第4章 騒がしい時間 後編

「この洞窟も、そろそろ見飽きたな」

 ゲームにログインしてから、洞窟を見ながら遼二は呟いていた。彼の背後では、梓達が恨めしい目で遼二を見ていた。そんな視線をよそに、遼二は端末を見た。

「他のパーティーは、ほとんどクエストを全部終わらせているな。負けていられない」

 遼二は顔を上げ、洞窟をにらみつけた。そして、歩き始めた。


洞窟の開けた場所。オーク達は相変わらずうごめいていた。

「10回目か。そろそろオークの顔も見飽きた」

 遼二の表情には多分にあざけりの色が含まれていた。

「で、言われたとおりにやればいいのね」

 確認するような口調で梓が聞いていた。遼二は無言で頷いていた。それを見て梓は小さくため息をつく。

「まあいいわ。それより、勝てるのかしら」

「奨励されているレベルは充分超えている。後は、組織立った戦闘ができるかどうか、だ」

 遼二の返事はそっけないものだった。そう、と小さくいった。そして、ゆっくりと歩きだした。

「待った」

 その梓を遼二は呼び止めていた。梓は眉をひそめ、首をかしげた。

「何よ」

「その……前に出した……衝撃波みたいなやつだったか。あれどうやって出したんだ?」

 梓は一瞬遼二が何を言っているのかわからなかった。だが、しばらく考えて納得が言ったように頷いていた。

「えっとね。こうしたいって強くイメージすればいいのよ」

 それを聞いた遼二は目を見開いた。

「それだけ?」

「それだけ」

 オウム返しのように梓は返していた。遼二は何度も目を瞬かせた。だが、梓の表情は変わらなかった。遼二は額に手を当てブツブツとつぶやき始める。

「難しく考えないほうがいいわよ。本当に、強くイメージするだけだから」

 苦笑しながら梓は遼二に言った。遼二も苦笑しながら頷いていた。

「そろそろ始めてもいいですか?」

 和幸が会話に割って入って来た。遼二は無表情に頷く。それを見た和幸の笑みが深くなった。


 突如として広まった空間の入り口付近にいたオーク達を氷の弾が襲った。オーク達は身を守る暇もなく氷の弾に貫かれた。オークを完全に倒すほどでは無かったが、それでもそれなりのダメージは受けていた。奥にいたオークソルジャーが何かを叫んだ。その直後、遼二達が広間に踏み込んだ。

「こんな戦い方があるんですね……」

 感心したように和幸が声を上げた。

「これぐらい、どこのパーティーでもやっている。とにかく接触するまで打ち続けてくれ」

 淡々とした口調で遼二は返していた。それに遥が何か言おうとしたが、それよりも早く梓が遥に視線を送った。遥は渋々黙り込む。代わりに遥は再び魔法を唱え始めた。それを見たオーク達が走り出す。梓と和幸がオーク達に向かって行った。それは、今までの戦闘と同じ光景だった。

(……出だしはまずまず。後は取り残しがどこまで流れて来るか、か)

 遼二はちらりと遥を見た。遥の銃は左右に間断なく動いている。

(前衛じゃなくて、後衛が鍵なんだ。頼むぞ……)

 そんな事を考えていた遼二の前に、前衛を突破したオークが現れた。オークの体や粗末な鎧にはいたるところに傷が残っていた。

(残り体力は2割……いいとこ3割か……じゃあ、素材の優先権は俺じゃないはず)

 遼二はオークを観察しながら剣を構えた。オークが斧を振り下ろして来る。それを遼二は剣で受け止めた。斧と剣がぶつかった瞬間オークは顔をしかめた。遼二は一瞬目を見開いたが、次の瞬間には唇の端をゆがめた。二度三度剣と斧がぶつかると、オークの動きが悪くなっていった。それを逃さず遼二は、オークの斧をかいくぐりオークの体めがけて剣を振り下ろす。オークは倒れ、二度と動かなかった。

