだ。そして、悟られないように遥へと視線を移した。遥の顔は蒼ざめ、銃の震えも大きくなっていた。

「遥、撃ちなさい!」

 梓がリザードマンと戦いつつ叫んでいた。梓の指示に対しても、遥は首を横に振るばかりで何もできなかった。

「さっきも言っただろ、俺に当ててもいい。とにかく撃て!」

 遼二もまた遥に叫んでいた。その時だった。遼二の手の力が僅かに緩んだ。リザードマンが一気に剣を押し込んできた。遼二は反応が遅れた。リザードマンの剣が遼二の体を切り裂いた。遼二の目が見開いた。

「えっ……?」

 遥の口から小さな声が漏れた。遼二は二、三歩下がるとそのまま倒れる。

「ああああああ!」

 遥の口から悲鳴が漏れた。そして、遥は目の前にいたリザードマンに銃口を向けると、引き金を引く。放たれた氷の弾はリザードマンの頭に命中していた。リザードマンはそのまま崩れ落ち、動かなくなった。遥は荒い息をつきながら前を見た。リザードメイジが驚きながら魔法を唱えているのが見えた。遥はリザードメイジに向かい引き金を引いた。氷の弾はリザードメイジに命中していた、しかし、リザードメイジの杖に炎は集まり続けていた。


 遼二は起き上がった。そして、二度三度頭を横に振る。

(動けるってことはまだHPがなくなったわけじゃない)

 遼二は辺りを見回した。リザードメイジが魔法を放とうとしていることが目に入った。

(これ以上遥が動けなくなったら、完全に崩れる……!)

 唇をかみしめると遼二は駆け出した。


「何で、何で魔法が止まらないの!?」

 叫びながら遥は銃の引き金を引いていた。氷の弾はリザードメイジには当たっていなかった。再び遥はリザードメイジを攻撃しようとした。水色の光が銃口に集まり、四散した。

「魔力が……!」

 遥は茫然としながら呟いていた。リザードメイジの魔法が完成した。杖が遥に向けらる。遼二は、遥とリザードメイジの間に再び割って入っていた。

(強くイメージする、か)

 遼二は梓に言われたことを思い出していた。そして、両手を前に突き出し、強く念じた。リザードナイトの炎の矢がすぐ目の前まで近づいてきていた。そして、炎の矢が爆発した。爆発を見てリザードメイジは勝利を確信したのか笑みを浮かべていた。リザードナイトの周りで戦っている冒険者達が何かを叫んでいた。煙が晴れてきた。そこでリザードメイジは目を見張った。

「できた……」

 遼二は呟いていた。遼二の目の前には、薄い紫色をした円形の障壁が作られていた。リザードメイジは魔法が防がれたことに動揺していた。慌ててリザードメイジは新しい魔法を唱えようとしていた。だが、魔法を唱え終わるるよりも早く遼二が突っ込んできた。遼二はリザードメイジを切りつけようとした。リザードメイジは魔法を唱えることを中断し、遼二の剣を杖で受け止めていた。遼二の剣を受け止めた拍子に、リザードメイジの手から杖が離れた。

「とどめだ!」

 遼二はリザードメイジを深々と貫いた。リザードメイジは二度三度けいれんした後、倒れ、消失した。遼二は荒い息をついていた。そのまま遼二は遥を見た。唖然としている遥に遼二は、魔力回復のアイテムを遥の半開きになっていた口に入れた。

「むぐっ!?」

 遥の口にブドウの甘酸っぱい香りが広がっていった。ムグムグと遥は口を動かした。そして、抗議しようと遼二を見た。が、遼二はすでに梓や和幸達が戦っているところへと向かって行っていた。


 増援の一団が全滅させられたのを見たリザードナイトは再び大きく息を吸った。それは、火の息が放たれる前兆だった。そのリザードナイトに氷の弾が命中した。顔面に命中したのか、リザードナイトはひるんでいた。火の息は、見当違いのところに放たれていた。