「次だ!」

 遼二は前を見た。新たなオークが梓と和幸の間を強引に抜けようとした。このオークも傷を負っていた。しかも、突破の寸前に氷の弾を撃ち込まれたのかさらに動きが鈍くなっていた。オークが大降りに振り下ろした棍棒を遼二は受け流した。そして、よろめいたオークが体勢を立て直す前に遼二が剣を突き立てた。

「俺も、何か遠距離用の武器始めようかな」

 前線での戦いを見ながら遼二はそんなことを考えていた。そして、懐を探る。出てきたのはビスケットだった。

「えっと……これを回復したい相手に投げて……それで体力が……」

 ブツブツ言いながら遼二は、ビスケットを和幸に向かい投げた。ビスケットは、いったん和幸の体に当たった。だが、当たった瞬間ビスケットは消滅した。遼二は端末を見た。和幸の体力は、回復していた。遼二は二度三度見直したが、結果は変わらなかった。

「本当にこんなので回復するんだな……」

 遼二は端末とビスケットを見比べた。そして、何かに気づいたのか今度は梓にビスケットを投げる。再びビスケットは消えた。

「やっぱり、信じられないな」

 遼二は新しいビスケットを出すとかじった。甘い香りが口の中に広がる。

「……味あるんだな、これ」

 頷きながら遼二はつぶやいた。そして、前を見る。前衛を突破してきたオークと目が合った。一瞬遼二の目が見開いた。すぐさま彼は剣を持ち直す。が、そのオークは遼二の前で消え去った。オークの背後から和幸が現れた。遼二はそれを見て小さく息をつく。

「前衛は大丈夫なのか」

「だいぶ減ってきましたからね。だから、暇なんだ」

 和幸に言われ、遼二は眉をひそめた。確かにオークの数は減っていた。遼二は端末を見た。だが、端末には何も書いていなかった。

「何でも書いているってわけじゃない。それぐらいはわかっているんじゃないですか?」

 眉をひそめながら和幸が遼二に声をかけた。だが、遼二はそれを無視して端末を見続ける。やがて、その手が止まった。

「お姉ちゃんばかりに任せてないで、キリキリ働くの!」

 遥の怒声が遼二の思考を中断させた。和幸もあわてて前に戻る。それを見て遥は大きくため息をついていた。


「遅いわよ」

 戻ってきた和幸に、梓は声をかけた。その口調はどこか挑発的なものだった。梓の足元には、倒れたばかりのオークがいた。和幸はそれを一瞥すると目を背ける。視線の先にはオークソルジャーがいた。

「あれを倒せば僕の勝ちだ」

 和幸は表情を改めるとオークソルジャーに向かい駆け出した。慌ててその後を梓が追う。オークソルジャーは梓と和幸を見ると、大きく吠えた。そして、右手を洞窟の壁にたたきつける。洞窟が揺れた。そして、上から岩が降ってきた。

「ちょ……何よ、これ!?」

 予想外の攻撃に梓は叫んでいた。彼女は慌てて後ろを見る。幸い後ろに岩は降ってきていなかった。それを見て梓は、安どのため息をつく。梓は再びオークソルジャーに視線を戻した。オークソルジャーは笑っているように見えた。梓の眉が吊り上がった。だが、次の瞬間には目を見張った。オークソルジャーが魔法を唱えだした。炎の矢が梓のすぐわきを通り過ぎた。それを見たオークソルジャーが再び魔法を唱えだす。

「させない!」

 梓はオークソルジャーの懐に飛び込んだ。そして、拳をふるう。だが、オークソルジャーは揺らぎもしなかった。オークソルジャーは詠唱を止めなかった。そして、オークソルジャーから炎の矢が放たれた。梓は無意識のうちに放たれた方向を見た。視線の先には遥がいた。狙われたことを悟った遥は慌ててその場を離れた。その直後、炎の矢が洞窟の岩肌を砕く。遥が無事なのを見た梓は安どした。その直後、梓の頭を強い衝撃が襲った。