「大丈夫か?」

 遼二は梓と和幸に聞いていた。梓と和幸は不服そうな視線を遼二へと送っていた。

「大丈夫に見えますか?」

 笑みを浮かべたまま青筋を浮かべた和幸が遼二に返していた。遼二は困ったような笑みを浮かべるとリザードナイトに向きなおった。

「で、遥に怪我は? あったら承知しないわよ」

 梓は怒気を隠そうとせず遼二に言った。

「いや、RPGでけがなしとか絶対無理だろ。それはわかっているんじゃないのか? 一応大きなけがはさせていないけど」

 苦笑しながら遼二は梓に答えていた。そう、と呟くと梓は再び目の前のリザードマンに向きなおった。

「残りのリザードマンは二体ね。制圧し終わったら、リザードナイトにとりかかるところよ」

 ようやく遼二が欲しかった情報を梓が伝えてきた。小さく頷くと遼二は端末を見た。どちらのリザードマンも体力が三割を切っていた。

「梓、和幸。雑魚は任せて、リザードナイトを何とかすることできないか?」

 遼二に言われ、和幸は驚いた表情になった。が、梓は何かを悟ったのか首を縦に振っていた。だが、次の瞬間には梓は首をかしげていた。

「まって、一人でリザードマン二体相手にするつもりかしら?」

 梓は顔面に蹴りを入れられのたうち回っている自らが戦っていたリザードマンと、なおも和幸と戦っているリザードマンをかわるがわる見た。

「倒れろっ」

 和幸は目を細め呟きながら、リザードマンを深々と切り裂いた。遼二はちらりと端末を見た。和幸に斬られたリザードマンの体力はゼロになっていた。

「これであと一体だ。リザードナイトは任せた。こいつを何とかしたらすぐに合流する」

 遼二の有無を言わさない口調に、梓は小さくため息をついた。そして、遥へと視線を移す。遥も何かを悟ったのか小さく頷いていた。そして、銃をリザードナイトへとむけていた。梓は再び小さくため息をつくとリザードナイトへと向かって行った。

 遼二の剣とリザードマンの剣がぶつかった。それだけで、リザードマンはよろめいた。

(もう足に来ているのか?)

 遼二はそんなことを考えていた。唇の端をゆがめた遼二は剣を握る手に力を込めた。リザードマンは対抗しようと必死に力を込めた。不意に遼二は力を緩めた。リザードマンは突然のことに対応できず、バランスを崩した。遼二の眼前に、リザードマンの無防備な背中が見えた。遼二は躊躇なく剣を振り下ろした。リザードマンの背中に遼二の剣が深々と刺さった。

「後は……リザードナイトだけか」

 遼二はリザードナイトを見た。リザードナイトは梓と和幸の二人を相手に一歩も引かずに戦っていた。


 和幸はリザードナイトと戦い、その強さに驚いていた。

(リザードマンとは違う。攻撃力も高いですし、何より……)

 リザードナイトの剣を潜り抜けた和幸の剣が、リザードナイトの体にぶつかった。だが、鱗が落ちることはなかった。

(鱗がリザードマンよりも固い。これじゃあ攻撃が通じないですね)

 小さく和幸は舌打ちしていた。その和幸の視線に、梓の拳が飛び込んできた。梓の拳はリザードマンの腹に当たる。リザードナイトの体に拳が当たった瞬間、梓は顔をしかめた。

「いったあ! 何よ、これ!?」

 リザードナイトの骨格の硬さに、梓は思わず悲鳴を上げていた。リザードナイトが梓の声に応じ、剣をふるった。梓はとっさに剣をかわした。だが、かわしきれなかったのか梓の頬に一筋の赤い線が走った。梓は一瞬眉をひそめる。

「お姉ちゃん!」

 遥が蒼ざめながら叫んでいた。遥に梓は一度視線を送ると、再び前を見た。その梓の周りを、氷の弾が通り過ぎた。氷の弾はリザードナイトの顔面に命中する。リザードナイトがひるんだ。それを見ると和幸はリザードナイトに向かい駆け出した。そして、渾身の力でリザードナイトに切りつけた。ここで始めてリザードナイトの鱗が一枚落ちた。