 梓がオークソルジャーのこん棒をまともに受けたことを、遥は余すことなく見ていた。一瞬、遥の目に涙が浮かんだ。だが、次の瞬間にはオークをにらみつける。遥の銃から矢継ぎ早に氷の弾が放たれた。オークソルジャーの鎧のいたるところが凍りつく。それを見たオークソルジャーが再び吼えた。鎧を覆いかけていた氷が消し飛んだ。間髪入れずにオークソルジャーは魔法の詠唱を始める。遥もまた、それに対抗するように詠唱を始めた。遥とオークソルジャーの詠唱が終わったのは、ほとんど同時だった。氷の矢と炎の矢がぶつかった。まばゆい光が洞窟の奥を覆った。

「お姉ちゃんは!?」

 遥は叫んでいた。端末を見る余裕はなかった。光が徐々に収まってきた。オークソルジャーの輪郭が見えた。オークソルジャーがどれほどの傷を負っているかはわからなかったが、立っているというだけでも遥が攻撃を続けるには十分すぎた。再び遥は魔法を唱えた。誰かが何かを言っている声が聞こえたような気がしたが、遥はその声を無視した。遥の眼前に、氷の矢が形成される。が、それらは前に飛んでいくことなく消失した。

「ふえっ!? 何で!?」

 驚愕する遥の口に、何かが押しあてられた。遥の目が見開かれる。

「魔力切れだ」

 遼二の声を聴いて、遥は口を動かした。甘い味が口全体に広がっていく。

「和幸、しばらく頼む」

 遼二の視線が和幸に移った。いわれるまでもないとばかりに和幸はオークソルジャーに向かっていく。その様子に遥はあっけに取られていた。が、すぐに遼二に非難の視線を送る。その視線を受け一瞬、遼二は眉をひそめた。だが、すぐに表情を切り替えた。

「気持ちはわかる。だけど、食料袋は落ちていない」

 遼二に言われ、遥は梓を見た。梓は倒れてはいるものの、体は間違いなくあった。

「端末は……見ないんだね」

 感情を押し殺しながら遥は遼二に言った。遼二は小さく頷いていた。

「じゃあ、梓を起こしてくる」

 遼二の言葉に、遥は首をかしげた。

「ここからじゃアイテム届かないの?」

「ああ。どうも、距離があるとアイテムが消える。これも多分、次の調整の時にはなくなると思うけど」

 それを聞いて遥は、遼二の手から回復アイテムのビスケットを奪った。

「あたしが行くの」

 遥は梓のもとにかけだそうとした。それを遼二は止めた。

「なんでなの!?」

 遥は遼二をにらみつけながら叫んだ。

「援護が減る。それに、万が一のことがあったら俺が殺される」

 遼二の口調に変化はなかった。それを聞いた遥は苦笑いを浮かべていた。

「でも、絶対助けてよ。約束だからね」

 表情を改めた遥が、遼二に訴えていた。遼二は無言で頷いていた。


 オークソルジャーのこん棒が、和幸の眼前を通り過ぎた。鋭い音と強い風圧が和幸に襲い掛かる。

(やっぱり、体格差があるか。厳しいですね……だけど)

 再びオークソルジャーの棍棒が和幸に向かい振り下ろされる。和幸は刀で受け止めたが、オークの斧や棍棒を受け止めた時とは比べ物にならないしびれが襲う。

「くそっ!」

 右手を振りながら和幸は罵った。だが、和幸が罵ったのはオークソルジャーの強さのみではなかった。

(援護はどうしたんですか!)