「遥、鱗が落ちたところを狙って!」

 鱗が落ちたのを見た梓が叫んでいた。梓に言われるまでもなく遥は、リザードナイトの鱗がはがれたところを狙い銃を発射した。だが、落ちた鱗があまりにも小さかったことから氷の弾はわずかに外れていた。それを見た遥は小さく舌打ちしていた。

(目標が小さすぎる……もっと大きな目標を作るか……隙……隙は……)

 リザードナイトを見ながら遼二はそんなことを考えていた。そして、ハッとなった。

(そうだ火の息だ。火の息を吐く前後は、動きが止まる。そこに強力な一撃を加えれば)

 次に遼二は、リザードナイトが火を吐いた状況を思い出していた。

(確かリザードナイトは、半数以上の人間が固まっていると火の息を吐く。だったら……)

 遼二は辺りを見回した。遼二のすぐわきに梓が、梓の後方に遥がいた。和幸は遼二達から少し離れたところで体勢を立て直していた。

「遥、梓のすぐそばから援護できないか? それと、和幸は今の位置を維持。隙を作るから。その時にでかい鱗に強力な一撃を当ててくれないか?」

 遼二は和幸と遥に指示を出していた。一瞬梓が不服そうな表情をしたが、素手ではリザードナイトの鱗を壊すことが難しいと自身を納得させていた。

 リザードナイトは何のためか集まってきた遼二達を見てほくそ笑んだ。リザードナイトには遼二達が持たない範囲攻撃という特技を持っていた。リザードナイトはしっかりと足を踏みしめ、大きく息を吸い込んだ。そして、遼二達に向かい火の息を吐いた。

「和幸!」

 リザードナイトが火の息を吐いた瞬間、遼二は叫んでいた。その叫びに応じるかのように、和幸はリザードナイトに向かい駆け出していた。同時に、遼二は両手を前に突き出し、強く念じた。再び遼二の前に薄い紫色をした円形のシールドが形成される。シールドの表面に火の息が到達した。一歩二歩遼二は後ずさりする。その様子を遥は、はらはらしながら見ていた。

「お姉ちゃん、大丈夫なの?」

 不安そうに遥は梓に聞いていた。だが、梓は平然としていた。

「大丈夫でしょ。遼二を信じなさい」

 それを聞いて遥は一瞬むくれた表情をした。梓には見えていないと遥は思っていたが、梓は見逃していなかった。

(まったく、この子は……)

 梓は出てきそうになるため息をかろうじてこらえていた。そして、再び前を見た遼二の障壁とリザードナイトの火の息はなおも拮抗していた。ほどなくして火の息と障壁の拮抗が終わった。遼二の障壁は、かろうじてではあったが持ちこたえられていた。リザードナイトは何事もなく立っている遼二達に驚いていた。だからこそリザードナイトは、駆け寄ってくる和幸に対し、反応が大きく遅れた。和幸は、目についたリザードナイト右脇腹にある大きな鱗に向け刀を突き出した。リザードナイトの大きな鱗が一つ剥がれ落ちた。リザードナイトは慌てて鱗が落ちたところを手でかばおうとする。

「撃ってください、遥!」

 和幸の叫びに応じ遥は銃の引き金を引いていた。放たれた氷の弾はリザードナイトの鱗が落ちた部分に命中していた。リザードナイトの表情が苦悶に歪んだ。リザードナイトはのたうち回り始める。

「これで、終わりです!」

 和幸はのたうち回るリザードナイトに向け刀を振り下ろした。だが、その攻撃をリザードナイトはかわしていた。

「なっ……!」

 和幸は思わず目を見張った。その間にリザードナイトは立ち上がると和幸に向かってきた。だが、その体は先ほどとは大きく異なっていた。右わき腹の鱗が広範囲に剥がれ落ちていた。それでもリザードナイトは和幸に向かい剣を振り下ろした。和幸はリザードナイトの剣を刀で受け止めていた。リザードナイトの力が衰えていることはなく、リザードナイトの剣が和幸の刀を押し込む。和幸はいったんリザードナイトから距離を取った。

「俺がひきつけるから、鱗が剥がれ落ちたところに、攻撃を集めてくれ」

 再び遼二の指示が飛んだ。指示を出すと同時に遼二は和幸に代わりリザードナイトに斬りかかった。今度は遼二の剣とリザードナイトの剣がぶつかった。

(くそっ、ケガしているはずなのに、なんでこんなに攻撃が重いんだ!?)

 リザードナイトの攻撃力に、遼二は心の中で毒づいていた。ちらりと遼二は視線をそらした。その先では梓がリザードナイトへと向かって行っていた。が、その動きはリザードナイトにも見えていた。リザードナイトは遼二の剣を振り払おうとしつつしっぽを梓めがけてふるった。

「くうっ!?」

 リザードナイトのしっぽは梓に命中した。とっさに梓は防御することに成功していたが、完全に防ぎきれなかったのかよろめく。リザードナイトは遼二の剣をはじき、梓に襲い掛かろうとしたが、それはかなわなかった。続けざまに氷の弾がリザードナイトの右わき腹に命中していた。

「お姉ちゃんになにするの!」

 梓が攻撃を受けたことに怒った遥は、リザードナイトの鱗がはがれた場所のみならず、顔面にも氷の弾を放った。放たれた氷の弾は偶然ながらリザードナイトの目のそばに命中していた。

「痛そうだな……」

 ひきつった表情で遼二は他人事のように言った。一方のリザードナイトは大慌てで目を手でかばっていた。その瞬間だった。リザードナイトの右わき腹に熱痛が走った。リザードナイトは慌てて痛みの走った右わき腹を見た。そこには、和幸の刀が半ばまで深々と刺さっていた。リザードナイトは刀を抜こうとした。和幸は笑みを浮かべたまま刀を二度三度ひねった。刀がさらに深く刺さった。リザードナイトの足から力が抜けた。和幸は刀をリザードナイトから抜いた。リザードナイトはそのまま崩れ落ちた。

「勝った……のですか……」

 呆けたような声が和幸から漏れた。和幸は遼二達を見た。笑みを浮かべている遼二にどこか不満そうな梓、慌てて梓の手当てをしている遥が視線の先にいた。その時、遼二達の端末が一斉鳴っていた。

『おめでとうございます。あなた達は、全てのクエストをクリアしました。冒険はここで終了です』

 入ってきたメールに、遼二は安どの表情を浮かべていた。そして、ハッとなった。

「そうか……クリアしたから、このパーティーはもう終わりなんだ」

 遼二の呟きに、梓達も表情を暗くしていた。

「また……会えるよね」

 梓が確認するように聞いていた。

「会える。絶対に。だから、またこの四人でやりたい」

 迷いなく遼二が返していた。他人との会話を好まない遼二らしからぬ答えに和幸は目を見張っていた。和幸が目を見張っていたのは一瞬だった。すぐに笑みを浮かべていた。だが、その笑みの質はいつものものとは違っていた。誰も、何も言わなかった。ただ、どこか滴る水滴の音が洞窟の中に響き渡っていた。遼二は小さく息をつくと他の三人に悟られないようにあたりを見回した。リザードナイトやリザードメイジ達の死体はすでになくなっていた。

(本当に、さっきまで戦っていたのにずっと昔の事みたいだな)

 そんなことを考えていると、遼二は梓の視線に気づいた。遼二と梓の視線が合った。

「ねえ」

「いや、それは、こっちから言わせてくれないか」

 何かを言おうとした梓を遼二は制していた。

「その……このゲームの掲示板だけじゃいろいろ不便かもしれないんだ。だから、ゲームからログアウトしたらアドレス、教えてほしいんだ」

 一瞬梓は、遼二が何を言っているのかわからなかった。だが、すぐに梓の表情が明るくなった。梓は背後を見た。一瞬避難がましい視線を送ってきた遥が目に入った。梓は目を細めた。その途端、遥はいたずらがばれた子猫のように飛び上がると、和幸の背後に隠れた。遼二は苦笑しながら梓と遥を見比べていた。

「前も言ったけど、まずは友達から。ねっ、始めましょう」

 万遍の笑みを浮かべながら、梓は遼二に言った。遼二も笑みを浮かべると頷いていた。再び沈黙が洞窟を覆っていた。

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