 心の中で和幸は叫んでいた。オークソルジャーの鎧が凍り付き、その氷がはがされてからは援護は全く飛んでこなかった。小さく舌打ちすると和幸は、オークソルジャーを見た。だが、その表情はわからなかった。和幸はもう一度小さく舌打ちした。その時だった。オークソルジャーに向かい、氷の弾が飛んできた。何本かの氷の弾はオークソルジャーの腕に当たった。オークソルジャーは、その拍子にこん棒を落とした。こん棒が落ちるのを見ると。和幸はオークソルジャーに駆け寄った。そして、オークソルジャーを切り裂く。

(浅いか)

 心の中で和幸は言った。オークソルジャーは、まだ動いていた。そして、太い腕を所構わず振るう。オークソルジャーの拳が和幸の刀をかすめた。和幸の手から刀が落とされる。慌てて和幸は刀を取りに走った。だが、オークソルジャーが後を追って来ることはなかった。

「どうして……」

 戦闘中にも関わらず、和幸は呆れた。だか、すぐに追ってこなかった理由がわかった。オークソルジャーは片足をその場で踏み込んだ。その瞬間、再び洞窟の中が揺れ、天井から岩が落ちてきた。天井から落ちて来る岩を見て和幸は目を見張った。

「タフですね!」

 叫びながら和幸は落ちてきた岩をかわした。かわしながら和幸は辺りを見回した。遼二が梓に回復アイテムを使っているのが見えた。僅かにだが、梓の体が動くことが見えた。和幸の顔に安堵の表情が浮かんだ。


 梓の視界が徐々に開けてきた。ぼんやりとだが、状況が見えてくる。オークソルジャーの背中に魔法を唱えている遥、そして、オークソルジャーから少し離れたところにいる和幸の姿が梓の目に入ってきた。それを見た梓は駆け出していた。


 和幸はオークソルジャーを見た。落とした岩がすべてかわされたのか、オークソルジャーは怒っているようだった。和幸はオークソルジャーに向かい走り出した。オークソルジャーもまた和幸に向かって行こうとする。そのオークソルジャーの背中に、梓はしがみついていた。予想外の事態にオークソルジャーの注意が和幸から完全にそれた。和幸の気配を感じたのか、オークソルジャーは再び前を見た。それと同時に、オークソルジャーの腹に熱痛が走った。オークソルジャーの腹に、和幸の刀が半ばまで突き刺さっていた。和幸は、笑みを浮かべたまま二度三度刀を回す。オークソルジャーから悲鳴が上がった。悲鳴を聞くと和幸は刀を抜いた。オークソルジャーはその場に倒れ、そのまま動かなくなった。

「ねえ」

 梓が和幸に声をかけた。和幸は首をかしげる。

「何勝手にとどめ刺してるのよ」

 梓は和幸に詰め寄った。

「いや……それは……」

 オークソルジャーと戦うことに夢中になっていた和幸は、どこか申し訳なさそうに目をそむけた。梓はジト目で和幸をのぞき込んだ。和幸は黙ったままだった。

「勝てたからいいだろ」

 遼二が割って入った。梓は遼二に視線を向けた。その眼光の強さに遼二は目をそらした。遼二を黙らせた梓は、再び和幸に目を向けた。だが、そこに和幸はいなかった。

「どこに行くのかしら」

 しばらく辺りを見回していた梓は、こっそりとその場から逃げ出そうとした和幸を見つけた。そして、和幸に歩み寄り首根っこをつかむ。

「梓。そいつ、力強いから逃げられるぞ」

 遼二があきれながら言った。遼二に言われるまでもなく、和幸は梓から離れようとした。だが、梓の力は和幸が思っていたよりも強かった。華奢な細腕からは想像できない力だった。和幸は驚いて梓を見た。その瞬間、梓は和幸を引き寄せた。

「さあ……たっぷり、説明してもらうわよ?」

 梓は嫌な笑みを浮かべながら和幸に詰め寄った。

「お姉ちゃん……勝ったんだからいいの。あたしは何ともなかったらか大丈夫なの」

 ここで遥が止めに入った。その途端、梓の表情が和らいだ。梓が落ち着いたのを見て和幸は胸をなでおろす。

「帰りましょ。やっと勝てたのよ」

 機嫌を直した梓が楽しそうに言った。遼二は小さくため息をつくと頷いていた。

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